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東京ファントムウォーズ  作者: 山岸マロニィ
<陸>──電撃の暗殺者
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56話 午後の内緒話

 チェス盤を挟み、ニコラとリュウは睨み合っていた。

 二十世紀の天才少女対二十二世紀のAIという、世紀を超越した対決。

 しかしこの対局は、物理的な壁に阻まれていた。


「…………ウグッ」

 リュウの体では、チェスの駒が動かせないのだ。どんな高性能システムを積んでいても、体はヤモリ。ポーンひとつ移動出来ない。

 彼は弱った挙句、横で様子を見守る鋼鉄製のヤドカリに助けを求めた。

「ステラ、手伝うでアリマス。これをこっちに置けば、ワガハイは百三十二手目に勝てるでアリマス」

「五十手ルールだけどなー」

 ニコラは我関せずとばかりに、勝手に盤面を進めていく。

「あ! そこではないでアリマス! そのクイーンはこっちでアリマス」

「でも、おまえの云うように此処に置いたら、三十七手後に詰むぞ」


 ステラはその様子を、六本脚の付け根から生えた目でただ眺めている。


 やがて、三十七手後に詰んだところで、リュウは盤上にペシャッと伏せた。


 ――雑司ヶ谷の墓地を見下ろす幽霊塔。

 時計台の最上階、文字盤にある窓から差し込む午後の陽射しを浴びながら、リュウとニコラは暇潰しをしていた。


 透也は買い出しに出掛けており、透明怪人は「畑を作る」と息巻いて裏庭で草むしり。ショルメは相変わらず部屋でゴロゴロしている。

 完全な居候でありながら一番の働き者の透明怪人以外は、全員お尋ね者の同居人たち。光学迷彩マントや特異な身体能力で追っ手を撒ける透也以外、その辺を散歩という訳にもいかず、ニコラは暇を持て余しているのだ。


 チェスにも飽きたので、ニコラはリュウの腹を揉みだした。

「おまえ、未来から来たんだよな」

「そうでアリマス……ウヒッ」

「未来はどんな処だった? どうしてこっちの時代に来たんだ?」


 するとリュウはニコラの手を抜け出し、盤上から彼女を見上げた。

「ワガハイが話すでアリマスから、その質問は透也に向けてはいけないでアリマス」

「……わ、解った」



 ――二十二世紀末。

 『東京掃討戦』と呼ばれる魔能使いたちの攻撃の最中、ゲリラの少年兵だった遠藤透也は瀕死の重症を負い、とある人物に助けられた。

 人類を未来に導けるのは科学だけ――そう信じて研究していた彼はだが、ある時失踪した。

 焼け野原となった東京を見下ろし、透也は心に違う。過去に転移して魔能を消し去り、博士の信じた科学による平和な世界を作ると――。



「……ふうん」

 ニコラは目をぱちくりさせる。

「未来って、もっと面白いものかと思ってたぞ」

「ニコラの迎える未来はきっと面白いものでアリマス。きっと透也がそうするでアリマス」

 再びニコラはリュウに手を伸ばし、首筋をフニフニと摘む。

「ところでおまえ、ステラに似たとこがあるよな」

「ど、どんな処でアリマスか……」


 ニコラはリュウの首を摘み上げ、ラムネ瓶のように透き通った瞳でまじまじと見つめた。


「――魔能のトリガーになるところ」


 リュウは青く縁取られた目をクリッとさせて首を傾げた。

「魔能? 透也は魔能を使えないでアリマスよ」

「うーん、厳密に云うと、魔能を起因とする装置から受ける信号で異能力を発動する? みたいな」

「…………?」

 リュウは短い手足をプランとさせて、ニコラを見上げている。

「おまえ、自分の設定を知らないのか」

「わ、ワガハイは透也が魔改造したでアリマスよ? 透也の組み込んだシステムは、ワガハイ全部知ってるでアリマス」

「じゃあ……」

 ニコラは鼻をリュウの鼻先に近付ける。


「元のおまえを作ったのは誰?」


 目を寄せるニコラを、リュウは黙って見返す。ニコラはその姿を瞳に映して続けた。

「ステラも不思議だったんだ。あの威力のレールガンが撃てるほどのエネルギーが、ステラのどこにあるのか」

「…………」

「リュウにしたってそうだ。こんなにちっちゃな体で、相対性理論を吹っ飛ばす空間の歪みを現出できるほどのエネルギーが生み出せると思えない」


 そう云って、ニコラはリュウをチェス盤に戻した。そして床に伏せて再びリュウと視線を合わせる。

「おまえとステラには、魔能か、魔能に近い何かが封じられていると思う」

「ワガハイ、に……?」

「透也はおまえがいないと瞬間移動できない。ボクもステラがいないと魔能を封じるバリアは張れない。そして、透也にもボクにも魔能は無い」

「…………」

「おまえとステラが魔能発信機で、透也とボクが受信機である、と考えるのが一番スッキリする」


 するとリュウは、目をウルウルと揺らしだした。

「……もし、ワガハイに魔能が封じられているとしたら、ワガハイ、ワガハイ……」

「ん? どした?」

「透也は心の底から魔能を憎く思ってるでアリマス。それなのに、ワガハイが魔能で動いてると知ったら、ワガハイ……棄てられるでアリマス!」


 そんなリュウの頭を、ニコラは指先で突っついた。

「透也はそんなことでおまえを棄てたりしないぞ」

「でも……でも……グスッ」

「ふむ」


 ニコラはしばらくリュウを眺めていたが、やがてニカッと歯を見せた。

「じゃ、この話はボクとおまえだけの秘密にしておこう……あ、ステラもな」

「クピ」

「透也には内緒だぞ、解ったな」



 ☩◆◆──⋯──◆◆☩



「――ッたく、一人で買い物に行く身にもなってみろよ」

 遠藤透也は悪態を吐きながら、暗闇の墓地を歩く。その背には、大きな背嚢(リュックサック)

 今日一日、東京のあちこちを歩き回り、住人たちの頼まれ物を買い集めて来たのだ。


 ニコラの頼まれ物の工具は秋葉原の問屋、ショルメが欲しがる本は神保町の本屋。更には市場で食料品を買い込み、その上……

「透明怪人が自給自足を目指すのには賛成したけど、農機具から揃えるとか聞いてねえぞ」

 両手に抱えた備中鍬やシャベル、そして腰にぶら下げた袋の中で暴れる鶏……。

 透也はリュウを連れて行かなかったことを心から後悔していた。

「こういう時の為の瞬間移動だろうが。何で一人で出掛けたんだよ、朝の俺」


 ヘトヘトになりながら墓地を抜け、右目の義眼で周囲を確認する……抜け道で通れるような荷物じゃないからだ。

 そして潜伏者のないことを確かめると、煉瓦と混凝土(コンクリート)の窪みを幾つか移動させ、扉を解錠。(ようや)く幽霊塔に帰宅した。


「ゼェ……ゼェ……疲れた……」

 バタッと倒れ込んだ透也にまず駆け寄ったのはニコラだ。

「買い出しお疲れさん! 工具は?」

「そこの袋ん中」

「わーい、これで歯車に穴が開けられる」

 と、ニコラは工具を手に駆け出していく。

 次にやって来たのは、ショルメ。

「頼んでおいた本は?」

「そこの袋……」

「ふむ。クリスティを探すのは骨が折れただろう」

 と、本を手にさっさと部屋に戻っていく。

 そして……


「大変だったよねぇ、お疲れさま。はい、お水。ご飯の用意は出来てるよ。お風呂も入れるけど、どっちを先にする? あ、足、揉んであげよっか」

 何故か一番親切なのは、姿が見えない透明怪人なのだ。


 彼女に促されるままに食事と風呂を済ませ、自室のベッドに倒れ込む。

 すると、いつもは枕元にやって来るリュウが、何だか今日はよそよそしい。

「……ん? 何かあったのか?」

「ななな何でもないでアリマス! ワガハイは透也に隠し事なんてしないでアリマス!」


 ――このヤモリ、嘘や隠し事が恐ろしく下手なのだ。


 しばらくじっと顔を見ていると、モジモジとした末、唐突に透也の頬に張り付いた。

「もしワガハイが魔能使いだったら……透也はどうするでアリマスか?」

「どうもしねぇよ」

「ほ、本当でアリマスか!」

「リュウはリュウだろ」


 そして、

「良かったでアリマスぅ」

 とホッとした顔で、いつもの位置で丸くなった。


「…………」

 何か気になるけど、今日は疲れ切っている。明日にしよう。

 透也は瞼を閉じた。



 ☩◆◆──⋯──◆◆☩



 ショルメは手に入った本を早速読もうとページを開く。

 ……すると、ページの隙間から何かが落ちた。拾い上げると、半分に折られたカードのようだ。

 見開きに書かれた文字が目に入る。その途端、ショルメは目を見開いた。


 見覚えのある『エルロック』の署名。

 兄が連絡を寄越したのだ。


 しかし、この本を買った透也と兄は面識が無いはず。何故この本を彼の元へ届けられたのか……。


 ショルメの脳裏に、兄の思考パターンが再現される。

 ……連絡の取れない弟はどうしているか。人目に付かない処に引き篭っているだろう。しかし弟は、何も考えずに一日中眠っていられるタイプでは無い。暇潰しに本でも読んでいる筈だ。

 なら、その本はどうやって調達するか――同居人がいるという話を聞いた。彼に頼むしかない。

 東京で本、しかも外国語のものを求めると云えば、神保町の洋書専門店。

 しかし、洋書と云えど種類は多い。弟はどの本を読むだろうか? ……いや、それは簡単だ。

 弟はミステリーマニア。手当り次第にミステリー小説を読んでいる。ならば、既読の可能性の高い有名どころのポーやドイルより、新進気鋭のクリスティ……。


 と、ショルメは『アクロイド殺し』の表紙を眺めた。本国で刊行されたばかりの彼女の最新作だ。


 大西洋結社の活動が警戒されている真っ只中。そもそも東京に外国人の姿は少なく、しかも異国で母国語の本を買おうなどという酔狂な者などそう居ない。それにあの店に揃えられている書籍の大半は研究用のもので、娯楽志向の強いミステリーを目的に来店する客など皆無に等しい。


 その為、この本を封筒にし書店に忍ばせておけば、宛先が無くともショルメに届く可能性が極めて高い――兄はそう考えたのだ。


「流石だな、兄さん」

 と、ショルメは感嘆しつつ、署名の上に書き記された文字に目を通した。


 そして、表情を消した。


 ――Mが動き出した。おまえの身の安全を最優先とする。連絡をくれ――


「……とうとう、本物のお尋ね者になったか」

 ショルメは鮮やかな碧眼を細めた。


 先日の侵入者の一件から怪しいとは思っていた。魔能使いの骸骨女に呆気なくやられたのは、彼の目的が偵察だった為。


 Mは、誰にも頼らず一人で仕事をする。標的の情報、行動を起こすタイミングや場所、逃走経路に至る下調べまで全てだ。

 彼は他人を一切信用しない。ストイックに自分の仕事を突き詰める……その結果が、今の彼の名声にあるのだ。


 しかし透明怪人のおかげで、この塔へ侵入しての仕事は諦めたようで助かった。

 とは云え、この先何らかの接触を図ってくるに違いない。このままでは、同居人たちに危害が及ぶ可能性もある。


「…………」

 ショルメは手にした兄の筆跡を眺める。

 もしかしたら、ここが引き際なのか……。


 しかし彼はすぐさまそれを否定した。

 俺が引けば、兄は孤立無援になる。そうなれば、奴らの思う壷。

 ――あの日交わした約束。この身に替えても果たすと誓った筈だ。

 絶対に、俺は逃げない。

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