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東京ファントムウォーズ  作者: 山岸マロニィ
<伍>──幽霊塔の怪人
56/97

54話 莫迦とキャベツは使いよう

 日暮れの白梅軒。

 硝子張りの格子扉から差し込む夕日が色を失い、街路灯の覚束無い光に代わった頃。

 こんな時間に客など来ない。お梅は閉店準備を始めようと、煙草盆を片付けて振り向いた。


 その時。


「……相変わらず暇そうだね」

 カウンターに座る男が声を掛けて来た。

 しかし、お梅に動じる様子は無い。再び煙草盆をカウンターに戻し、

「ッたく、入口から入りなといつも云ってンだろ」

 と男を睨んだ。


 ――影男。

 この店に出入りする怪盗は、この男くらいだ。


 彼は「珈琲を頼める?」と云うと、カウンターに肘をついて切れ長の目を細めた。

「幽霊塔をあの少年に渡したとは、どういう了見だい?」

 お梅は影男を見もせず、棚から珈琲カップを出す。

「あの莫迦、世話してやった長屋をバラしちまいやがった。他に適当な家はあるのかい?」

 だが、影男の満ちた月に似た色の瞳は揺るがない。

「――僕は、そんな言い訳を聞きに来たんじゃないんだよ」


 お梅の背筋に汗が伝う。

 彼女は知っている――この男の能力をすれば、彼女の背後に立って心臓を突くなど訳も無いと。


 しかし、影男にそんなつもりは無いようで、お梅が差し出した珈琲を受け取った。

 その芳醇な香りを愉んでから、影男はカップに口を付ける。

「君が首領(ボス)を殺したい程憎んでるのは知ってる。彼女が魔能をバラ撒かなければ、君の大切な人は死なずに済んだかも知れない。でも、状況が変わったのは、君も解ってるだろ?」


 お梅は黙って火皿に刻み煙草を詰める。

 その手元を眺めながら、影男は話を続ける。


「今魔能が無くなれば、この国は滅びる。首領の存在が、この国の在り方を左右するのさ。そんな首領の秘密が眠るあの場所だからこそ、住まいに対して異常に執着心が強い透明怪人に任せておいたのに」


 お梅は煙草に火をつけ、紫煙を燻らす。

「だからこそ、だよ」

「…………?」

「アンタはあの坊主の目的を解っちゃいない」

「それはどういう意味だい?」

 お梅はギロリと影男を見下ろした。

「あいつは云ったよ……黒い魔女を護ると。あいつは、アンタと同じことを考えてる――魔能を、軍に渡しちゃならない」


 すると、影男はニッと嗤った。

「大西洋結社にも、ね」


 とは云え腑には落ちない様子で、影男は珈琲を飲み干し、細面の顎を撫でる。

「彼に、そこまでの覚悟はあるのかい?」

「少なくとも、アンタよりはね」

「それはお言葉だねぇ、僕ほど首領を尊敬してる人は居ないよ」

「未だ惚れてんのかい」


 お梅の言葉に、影男は彼らしからぬ表情で目を泳がせた。

「……首領には心に決めた(ひと)が居るんだ。永遠の片思いさ」


 紫煙と珈琲の香りが漂う店内に沈黙が流れる。

 やがて影男は顔を上げた。

「――Mが放たれた」

「誰だいそりゃ」

「結社の殺し屋だ」

「…………」

「今は国際警察のスパイを追ってるみたいけど、奴の刃がどう向くかは解らない――君には、これ以上関わらないと云う選択肢があるのを、覚えておいて欲しいな」

 影男はそう云うと立ち上がった。そして、

「ごちそうさま……また来るよ」

 と指を鳴らし、フッと炎が吹き消されるように姿を消した。


「…………」

 お梅は灰を棄て、煙管を置く。


 あの色男は珈琲が恋しくなるとやって来て、情報と交換に一杯飲んでいく。

 敵陣営の筈だが、奴ほどの情報通は他におらず、お梅も頼りにしている部分があった……ろくでもない奴だが、どうも憎めない。


 彼女が幽霊塔の話を透也にしたのは意図的だった。幽霊塔に怪盗同盟の幹部の一人が住んでいると知ってはいたが、近頃の怪盗同盟内の内紛が心許なく、透也に任せた方が安全だと思った。


 黒い魔女の秘密――其れは、お梅にも、影男にも解らない。

 いつか、魔能を消し去る時にそれは役立つ筈と、お梅はひょんな事から得た情報を心に仕舞っていた。だが今は、あの塔に隠された秘密を護る方が優先だ。


 それにしても……と、お梅は硝子扉の向こうの通りを眺める。

「何時からこの国は、こんなに物騒になっちまったのかねぇ」


 そこに丁度タマが帰って来た。腹が減った時にしか媚びないが、それでもこの店が最も安全と認識しているのだろう。

 カリカリと扉を引っ掻くタマを入れてやり、お梅は看板を片付けた。

 


 ☩◆◆──⋯──◆◆☩



「……またキャベツか」

 まな板を覗き込んだショルメが云うものだから透也はキレた。

「文句があんなら自分でやれよ!」

「キャベツなんて最高じゃない。どんなお料理にも出来るんだもの……ワタシに貸しなさい」

 透明怪人が包丁を奪う……途端に包丁が視界から消え、透也はヒヤリとする。


 見えない奴と暮らすってのは、なかなかハードルが高い……しかも、彼女が見えていないのは透也一人だけ。

 普段は仮面を被っているようだ。「だって、恥ずかしいんだもん」だそうだ。当然、その仮面も透也には見えない。


「魔能を止めるのは出来ねえの?」

 と訊いてみると、ドスンという音がした。見れば、まな板に包丁が突き立っている。

「……それが出来たら、ワタシがこんな苦労すると思う?」

 二度と訊くまい。透也は思った。


 しかし「見えない」以外、透明怪人の生活力は半端無かった。料理は美味いし繕い物もお手のもの。洗濯も掃除もそれなりに出来る上、幽霊塔の秘密をよく知っている。

 リュウが目撃したという秘密の通路をはじめ、透也たちが認知していた他にも五本の隠し通路とふたつの隠し部屋があった。

「本当はまだ他にもあるけど、全部教えて追い出されたら堪らないから教えない」

 と、勿体ぶっているが。


 一方、ニコラとリュウは、透明怪人が明かすより先に探し出すと息巻いている。

「この壁の向こうが怪しいでアリマス」

「どうする? 一回ステラに壁、壊して貰う?」

「……建物ごと吹っ飛びそうだからダメでアリマス」


 そしてショルメは、相変わらずゴロゴロしている。

「金に困ったら、また宝石の換金くらいしてきてやるよ」

 と宣って食っちゃ寝の生活。


 しかし、それでいい。

 ショルメにウロウロされるのが一番危険だから――恐らく、先日侵入してきた忍者は、ショルメが目的だ。

 敢えて透也とニコラが留守にした隙を狙っているし、そもそもこの場所が突き止められた原因は、ショルメが五万を得てきた時に尾行された以外に考えられない。

 ……それから。

 リュウの録画した映像を見たが、そいつはワイヤーガンを使っていた。


 あれは二十二世紀の代物。

 何故奴が持っているのか。


 透明怪人が叩き殺す前に、リュウが助けて良かったと、透也は思っている。

 いつか必ず捕まえて、正体を聞き出したい。


 それに、侵入者があった事で、セキュリティの脆弱性が色々と解った。

 対策として、窓を補強し外側から開けるのを不可能にした。侵入経路を見直して各所を修繕。透明怪人のアドバイスもあり、鉄壁の護りを施した……はず。

 とは云え、あれから誰も襲って来ないのが逆に不気味だ。何故あの忍者は、仲間にこのアジトのことを伝えないのか?


 謎は多いが、ここ数日は驚くような穏やかさだ。

 ――嵐の前の静けさ。

 そうでないことを願いたい。


「お昼よー、みんないらっしゃーい」

 透明怪人の声で三人は広間に集まる。

 卓袱台にあるのは、回鍋肉。

「肉が……入ってねえじゃねえか!」

 透也が声を上げると、透明怪人はケロリと答えた。

「ワタシがお料理すると、お肉が見えなくなっちゃうのよね……莫迦には」

「本当か? ……ニコラ、見えてるか?」

「うん、いっぱい入ってるぞ」

「ショルメ、おまえは見えねえよな?」

「見えないのか、この大きな肉が」

 と、彼は何も掴んでいない箸を示す。

「……り、リュウ! おまえは見えて……」

「も、勿論、見えてるでアリマス」

「ステラ……」

「クピ」

「…………」


 仕方なく、透也は腰を下ろす。そして四人と二匹で向き合い手を合わせ、声を揃えた。

「いただきます」



 ☩◆◆──⋯──◆◆☩



 滞在中のホテル。

 エルロックが電話の取り次ぎを受けると、相手は平井局長だった。

「また近頃、彼からの定期連絡が途絶えましてね。貴方の方には何かありませんか?」

「死体が見付かれば本部を通して連絡がある筈ですが、今のところ無いです」


 この帝都に漂う不穏な空気は、彼の目にも判る程だ。迂闊に出て来ないのは正解なのだろう。

 しかし、平井局長としては業務が滞りかねず、状況をエルロックと共有しておきたいのだ。


「ひとつ、彼に伝えておきたい情報があったのですが」

「もし私から連絡が取れれば伝えますよ……何でしょう?」

 平井局長は事務的に告げた。


「Mが、動きだしました」


 その一言は、エルロックの心臓を凍り付かせるに足りるものだった。

 ――大西洋結社随一の暗殺者。これ迄にも多数の要人や諜報員を抹殺、しかも正体が掴めないときている。


 奴の狙いはショルメに違いない。

 彼が結社を離脱し、東京で活動しだして半年。先日、平井局長から連絡が入った時には、この魔都でよくぞ生きていたと思った。

 ――いや、彼の力量を信じるからこそ、エルロックは弟に託したのだ。一介の捜査員にしかなれない兄とは違い、彼の胆力と行動力は桁外れなのだ。


 しかし、相手がMとなると話は別だ。流石に今回ばかりは引き上げるべきだろう。


「彼の所在が解り次第、何時でも身柄を保護できる用意は整えてあります」

「ご面倒をお掛けします」


 エルロックは思い出す……確か、『甲十九』なる人物と共に行動していると訊いたが。

 怪盗専門の賞金稼ぎ。それがなぜ賞金首となっているのかは、エルロックからしても腑に落ちない。

 しかし今は、彼を探す動きを見せるより、ショルメからの連絡を待つ方が得策だろう。


「それから、エルロック捜査員にご紹介したい人がおりまして」

 平井局長はそう続けた。

「お時間がございましたら、後ほど迎えを寄越しますのでご同行頂ければ」

「どういう方なのですか?」

「私立探偵です。魔能事件に多く関わり、魔能についても詳しい方でして」

「なるほど。では後ほど」



 ☩◆◆──⋯──◆◆☩



 Mが負傷した体を日比谷公園で解していたのは、本当に偶然だった。

 打撲傷が痛々しい顔を頭巾で覆い、無心に木刀を振る。すると血流が巡り、節々の痛みが剣先から抜け出ていく気がした。


 しばらく汗を流した後、ホテルのある通りに出る。


 ――そこで彼は、彼が狙う人物と似た男を目撃することになる。


 殺し屋稼業、人の顔を識別する能力には長けている。化粧や変装で誤魔化されない為、骨格で判別するのだ。


 だから、プラチナブロンドの髪を耳の長さに刈り、濃い色のシャツとベージュのジャケットを着たこの男が、ショルメの血縁者であるのを一目で見抜いた。


「…………」

 急に身を隠したりせず自然体で通り過ぎる。頭巾に袴、木刀を持つこの姿で、彼を西洋人と認識できるとは思えない。多くの日本人に混じって道を行きながら、その男が馬車に乗って何処かに向かうのを見送った。


 ドアボーイの様子から、ホテルを訪れたのではなく、ホテルに滞在中の外出だろう――ならば、幾らでもチャンスはある。


 ショルメが幽霊塔から一向に出て来ないのは把握済み。しかも、彼が認知する以外の出入り口があると見え、同居人たちの動きすら捕捉できない有り様。

 ……その上、あの時計塔には、得体の知れない何かがいる。

 踏み込むよりは「おびき出す」算段をした方が良いだろうと、思案を練っていたところだ。


 ショルメの生い立ちや家族構成は不明。兄弟がいる話も訊いたことがない。

 しかし、密偵である奴が動きを見せたこのタイミングで、奴に似た骨格を持つ人物が、異国であるこの東京に集うことなど、偶然では有り得ない。


 ――これは使える。


 Mは並木道を通り過ぎ、人混みの中へと消えていった。



 ☩◆◆── <伍>──幽霊塔の怪人【END】──◆◆☩

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