52話 秘密
DIYというのもなかなか面白い。竈の横に調理台を設え、棚を置く。これだけで、目玉焼き以外の料理もしやすくなる。
「おーい、今日の昼飯は回鍋肉な」
透也が呼ぶと、ショルメがのっそりとやって来て、竈に置かれたフライパンを覗いた。
「回鍋肉とは菜食主義者向けの料理だったか?」
「隣の墓地で葬式やってるから精進料理だ」
「葬式は毎日だろ」
丼飯にキャベツ炒めと、具は味噌だけの味噌汁を三人で囲む。
「いただきます」
……五万あった筈の軍資金は、いつの間にか何処かに飛んでいった。大半は時計塔の改造費用なのだが、ニコラがとてもイキイキとしているから、無駄な出費ではないと思いたい。
透也がそう考えていると、頬にご飯粒を付けたニコラが云った。
「そろそろ時計が動かせそうだ。歯車の壊れてるとこをあとみっつ交換すれば……」
「悪ぃ、それ、もうちょい待ってくれる?」
「えー、つまんない。もうすぐ完成するのに……」
「完成してしまえば、後の楽しみが減るだろ?」
ショルメがそう云うと、ニコラはパッと明るい顔をした。
「それもそうだな!」
ニコラの才能は凄かった。
出入り口にからくりを仕込み、透也とニコラだけが知る特定の動作をしなければ扉が開かない仕組みになった……その扉も、外壁との区別が付かないもので、部外者では入口すら解らない仕様。
ショルメは出歩くだけで命の危険があるから塔から出ないし、「奴は平気で裏切るぞ」と云うニコラの言葉に従い、その方法は教えていない。
更には、ショルメとリュウが発見した井戸の横穴の抜け道が、墓地の中にある墓のひとつに通じているのを発見した。そこの仕組みも強化し、内側からしか動かない仕組みにした。
出費はあったが、幽霊塔のセキュリティは格段に強化された。
「あとは、隠し部屋の探索だが……」
と、キャベツを頬張りながらショルメが云うから透也は頭を抱えた。
「そろそろ仕事しないと無理かぁ……つっても、近頃は怪盗同盟の中でゴタゴタしてるから、怪盗が出た話なんか聞かねえし……」
一応、本業は賞金稼ぎという自覚はあるのだ。
そんな透也の様子を横目に、ショルメが呟いた。
「仕事、ねぇ……」
☩◆◆──⋯──◆◆☩
――銀座のバー。
狭い店内ではあるが、深夜にも関わらず、席はそれなりに埋まっている。蓄音機のレコードが場を賑やかに演出しており、ざわめきが掻き消された空間には、密やかに語り合う男女の姿も多かった。
その奥まった客席の隣り合わせに座る、二組の客。
一組は男ひとり。若さに似合わぬ時代遅れの袴姿で、テーブルに置かれたグラスをチビチビと舐めている。
彼と背中合わせに座った客は男ふたり連れ。背広を着た役人らしい身なりの中年男と、三十手前と思われる外国人が向き合っている。
袴の男と役人が、背中合わせに座る格好だ。
最初に英語で呟いたのは役人だった。
「定期連絡が途切れたと思えば、貴方の方から呼び出しがあるとは」
それに答えたのは、袴の男だった。
「こちらにも色々と事情があってね」
袴の男はテーブルを向いたまま、空のグラスを軽く掲げてマスターを呼んだ。そのついでという格好で、彼は役人に囁いた。
「これまでの報酬、まとめて払ってくれない?」
マスターがグラスを交換したところで、同じく前を向いたまま、役人が呟いた。
「金が入用なのか」
「子供に養われてるのも肩身が狭くてね」
「子供?」
「君たちが『甲十九』と呼んでる子」
役人が思わず振り向きそうになるのを、袴の男は肘で制する。
「何をやったのか知らないけど、そう悪い子には見えないんだよね」
「今何処にいるんだ?」
「流石に言えないね。尾行も無駄だよ」
「…………」
役人は静かにカクテルに口を付けるが、全く減っていない。
それに不審な目を向ける向かいの外国人に、彼は決まり悪そうに愛想笑いをした。
「酒が苦手でね」
外国人も同じく下戸なようで、グラスの水を呷ってから、袴の男の乱雑に束ねたプラチナブロンドの髪を睨んだ。
「下戸を酒場に呼ぶな……ショルメ」
すると、袴の男が抗議した。
「その名で呼ぶなと云っただろ、エルロック」
数年振りの異国での再会でも、だが兄弟は互いに顔を合わせることは無い。
国際警察の捜査官と諜報員……その立場で、繋がりを他へ示す事は出来ない。
「用件は金だけか?」
エルロックは云いながら役人――平井に封筒を差し出す。彼からそれを受け取ったショルメは懐に収め、再びグラスを手に取った。
「透明怪人とかいう妙な魔能使いを調べて欲しい」
「透明怪人? どんな奴だ?」
「指名手配にも上がってない怪盗。害は少ないが面倒な奴だ――だが、あの能力は使えるかもしれない」
エルロックが平井に顔を向けると、彼は
「調べさせよう」
と答えた。
☩◆◆──⋯──◆◆☩
――翌朝。
朝食の席でショルメが、
「ほい、五万はあるだろ」
と床に札束をバラ蒔いたから、透也は味噌汁を噴き出した。
「どどどどこでこんなん手に入れた?」
「埋蔵金か!」
目玉焼きを咥えたニコラも目を丸くしている。
するとショルメはニカッと歯を見せた。
「部屋に落ちてた石を幾つか売ってきた」
「…………はあ?」
要するに、透明怪人が集めてきた宝飾品を換金した、と云うことだろう。
「どこで?」
「新宿」
「どうやって此処から出た?」
「井戸の横穴」
「……バレてないんだろうな?」
「ああいう処には、貢ぎ物を金に換える女や、遊ぶ金に困って時計を売る外国人がゴマンといる。出処が怪しいのは承知の上の商売さ。それに、日本人は『ガイジン』を一括りにしか見ない」
「そ、そんなモンか……」
「で、どうやって塔に入った?」
ニコラはそっちの方が気になるようだ。ショルメは人差し指を上に向けて答えた。
「時計の文字盤の窓」
「…………五階に、登ったのか?」
「そう」
「どうやって?」
「内緒」
すると、ニコラはつまらなそうに口を尖らせた。
「なんだ、秘密の通路を発見したのかと思ったのに」
一方、透也は眉を寄せる。
「おまえが勝手に出入り出来るってことは、まだまだ隙があるって訳だ。改造の余地はあるな」
「なら、もっとドーンとしたバーンなカラクリ装置を造ろう!」
「……食費、残してな」
食事後。
ショルメは昼寝をしに部屋に戻ったが、透也は腑に落ちないでいた。
「なぁ、この金、本当に宝石を換金した金か?」
洗い物をしながらニコラに訊くと、布巾片手に彼女はニヤリとした。
「前に云った筈だ――あいつの云うことは八割デタラメだ。考えるだけ無駄だから、結果だけを信じればいい」
「…………」
「それよりも……」
と、ニコラは透也の腕を引っ張る。
「金が入ったんだし、時計塔の歯車の材料を買いに行こう!」
「……ま、いいけどさ……」
――その後、透也とニコラが出掛けていくのを、雑木林から眺める者がいた。
彼は黒い覆面から灰色の瞳を覗かせ、じっと景色と一体化している……。
☩◆◆──⋯──◆◆☩
それより少し前。
「…………ンア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!! 全ッ然! 眠れないじゃないのよおおおッ!」
渋谷川沿いの長屋で透明怪人は叫んだ。
幽霊塔と引き換えに手に入れた、生活用品が一式残された長屋の一室は、彼女にとって居心地の良い住まいになる筈だった。
ところが、怪人ジュークの懸賞金狙いの者が次から次へとやって来て、眠るどころか食事すらままならない。
怪盗同盟の下っ端もいるが、一般人も多い。誰も居ないと思い込んで居座るから、彼女は一升瓶で侵入者の頭を思い切り殴った。
「これで何人目? ふざけんじゃないわよ。乙女に対する仕打ちじゃないでしょ。何が意外といい奴よ。撤回する。あんな極悪人、赦してたまるモンですかッ!」
と、彼女は昏倒した侵入者を窓から渋谷川に放り棄て、血走った目を光らせた。
「――あの時計塔を、取り返してやる」
☩◆◆────────────────⋯
【エルロック】
年齢・二十八
職業・国際刑事警察委員会捜査員
趣味・読書(主にミステリー)
嫌いなもの・大西洋結社(特にエドガー)
家族・弟
⋯────────────────◆◆☩




