50話 秘密基地
幽霊塔の一室。
貪るように弁当を平らげた透明怪人は、ニコラが差し出したお梅特製牡丹餅を鷲掴みにし、口に放り込んだ。
「悪かったよ。兵糧攻めはキツいよな」
リュウを頭に乗せ、視界を共有した透也が声を掛けると、透明怪人は鼻を啜る。
「酷い、酷いよ。これ以上痩せたら本物の骸骨になっちゃうじゃない」
「三日くらいなら死にはしない。本当にキツいのは七日目からだ」
……ショルメが云うと冗談に聞こえないから、透也とニコラは顔を見合わせ肩を竦めた。
ショルメの作戦の種明かしはこうだ。
彼は幽霊塔の立地から、この塔へ出入りする方法が墓地側にしかないと見抜いた。しかも、この辺りの商店は閉店が早い。墓地が間近にある為、夜出歩く人が極端に少ないのだ。
透明怪人の魔能は、飲食店に入るという行為に対し絶望的に向いていない。飲食店は客の注文を受けて料理が供される場所。見る者に認識すらされない彼女に、飲食店で料理を注文するという行為は不可能だ。
そこでショルメは、昼間、彼女が外出できないよう見張った。すると彼女は、食料調達が出来なくなる。夜間、食料品店は閉まっている為、店に入り勝手に持ち出すことは出来ず、繁華街へ行こうにも、この辺りは終電も早い。
空腹で進退窮まった彼女は、夜、墓に供えられた牡丹餅を盗むしか無かったのだ……。
透明怪人の魔能は、同じく魔能を持つ者には無効なようで、ショルメは彼女を見えるらしい。魔能が効かないニコラは当然、彼女が見えているし、リュウの頭脳から記憶の消去は出来ないらしい。
……この場で彼女を直接見えないのは、透也だけだ。
腹が落ち着いた透明怪人はふぅと息を吐き、仮面を戻してからショルメを睨んだ。
「ワタシを家から引き摺り出してどうするつもり? ワタシは出てかないからね」
「出てかなけりゃ、今度は十日やるだけだ」
「…………」
唇を噛み、仮面越しにも解るほど目を潤ませる透明怪人に、彼は鍵を差し出した。
「俺が住んでた長屋」
「…………」
「居所がバレちまったから俺はもう住めねえし、怪人ジュークが住んでたとなりゃ、危険過ぎて住む奴なんていねえ。誰にも見えねえんだろ、勝手に住めよ」
透明怪人は鍵を受け取り、仮面の下にハンカチを入れて涙を拭った。
「あんた、意外といい奴なの?」
「どうだかな……」
――翌朝。
大人しく退散した透明怪人を見送った透也は、早速塔の中を見て回る。
建物は、確認出来ただけで、だいたい五階建て。
混凝土の土台にある入口扉を入った一階が広間になっており、その先が半地下の機械室のような場所。
竈の横の階段を二階に上がると、はじめ此処に侵入した時に透明怪人が居た部屋がある。
此処までが土台の建物で、そこからが時計塔だ。
三、四階は階段室で、五階が文字盤の裏に当たり、扉一枚隔てて複雑な機械部分が納められていた。
富豪が道楽に造った建物だけあり、手抜きは無い。廃墟だった為に傷みはあるものの、透明怪人がそれなりに修繕しているから、不自由なく暮らせる程度にはなっていた。
「ここがボクの部屋! 時計の近くで眺めがいい」
ニコラは文字盤の裏の部屋を選んだ。
「林檎箱を集めよう。ベッドはあれでいい」
と、文字盤に開いた窓から、ステラを抱えて墓地の全景を見せる。
一方ショルメは、二階の部屋に居座るつもりのようだ。
透明怪人が集めた盗品が散らかったままの床にゴロンと横になり、
「昼寝付きの約束だからな……」
といびきをかきだした……床が落とし穴だというのは、後で伝えた方がいいだろう。
透也は機械室を選んだ。
多数の歯車が噛み合った何かの装置が壁に設えられているが、それが何なのか解らない。もしかしたら、床の落とし穴に関係しているかも知れない。
そういう仕組みに興味が引かれたのもあるが、雰囲気が何となく、博士と暮らした研究所を思い起こさせるのだ。
傾いた作業台に博士の論文を置く。蜘蛛の巣の垂れた天井に、トタン屋根のあの景色が重なる。
しかし、リュウは不服なようだ。
「ドブネズミが出そうでアリマス」
「ニコラと寝たっていいんだぜ」
「…………ドブネズミが出たら考えるでアリマス」
――午後。
透也は林檎箱と寝具と食料の調達。
ニコラは掃除。
ショルメは敷地内の井戸の水質チェックと水周りの確認。
夕食は、竈で飯を炊く。おかずはニコラの担当……勿論、目玉焼きだ。
丼飯に目玉焼きを載せ醤油を掛ける。
初日の夕食は、広間で三人向き合った。古ぼけているが掃除された板の間に卓袱台を置き、揃って手を合わせる。
「いただきます」
飯をかき込みながら、ニコラが興奮気味に喋りだした。
「掃除しながら間取りを調べたがな、この建物、おかしな空間がたくさんある。きっと凄いモノが眠ってるぞ」
「俺もそれは気付いた。井戸も怪しい。覗き込んだら横穴が見えた」
「なんか秘密基地っぽいじゃねえかオイ」
透也も興奮せざるを得ない。
「そういうのはワガハイの出番でアリマスな。超音波で壁の裏側まで観察するでアリマス」
リュウが皿に置かれた金平糖を齧りながら、得意気に胸を張った。
それを見て、透也はふと気になった。
「ところで、ステラの動力ってどうなってんだ?」
「自動巻き」
「…………?」
「振動があればゼンマイを巻かなくていいやつ」
「……二十二世紀より、進歩してね?」
透也が呟くと、リュウがシュンと金平糖の横に伏せた。
透明怪人が周囲の雑木林から集めただろう薪で風呂を沸かし汗を流すと、三人はそれぞれの部屋で床に就いた。
透也も流石に疲れが出たようで、すぐに眠りに落ちたのだが、しばらくして物音で目を覚ました。
――顔を上げると、ニコラが立っている。
ステラを抱えて透也を見下ろす彼女は、
「やっぱ、透也の近くがいい」
と布団に潜り込んできた。
「何だよ、お化けが怖いのか?」
透也は茶化すが、ニコラはギュッと彼にくっ付く。
「ショルメを見たら、怖かったこと、思い出した」
「…………」
「ショルメはああ見えていい奴だ。ボクが酷い目に遭いそうな時、庇ってくれた。でもやっぱ、一人は怖い」
透也はニコラの方を向き、そっと頭を撫でてやる。
「大丈夫だ。俺はどこにも行かねえから」
「うん……」
間もなく、ニコラは眠りについた。
透也はしばらくその寝顔を眺めてから目を閉じた。




