46話 幽霊塔の怪人
「――はーい皆さーん、透明怪人が来ましたのよー。とっときのカワイイものをお出しなさーい」
新宿の百貨店。
奇妙な仮面で顔を覆い、奇抜なコートドレスを纏った女がリズムを取るように歩いている。
痩せぎすの肢体をけばけばしく飾るさまはピエロのように滑稽だが、誰も彼女を見ていない。
「あら、これはおフランスのかの有名ブランドの新作ね。頂くわ」
と、彼女は真っ赤なジャケットを悪びれもせず羽織り、そのまま次の売り場へと向かう。
「あら、これはイッターリァの超高級バッグじゃないの。金具がとーっても素敵。貰ってくわ」
彼女はバッグを腕に掛け、次の売り場へ。
「流石ブリティッシュは違うわね。どこからどう見てもブリティッシュ。そうね、このスカーフにしようかしら」
その他、ネックレスにイヤリングに指輪に靴に時計……。
全身をギンギラに飾り立てて店を出るも、誰一人彼女を咎めない。
――これが彼女の魔能『明鏡止水』の為せる業。
彼女を目にした者は、その瞬間から、彼女の存在が記憶から消去されるのだ。
透明怪人であり、「透明人間」ではないのがその所以。
透明人間ならば、服やバッグが勝手に歩いているという奇妙な状況になるのだが、透明怪人は彼女の記憶と一緒に「彼女が盗んだ」という記憶も消える為、窃盗行為すら無かったことになる。
ある意味、怪盗としては最強の能力だ。
……だが。
住まいに戻った彼女は全てを放り出し、古ぼけた床に座り込んだ。
どんなにカワイイものを着たってカワイイものを集めたって、不細工には似合わない。
グラマラスなマネキン人形が着ていたジャケットは、痩せぎすの体ではブカブカだし、素敵なバッグもガイコツみたいな顔の醜女じゃ、豚に真珠、猫に小判。
だから、彼女の住まいには鏡が無い。
裸電球がひとつぶら下がっただけの窓の無い部屋で、ひっそりと呼吸をしているのがお似合いなのだ。
「――あーもう厭、こんなもの要らない、これも、これも、これもぜーんぶ要らない!」
と、彼女は手当り次第に盗んだものを壁や床に叩き付ける。
「ワタシが欲しいのは! 美しい顔! 豊満な胸! 健康的な脚! 魔能なんかよりも! 誰に見られても嗤っていられる容姿が! 欲しかったのよおおお!!」
彼女は大声で喚きながら身を伏せ、力のままに拳で床を叩く。
……と、床で彼女を見上げる妙なものが目に入り、彼女は顔を上げた。
それは、緑色のヤモリ。
「ヤモリ?」
ヤモリなど珍しくもない。けれど、緑色のヤモリは珍しいし、それが大きく口を開けて、
「透也! 何か居るでアリマス!」
と叫んだから、彼女は仰天した。
「イヤああああ!! ヤモリが喋ったあああ!!」
と彼女が悲鳴を上げれば、
「ヒイイィィィ!! ガイコツが動いたでアリマスううう!!」
とヤモリが飛び上がるから、事態は更にややこしくなる。
「こっち来んじゃねえヤモリ! 踏み潰すぞ!」
「勝手に驚いて勝手に殺意を持つなでアリマス!」
とそこに、癖髪で顔半分を隠した若い男がやって来た。
「何してんだ、リュウ?」
「透也! こいつ! スケルトンでアリマス! ガイコツの化け物でアリマス!」
「うるせえわ! 黙れ! 勝手に入って来んじゃねえ!」
だが若い男は首を傾げる。
「リュウ、おまえ、何と喋ってんだ?」
その一言が、ヤモリをパニックに陥れた。
「お、お化けええええ!!」
と飛び上がったヤモリが彼女の顔に張り付くから、彼女もパニックになる。
「ヒィヤアアアアア!!」
視界を奪われひっくり返る。
「誰か……助けて……前が見えない……ッ!」
「お化けは有り得ないでアリマス! 科学的根拠が出せないでアリマス!」
そこに、鉄の手毬を抱えた赤い短髪の子供が現れた。
子供は男と並んで部屋を覗き込むと、彼と同様首を傾げた。
「何してんの? この人」
☩◆◆──⋯──◆◆☩
「……まあ要するに、あんたは魔能使いで、他人の記憶に干渉して、あんたの記憶を消せる、って訳か」
リュウから義眼に送られた映像で漸く事態を把握した遠藤透也は、透明怪人の居ると思わしき場所に向かってそう云った。
「そういう訳。解ったら出てって」
と、映像の中の透明怪人は不機嫌そうに口を尖らせている。
幽霊塔の中央にある一室。
裸電球の下の薄暗い空間で、二人と一匹の奇妙な面談が行われていた。
二十二世紀から転移してきた透也ではあるが、遥か未来の科学技術を以てしても、肉眼で目の前の人物を認識することすら不可能なのだ。科学の敗北という現状に、肩を竦めるしかない。
そして、ヨレヨレのズボンであぐらをかき、透明怪人の顔をまじまじと見た。
自分も顔に傷があるし、他人の見た目をどうこう云える立場じゃないが、素顔の透明怪人はそんな透也でも哀れに思える程の醜い容貌をしていた。ガリガリに痩せた骨と皮だけの顔は皺くちゃで、そこに大きな眼球がギョロリとくっ付いているものだから、スケルトン……いや、ミイラの化け物にも見える。
でも、それは彼女の行為に同情すべき理由にはならない。部屋に散らばった衣類や宝飾品の山……それを見れば、彼女がそれなりに怪盗としての活動をしていたのは明白だった。
そこで、透也はニヤリと透明怪人の方に目を向けた。
「実は俺、賞金稼ぎなんだ。おまえを警察に突き出すことだって出来る」
それに対し、透明怪人は嗄れた声で甲高く嗤った。
「残念でしたー! ワタシは怪盗としてプロ中のプロだから、指名手配なんてされてないのー!」
「でも此処に証拠がある、服や鞄、盗んだやつだろ」
「被害届が出てなきゃ警察は動きませーん! それに、たまたま此処にあるだけで、私が盗んだっていう証拠はあるのかなー? ねえ、証拠はあるの? 現行犯? 無理だよねーだってワタシを見えてないんだもーん」
「……なんか、面倒臭えなこいつ」
透也は癖髪を搔いて目を細くする。容姿だけでなく性格も捻くれているようだ……いや、容姿がこの性格を創ったのか。
「まあ、何でもいいけどさ。この時計塔、俺らが住むことになったから」
「…………はあ?」
「正式な書類もある。此処は今日から俺らのだから、出てって」
透明怪人はわなわなと口を震わせ、ギロリとした目を飛び出しそうなほどに見開いた。
「そんな! そんな勝手が許される訳ないでしょ? ワタシが先に住んでたの。住む権利はワタシにある」
「勝手に住み着いてただけじゃねえか」
「空き家なんだからいいでしょー!? そもそも、墓場の横の廃墟に何で住みたがるのよこの変態!」
そう喚き立ててから、透明怪人はハッと口を押さえた。
「もしかして、賞金稼ぎって、怪人ジューク?」
「……気付くの、遅くね?」
その途端、彼女は俄然張り切りだした。
「十万の賞金首じゃない! ワタシがアンタを警察に突き出せば、十万円貰えるわ!」
「ふうん。で、十万を何に使うんだ?」
透也の言葉に、透明怪人はシュンと肩を落とす。
「……欲しいものなんて無い。なーんにも要らない。お金なんて要らない」
と、シクシク泣きだしたのだ。
「誰にも見られないワタシなんて、どんなお洋服を着たってどんなオシャレをしたって無駄だもの。ボロを着て暗い部屋の隅で泣いてるのがお似合いなの」
「拗らせてんな……」
溜息混じりに視線を移す。いつの間にかニコラとステラは部屋からいなくなっていた。時計塔の探検に行ったのだろう。
魔能センサーを持つリュウがいないと透明怪人を認識出来ないから、彼は透也の肩にくっ付いているが、おっかなびっくりの様子は拭えない。
「……まあ、色々と事情があるのは解った。じゃあさ、こういうのはどうだ? この塔、広そうだからさ、一緒に住むってのは。シェアハウス。な、賑やかでいいだろ」
すると透明怪人は即答した。
「イヤ。ヤモリは嫌い」
「ワガハイもガイコツオバケと同居は勘弁でアリマス」
互いにフンとそっぽを向く。
「本格的に面倒臭せなこれは」
透也は顰め面で腕組みをした。
するとそこに、ニコラがステラを連れて戻ってきた。
「透也、今は壊れてるけど、時計塔、色々と仕掛けがあって面白そうだぞ。ボク、此処に住む」
「勝手に住むとか決めないで! 此処は! ワタシの家なの!」
透明怪人の反論に、ニコラは目を細める。
「あの時計、本当はちょっと直そうとしたけど出来なかったんでしょ。ボク、そういうの解るから」
その一言が、透明怪人の逆鱗に触れたらしい。彼女は立ち上がり喚き散らした。
「時計の修理くらい自分でやるわよ! 女が独りで生きてくのは大変なんだから! 何よ、男と暮らしてるからって付け上がってんじゃねーよガキの癖に! 頭来たー! 本当に頭に来たんだから! 見てなさいよ、ワタシの本気を見せたげるから!」
彼女はそう云って部屋の隅に行き、天井からぶら下がる鎖に手を掛けた。
そして、意味ありげに宣言する。
「――ワタシのとっときのスペシャル、起動」
彼女の手が鎖を引く。
すると、地響きのような物音がし出した……恐らくは、何かの装置。無数の歯車が噛み合う音だ。
とてつもなく厭な予感がする。
「リュウ、これは――」
とだが、音響解析をしている暇は無かった。
突如、床板が真っ二つに割れ、消えたのだ。
「――――!!」
真っ暗な穴に墜ちる。巨大な竪穴はだが永遠に続いている訳ではない。間も無く斜面に着地し、そのまま滑り台のようにカープしたり回転したりして、唐突に外に放り出された。
「――――ッッ!!」
背中から落ちた透也は息が詰まって動けない。そこにニコラが飛んで来た。
「ィヤッホゥ!」
――ドスッ。
腹にまともに落ちて来て、目の前が暗くなる。
「透也あああ!!」
最後にステラがリュウを張り付けて転がってきた。それが透也の頭を直撃し、彼の意識は星空の彼方へと飛び立った。
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【透明怪人】
年齢・不詳
能力・明鏡止水
(見た者の認識から自分の記憶を消し去る)
趣味・DIY
好きなもの・カワイイもの
嫌いなもの・自分
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