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東京ファントムウォーズ  作者: 山岸マロニィ
<肆>──幻影ラビリンス
42/97

41話 背信

 ――その途端。

 透也はニコラを引き寄せ、頸動脈に手刀を打ち込んだ。

「…………」

 軽く呻いて気絶したニコラを抱え、透也は駆け出す。

「リュウ、ステラ、ついて来い!」

 ベッドの傍らのヘルメットを窓に向けて蹴り上げ、跳ね上がったところに頭を突っ込む。

 そのまま塔からダイブする。バックパックから開かれままのドローンが、ワイヤーが張るのを合図に起動する。


 ワイヤーに前脚で掴まるステラの頭で、リュウが透也を見下ろした。

「システム再起動の時間稼ぎでアリマスか」

「ご名答。こちらの世界と現実世界の時間の流れの差を考えたら、かなりの時間稼ぎが必要だからな」

「後でニコラが傷付くでアリマス」

「いいんだよ――これまでのどの思い出よりも、俺がニコラを幸せにしてやるから」


 ドローンは針葉樹林の上空を飛んでいく。眼下の絶景を眺めながら、だが透也は憤りを隠せない。

「男爵だかメークインだか知らねえが、ニコラの心を(もてあそ)んだあの野郎、絶ッッ対に許さねえ!」

「ニコラを取り返せば目的は達成したでアリマスよ」

「いや、やるね。ボコボコにして豚箱に放り込まなきゃ気が済まねえ」

 リュウはハァと息を吐く。

「じゃ、戻るでアリマスよ」

「了解……あ、時空転移、ニコラは大丈夫なのか?」

「考えてないでアリマスか! ……まぁ、透也の時が大丈夫だったし、いけると思えばいけるのではアリマセンか?」

「ま、何とかなるだろ」

 そう云いつつ、透也はニコラの体を包むように抱え込んだ。


「――生死流転!」



 ☩◆◆──⋯──◆◆☩



 突然、手の中のボトルキャッスルが弾け飛び、香子は

「キャッ」

 と悲鳴を上げた。

 そして、硝子片で切った指先に気を取られた次の瞬間。

 

 遠藤透也が桐生男爵の拳銃を奪い、彼に突き付けているのを確認した。

 片手でヘルメットを外し、床に転がす。そして、チラリと香子を振り返った。

「驚かせたな。大丈夫か?」

「え、えぇ……ちょっと手を切っただけ」


 何がどうなったのか知らないが、彼がこの一瞬で状況を把握し、主導権を奪ったのだけは理解した。


 呆気に取られる香子の前で、透也はカチリと撃鉄を起こす。

「貴様……何を企んでやがる」

 しかし桐生男爵は表情ひとつ変えない。

「貴殿のように野卑(やひ)な者には察し得ぬ」

「ブッ殺すぞ!」


「駄目! その人を殺してはいけない」

 香子は声を上げる。

「その人は、怪盗同盟と帝国評議会とを繋ぐ証人よ。彼を失えば、あの方の黒い思惑が闇に葬られてしまう」


 透也はじっと落窪んだ眼を睨んでいる。

「それが明かされりゃあ、魔能をこの世から消せるのか?」


 香子はドキッとした……立場は正反対でありながら、目的が同じだったとは。

 彼女は答えた。

「私はそう信じている」


 透也は声を低くする。

「云えよ。何の目的で、土蔵にあんなたくさんの人を集めた?」

「土蔵……人……?」

 香子は目を丸くした。

「こいつが霧で眠らせてた。此処にある瓶の中に、その人たちの意識が封じられてる」

「どうして、そんなこと……」

 そう云いながら、香子はあることに気付き息を呑んだ。


「――火事が土蔵に及んだら、大変なことになるわ」


「火事だと!?」

 透也はそれに気付いていなかったようで、煙が濃度を増していく部屋に慌てて目を奔らせる。

「まだ此処には及んでいない。けれど、時間の問題よ」


「それだけでは無いのだよ」

 桐生男爵はニヤリと口を歪めた。

「先程彼女に云ったように、警官隊百名余りが、この屋敷の幻影の中を彷徨っている」

「まさか――!」


 幻影の中の彼らは火事に気付いておらず、屋敷を彷徨ううちに巻き込まれる可能性がある。


 気の遠くなるような状況に、香子は奥歯を噛み締めた。

「教えて。彼らを助けるにはどうすればいいの?」

 すると桐生男爵は余裕たっぷりに答えた。

「先ずは銃を下ろすことだ」


 透也はしばらくそのまま睨んでいたが、やがてガクリと腕を下ろした。

「……早く云えよ。貴様の幻影はどうやったら消える?」

「不可能だ」

「貴様!」

 透也が再び銃を構える。すると桐生男爵はせせら嗤った。

「落ち着け。幻影は消えないが、幻影を操り、彼らを導くことは出来る、私が生きていれば。その代わり」

 と、彼は椅子で未だ眠る少女に目を向ける。

「この子供を置いていけ」


 透也の表情が凍り付く。返答が出来ないまま、時間だけが過ぎていく。

 そんな彼の苦悩を愉しむかのように目を細め、桐生男爵は言葉を継いだ。

「警察官と選りすぐりの男共、総勢二百名と、この小娘一人。比べるべくも無かろう。モタモタしていれば、屋敷じゅうに火が回るぞ」


 透也は声を震わせた。

「……解った。だが、条件がある」

 キッと睨んだ彼の目は本気だった。

「ニコラを絶対に傷付けないと約束しろ。幸せにすると」

「幸せ、ねぇ」

 桐生男爵は顎を撫でる。

「貴殿の云う幸せがどういうものだかは知らんが、私からすれば御国の役に立てる程の幸せは無いと思うがね」

「おい……!」

「待って」


 そこに香子は割って入った。

「桐生男爵、貴方は私を殺したかった。でも今はもう不可能よ。なら、私を連れて行くのはどう? 彼女と一緒に」


 予想外な提案に、桐生男爵は眉を吊り上げた。

「私が貴女を監視下に置き、貴女はこの子供を見守る、か。考えたものだな」

「合意ね。なら早く……」

「おい待て!」

 透也が香子の肩を掴む。

「いい訳ねえだろ! おまえの幸せはどうなるんだよ?」


「私の、幸せ……?」

 香子は戸惑った。幸せというものを、具体的に考えたことが無かった。


 勿論、小林や文代は彼女の幸せを案じているに違いない。それは彼女にも伝わっている。

 だが当の本人は、魔能を持って産まれたことを「呪い」と感じ、呪いを解く為だけに生きてきたと云っても過言ではないのだ。

 魔能の真相がこの目で見えるのならば本望と、桐生男爵に提案したのだが、まさか、赤の他人の遠藤透也に香子の「幸せ」を心配されるとは思わなかった。


 どきまぎして、香子は顔を逸らした。

「あ、貴方には関係ない……」

「逃げんな!」

 透也は香子の顔を見据える。

「生きる意味から、逃げんな」


 ――その時、この場にいる誰一人として、ニコラが目を開いたのに気付かなかった。そして、彼女の手にあるものにも。

 彼女は部屋を見渡し、城ではないと認識する。


 彼女の幸せと同義である、城ではないと。


 そして、彼女を言葉巧みに連れ出した透也が、明智香子と間近に向き合っているのを見て、発作的に手に握ったものを彼に向けたのだ。


 それは、透也のベルトに挟まれていた、かつてニコラが持っていた拳銃。何かの拍子に、現実世界の彼女の手の内に転移していたのである。

 弾は、最後の一発。


「――――嘘吐き」


 ニコラは心のままに引き金を引いた。


 空気が破裂する音。


 透也の背に血飛沫が弾ける。一瞬だけ、彼の目はニコラに向けられるも、直ぐに瞼は閉ざされ、彼の体は糸の切れた人形のように床に崩れ落ちた。

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