38話 炎上
「――警官隊、配置に着きました」
野呂の報告を受け、中村は小林執事に顔を向けた。
「明智探偵から何か連絡は?」
「いや、ございません」
その返答に、中村は顔を顰めた。
「時間が経つほど状況は悪くなりますので、我々としては今すぐ突入を……」
「それは何卒お待ちください。お嬢様は警察の方々のやり方を十分にご承知の上で、最も安全な方法を模索しておられるに違いありません」
「そう云われましても……」
「どうか、あと五分だけ、何卒」
小林が平身低頭すれば、中村も無下には出来ない。
「承知しました。しかし、五分待って動きが無いようでしたら、我々は突入しますので」
と、中村は野呂を引き連れて立ち去った。
警察が到着したのは十分ほど前。すぐにでも屋敷に雪崩込もうとする彼らを、小林は屋敷を包囲するように促し押し留めた。
香子の思うように、桐生男爵との面談を進めてやりたい……などと云う安易な動機では無い。
霧生男爵のやり口を、小林は知っていたからだ。
香子はむざむざと彼の張り巡らす罠に飛び込むことはあるまい。しかし、事情を知らない警官隊百名となると話は別だ。人形使い亡き今、すぐさま彼らが操られることは無いだろうが、盾にされたらそれも厄介。先行した香子からの指示を仰ぐべきだと判断した。その役割として、小林は此処に残ったのだ。
とは云え、その考えを中村に話せない……小林が元怪盗側の人間だと云うのを明かすことになる為。今はその時期では無い。
しかしこのままでは、警官隊の突入は避けられない。香子は一体どうしているだろうか。
小林は内ポケットから小型の望遠鏡を取り出し片眼鏡に当てる。門柱の影からレンズを覗かせば、草の生い茂った石畳の奥、庭木に身を隠す香子の姿が見えた。
その先、森のように生い茂る木立を霞めさせる霧――これが香子を阻んでいる。
とは云え、膠着状態にあるのなら、警官隊突入の連絡は入れておいた方がいいだろう。小林はそっと門の隙間に身を滑らせ、香子に駆け寄る――が、軽く挙げた彼女の手が彼の足を止めさせた。
振り向く香子が石畳の先を示す。小林も潅木に身を隠しながら、望遠鏡を奥へと向けた。
そこは、屋敷の玄関先。
閉ざされた扉の前に、桐生男爵が立っている。
これはどういう状況かと、小林は香子に目を戻した。すると彼女は両手を動かし小林に何かを訴えている――手話のようだ。
声を使えない時の連絡手段として、小林も探偵助手の立場上、一通り心得ている。
香子の手の動きを読めば、「おまえにも彼は見えているのか?」と云いたいようだ。
小林は両腕で丸を作り「見えている」と示す。
彼には香子の意図が解った。香子が見ているのが霧の幻影なのか、それとも本人なのかを確認したかったのだ。
香子よりもかなり手前に居る小林に見えているのだから、あの桐生男爵は本人だろう、彼女はそう判断したようだ。再び手話で、
「中村警部に彼の所在を伝えるように」
と云ってきた。
中村が指示に従う為立ち上がる。
だが、すぐに甲高い悲鳴が上がり、小林を立ち止まらせた。
振り返った彼は直ぐさま事態を察した。
屋敷の窓から、炎が噴き出している。
途端に焼け焦げた匂いが鼻を突き、小林は叫んだ。
「お嬢様!」
すると香子は屋敷を指差した。
「小林! あれを」
目を向けた先で、桐生男爵が炎に包まれゆく玄関へ入っていく。
香子が叫ぶ。
「警部に連絡を!」
その声に弾かれるように小林は門へと引き返したが、香子が玄関へ向かうのを知っていれば、絶対にそうはしなかった。
☩◆◆──⋯──◆◆☩
四つのボトルキャッスルを睨み、透也はリュウに問い掛けた。
「瞬間移動が可能な回数は?」
「残存電力から二回が限度でアリマス」
「で、システムのリセットの為に、間隔は二十分以上空けないとならないんだっけ?」
「そうでアリマス」
透也は顎に手を当てる。
「全部の瓶に瞬間移動して確かめる余裕は無いな」
「全部の瓶を持ち出す人手も無いでアリマス」
屈み込んで瓶を覗く。
何れも白を基調にしたファンタジー感溢れる意匠の城だ。数ある尖塔が、瓶越しに入るシャンデリアの明かりを反射してキラキラと輝いている。
そのひとつにピョンと乗り、リュウは云った。
「これはシンデレラ、これは白雪姫、これは美女と野獣、これは眠り姫」
「ん?」
「過去に絵本にされたり映画化されたりしたデータから解析した、それぞれの城の特徴からイメージする物語でアリマス」
「…………?」
「そのうち、ニコラがどの話を最も好んだかに賭けるしか無いでアリマス」
そう云われ、透也はヘルメットの上から頭を掻く仕草をした。
「御伽噺のお姫様になんて、あいつ興味あるのか?」
すると、リュウは目を細めた。
「だから透也はモテないでアリマス」
「クピ……」
「ステラまで云うなよ……」
とはいえ、リュウの云う通り、ヒントはそこしか無いだろう。
透也は腕組みをする。
「シンデレラは違う気がする。ニコラは掃除なんてしねえし」
「ふむ」
「白雪姫もなんかしっくり来ねえ。あいつ、目玉焼きしか喰わねえから」
「…………」
「美女と野獣……野獣の要素が無え」
「なら、眠り姫でアリマスか?」
「いや……大人しく王子様を待つタイプか? あいつ」
「それを云ったら全てのプリンセスを否定するでアリマス!」
云い合う一人と一匹を横目に、ステラは瓶をじっと眺めている。そしてひとつの瓶の前に前脚を置いた。
「ピピ……ピクピピ……」
リュウが通訳する。
「孤児院の子供たちは、就寝時間を守らないと酷く叱る修道女を『悪い魔女』と呼んでいた、と云っているでアリマス」
「悪い魔女、ね……」
「これらの四つの物語で悪い魔女が登場するのは、眠り姫ただひとつ」
「なるほど……」
自らの境遇を物語に準える遊びは、女の子にありがちなものだ。修道女を悪役に見立て、悪い魔女に眠らされたのだとベッドで妄想する……そして、白馬の王子様の助けを待った。
自分ではどうにもならない、辛い境遇から連れ出してくれる誰かを……。
透也は心を決めた。
「よし、行くぞ、リュウ」
「カシコマリでアリマス」
リュウが透也のヘルメットに飛び移る。
すると、ステラが
「ピピ……ピピピ……」
と訴え掛けるように見上げてきた。
「おまえも行くのか?」
「ピピ」
「ステラは鋼鉄の体でアリマスから耐性に問題はないでアリマス」
リュウに云われ、透也は半円形の頭を持ち上げる。すると脚を畳んで球状になった。
それを透也が抱えると、リュウは光を発する。
「システム再起動終了。『生生流転』、発動準備完了」
「よし――翔べ、『生死流転』!」
部屋が強烈な光に包まれる。その直後、透也たちの姿は消えていた。
……それから間もなく、扉の隙間から、灰色の煙が流れ込みだした。




