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東京ファントムウォーズ  作者: 山岸マロニィ
<肆>──幻影ラビリンス
38/73

37話 生生流転

 透也は博士の論文を手に、タイムマシンの最終チェックをしていた。

 ……といっても、このドラム缶はただの容器で、時空転移を行うのはリュウなのだが。


「強度的には問題無さそうだ。けど、こんなのでよく時空転移なんかしたよな、俺たち」

 と、彼は『時空干渉理論』と題された論文に目を通す。

「これは相対性理論を発展させたものであり、一定空間内の質量の落差を人工的に発生させることで、過去へも時空転移が可能であることを証明するための理論である……って、何度読んでもよく解らねえ」

 すると、リュウが口を挟む。

「つまりでアリマスな、E=mc²を基本として、mに限定的な制約を加えることでエネルギーの方向性を……」

「難しいことはいいや、実際出来たんだし」

 透也はパラパラと論文を捲る。


 魔能が至上とされ、科学が野蛮なものとされたあの時代、博士の論文が世に出ることはなかった。それでも、人類の進歩には科学が必要不可欠と信じ、博士は寝る間を惜しんで研究を続けていた。

 研究所にあったのは、博士自作の実験装置と、いつの時代のものかも解らないコンピュータと、紙の束。

 この論文も全て、博士が自作の鉛筆で手書きしたものだ。

 それだけの情熱を研究に注ぎながら、何ひとつ人類の未来を変えられぬまま、博士は……。


 不意に視界が滲み、博士の論文を濡らすまいと透也は慌てて頁を閉じた。ところがその拍子に論文を取り落とし、透也は目を擦りつつ前屈みに拾い上げる。


 ――すると、最後の頁が目に入った。

 博士の署名が記されたその横に、明らかに博士の筆跡でない文字が書き込んである。


「…………?」

 透也はその走り書きを目で追う。すると、リュウがピョンと肩にやって来た。

「もっと良い未来にする為に、この論文を使います。ごめんなさい――丸山明子……誰でアリマスか?」

「さぁ……」


 あの時、こんな書き込みを見ただろうか?

 記憶を探っていると、透也は別のことを思い出した。

「そうだ、何でこの論文を持ってきたかを忘れてた。あの時、おまえにこれを読み込ませて、時空転移装置を完成させたんだったな」

「そうでアリマス。しかし今のワガハイには既にセットアップ済でアリマス」

「そうだな……やるか」


 痩身をドラム缶に潜り込ませ、蓋を閉じる。普段からパルクール顔負けの動きをしているから何とかなるが、それでもなかなか窮屈だ。しかも、真っ暗闇。

「……あ、そういやあヘルメットが無いぞ」

 透也が訊くと、抱えた膝の辺りでリュウがモゾモゾとした。

「ここは幻影の世界であり、透也は意識のみの存在でアリマス。透也が大丈夫と思えば大丈夫でアリマス……多分」

「多分かよ! ……まぁいいや。行こうぜ」


 リュウが集中しだす――それに伴い、鮮やかな緑と橙の縞模様が発光する。

「転移物体の容積及び質量を計測中……座標を確認……質量変異範囲を特定……」


 そして、眩いばかりの光を発した。透也は瞼を閉じる。

「――時空転移システム『生生流転』、発動」


 激しい揺れが透也を襲う。上下左右の感覚すら失い、意識は暗転した――。



 ☩◆◆──⋯──◆◆☩



「――うわっ!」

 目覚めた途端、透也は寝台から転がり落ちた。

 そして、頭がクラッとした途端、頭からヘルメットを叩き付けられ電撃を喰らう。


「…………」

 床に座り込んでヘルメットの位置を直しつつ、透也は彼を見上げるステラとリュウに目を向けた。

「事情は解った。部屋に催眠ガスが充満してるから、目覚めた瞬間にヘルメットを被せて覚醒させる必要があった、と」

「そうでアリマス。あれだけ苦労して透也を起こしたでアリマスから、また眠られたら堪らないでアリマス」

「だけどさ、もうちょい、何つーか、手心と云うか……」

「ヤモリとヤドカリに手心を期待するのが間違いでアリマス」

「まあいいや……ありがとな」


 仕方無く、透也はヘルメットとボディスーツとの接続を確認して立ち上がった。このヘルメットはガスマスクにもなる為、持って来て正解だった。


 それから隣の寝台に目を向ける。

 そこでニコラは眠っていた。脈を取るが異常は無い。いい夢を見ているのだろう、幸せそうな顔をしているのが救いだ。


 薄暗い部屋を見渡せば、リュウからの通信で見た光景が広がっている。雇われたのか、それとも騙されたのか。不運な男たちが並んで眠りこけている様子は異様だ。

 そして、漂う香の煙――先ずはこの催眠ガスを何とかするべきだろう。


 透也は義眼を起動する。鮮明になった視界で霧の流れを確認すれば、部屋のあちこちに香炉が置かれているのが解った。

 次に向かうは窓。閉ざされた小窓を蹴破れば、白々とした光が差し込む。窓の外は木立に囲まれ、シンと静まり返っていた。壁の様子から、どうやらこの建物は土蔵のようだと、透也は察した。

 広い敷地に建つ大きな土蔵。「男爵」と云うのもあながち嘘では無さそうだ。

 その窓から、透也は手当り次第に香炉を投げ棄てた。


 窓から入る柔らかな風が霧を薄めていくが、やはり男たちは目を覚まさない。あの瓶の中の城に、意識を封じられているからだ。


 それはニコラも同様だった。

 小さな体を抱えて窓際に連れて行き、新鮮な空気に当てても、彼女の瞼は開かない。

「ニコラの意識も、あの瓶のどれかに閉じ込められているんだろう。瓶を割れば死ぬとも奴は言っていた。リュウ、どうすればいい?」

 ニコラの胸元で様子を見守っていたリュウは、

「さっきの逆でアリマス」

 と答えた。

「透也がニコラの瓶の中へ瞬間移動するでアリマス」

「その手があったか! ……いや、大きさ的に無理だろ」

「いいでアリマスか? 『時空干渉理論』と云うのは、時間だけでなく空間にも影響を及ぼすことが可能であり、それはつまり、質量に於ける物質の密度を……」

「要するに、あの瓶の中に入れるってことだな!」

「まぁ、そう云うことでアリマス」


 ニコラを抱えたまま透也は出入り口の扉に向かう。外から施錠されたそこはステラがぶち抜く……一応、威力の調節は可能なようで、最小限の被害に留められた。


 土蔵を出た先は渡り廊下になっており、その先は洋館。リュウがレーダーで間取りを探る。

「瓶の飾られた部屋には、確か窓が無かったでアリマスな」

「云われてみれば」

「だとすると、屋敷の中心にある、正方形のこの部屋」


 義眼に送られる見取り図に従い屋敷を進む。しかし、誰も居ない。霧生男爵どころか、使用人の一人も見えない。手入れが行き届いていない部屋には蜘蛛の巣が垂れ、駆け抜ける拍子に埃が舞う。

 生活感の無い部屋部屋は、霧生男爵の醸す妖怪じみた生気の無さを示しているようだと、透也は思った。


 ――そんな中でも、瓶の並ぶこの部屋だけは整っていた。

 壁に飾られたボトルキャッスルの数々に埃は無く、粛然と置かれた椅子とテーブル、そして今は煙を吐いていない香炉も、この部屋の主だけが煙と消えたように、緊迫感を漂わせている。


 しかしこの状況で、霧生男爵は何処に行ったのか?

 透也は厭なものを拭い切れないまま周囲を見渡した。


 四方の壁に打ち付けられた金具に載せられた瓶は百を越す。土蔵の男たちより明らかに数が多い。これは、意識を奪われているのは、あの男たち以外にも多数存在することを示しているのではないか。


 とりあえず、透也はニコラを椅子に座らせる。すると肩でリュウが嘆いた。

「しかし、この内のどれにニコラが居るかは、ワガハイにも見当が付かないでアリマス」

「確かにな……」

 と透也は、黒く焼け焦げた不格好な塔を封じた瓶を手に取り、床に叩き付けた――これだけは絶対に無い。

 ついて来たステラも、六本脚の付け根の目をクリクリさせて見回すが、探し出せないでいる。


「…………」

 透也は腕組みしてひとつひとつの瓶を観察していく。西洋風の城が多いが、姫路城のような和風の城や、紫禁城のような中華風の城、アラビアのモスク、ピラミッドも少なくない。そのどれもが精巧に造られており、周囲に森や草原のジオラマを配し霧が漂う。


 透也の肩でリュウが云った。

「この城の中で、眠れる男たちは一体何を考えているんでアリマスかね」

「殿様気分、ってとこか?」


 すると、リュウが透也の正面の瓶にピョンと飛び移った。

「透也の幻影世界を見ると、瓶の中の世界は封じられた意識に従った姿になるでアリマス」

「そうみたいだな」

「ならば……」

 と、リュウは首を伸ばす。

「ニコラが、殿様気分になるでアリマスか?」

「…………」

「女の子が思い浮かべる城と云えば、御伽噺に出てくるような、プリンセスに相応しい城の可能性が高いでアリマス」

「なるほど」

 と透也は顎を撫でる。

「それで大分絞れそうだな」


 透也は再びボトルキャッスルを見渡す。

 西洋風の城以外は除外。その中でも、砦のような実戦的なものは除外。尖塔やアーチ窓の多用された優美なものだけをテーブルに集める。

 すると、驚くほど少ない。選択肢にあるのは四つのみ。


 ――このうちのどれかに、ニコラはいる。

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