表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東京ファントムウォーズ  作者: 山岸マロニィ
<肆>──幻影ラビリンス
35/97

34話 強制終了

 透也は焼け野原を彷徨っていた。

 地表を漂う煙が、透也の輪郭を蜃気楼のように揺らす。

「ハァ……ハァ……」

 息を切らしながら焼け焦げた瓦礫の隙間を歩けども、終わりは見えない。


 すると肩でリュウが云った。

「此処は幻影の世界でアリマス。終わりなどあるでアリマスか?」

 確かにそうだ。

 霧生男爵はこうも云っていた――本人の望む幻影を見せるもの。


 これは透也の望むもの……否、透也の認識にある二十二世紀末の東京の姿なのだ。

 彼は望む望まない以前に、この景色以外の場所を知らない。だから、焼け野原が永遠に続いている。


「…………」

 徒労感に襲われ膝をつく。

 このままでは、ニコラを助けるどころか、この灰色の世界で朽ち果てる未来しか見えない。


 その場で胡座をかき頭を抱える。

 リュウはそんな透也の膝に乗り顔を見上げた。

「ひとつ提案でアリマス」

 目を向けると、青く縁取られた目がクリンと揺れる。

「此処は幻影の世界でアリマス。果てを探すよりも、此処から抜け出す方法を考えた方がいいでアリマス」

「どういう意味だ?」

「先程の霧生男爵の言葉を思い出すでアリマス」


 そう云われ、透也は記憶を探る。

 ――幻影に囚われた者は、幻影の住人となる。

 ――この霧は魔能では無く、霧の中の幻影も魔能では無い。

 確か、そんなことを云っていた。


「そうでアリマス。瓶の中の幻影は魔能ではないでアリマス」

「それがどうかしたか?」

「つまりでアリマスな――魔能を使わず、人間の肉体をちっぽけな瓶に押し込められる訳がないでアリマス」


 透也は目を見開いた。

 確かにそうだ……影男の一件で「異空間」という概念が認識に加わったからすっかり騙されていたが、リュウの云う通りだ。


「じゃあ、此処に居る俺は一体何者なんだ?」

「恐らく、眠っているでアリマス」

「眠って……」

「体は他の場所で眠っており、意識だけが瓶に封じられているでアリマス」


 ……つまり、瓶の中は夢の世界。

 そこから出るには、眠りを終わらせればいい。


「だけど、どうやって目覚めるんだ?」

「夢とはつまり、脳の働きが起こすバグのようなもの。ならば、強制終了すれば終わるでアリマス」

「強制終了……」


 その時、透也は思い浮かべた。

 強制終了の方法なら、此処に持っている。

 透也はベルトの拳銃を抜く。弾は二発。十分に足りる。


 透也はグリップを握り、引き金に指を置く。そして銃口をこめかみに押し当てた。

「これでいいんだな?」

 リュウは静かに頷いた。


 ……その時だった。

 脳内で声がした。

「ダメでアリマス! 撃ってはダメでアリマス!」

 リュウの声……いや、記憶の中の幻聴だろう、浅草の劇場で、リュウに拳銃を使うのを止められた時の。


「どうしたでアリマスか?」

 鮮やかな緑色の頭を傾げ、リュウは透也を見上げている。


「何でも無い……これで終わりだ」

 透也は引き金に掛けた指に力を込めた。



 ☩◆◆──⋯──◆◆☩



 お梅は紫煙の向こうの若い女を眺め、呆れた声を出した。

「思い付いたら行動は良いけど、時間を(わきま)えなさいよ」


 ――夜も明けきらぬ早朝四時半。

 医者でも無いのに叩き起される(いわ)れは無い。


「しかも、馬で乗り付けるとは。この辺じゃ馬なんて普通じゃア無いんだよ」

「ご、ごめんなさい……ゴローの為に裏庭を貸して貰って、こんな朝早くに。家の人に見つからないうちにと出てきたから」

 お梅の迫力にタジタジの明智香子は、肩を竦めて恐縮した。


 白梅軒の店内。

 カウンターに座る香子の横で、目付きの悪いハチワレのタマを膝に載せた野呂が、寝ぼけ眼で船を漕いでいる。

「……ッたく役立たずだね、うちの莫迦息子は」

「いいえ、そんな。こんな時間に押し掛けた私が悪いんです」


 お梅は長煙管でポンと灰皿を叩くと、サイフォンから珈琲を注ぎカップを香子の前に置いた。


「……で、あの鬼警部との取り持ちをうちの息子にして欲しいと」

 香子はコクリと頷いてから、芳しい湯気が立つカップに口を付ける。

「それから、もうひとつお願いが」

「いい加減起きろ、この莫迦息子」

「いえ! もうひとつのお願いは、女将さんに……」


 香子はそう云うと、真っ直ぐにお梅を見据えた。

「――霧の怪盗の居処を教えて欲しい」


 流石のお梅も、全てを見通すようなその視線にゾクッとした。

 再び火皿に刻み煙草を詰め、炭に押し当てる。

「何で(あたし)がそんなことを知ってると思うんだい」

「――浅草の白梅」

「…………」

(かつ)て吉原通いの男たち相手に不法な高利貸しをしていた女傑。足を洗ってからは千駄木で情報屋をしていると噂は耳にしていたけど、まさか、野呂刑事の御母堂とは」


 暫くお梅は紫煙を燻らせていたが、やがてボソリと嗤った。

「探偵ってンのは伊達じゃないね」

「教えて欲しいの――彼を、助けたいの」


 お梅はジロリと香子を見下ろす。

「あのモジャモジャ頭かい?」

「えぇ……私が妙なことを口走ってしまったから、彼……」


 目を伏せた香子を見て、お梅は直感的に理解した――惚れてると。

 彼には、お調子者で間抜けで変に正義感が強くて……いつか死ぬんじゃないかという危うさがあった。

 若い女ってのは、そういうのにコロッといくもんだと思いながらも、お梅にそれを否定する気はない。嘗ての自分もそうだったから。


 お梅は再び灰を棄てる。

 そして煙草盆に長煙管を戻すと、カウンターに両手を置いた。


「――やめときな」

「何故?」

「『霧生男爵』は日下部伯爵と縁がある。敵に回せば、アンタのお家は取り潰しになるよ」

「それも考えたわ。けれど、お家と云っても私一人だし」

 香子は俯く。

「屋敷を売れば、使用人が生活に困らないくらいのお金が入る。私ひとりなら、どうにでもなる。それに……そんな黒いお金で生きていくのは、これ以上耐えられない」

「黒かろうが白かろうが金は金だよ」


 そう云いつつも、お梅は香子に同情的な目を向けた。

「まぁ、その歳で黒い金を有り難がってるようじゃ、人間として終わってンけどね」

 自嘲的にそう云い、お梅は自分のカップに珈琲を注いだ。


「――霧生男爵――いや、本当の名は『桐生男爵』」

「…………」

「そこまで云やあ、アンタなら心当たりあんだろ」

 と、お梅は珈琲に口を付ける。


 すると、香子はカップを一息に空けて立ち上がった。

「ありがとうございました」

何処(どこ)行くのさ?」

「すぐ戻ります……野呂刑事の登庁までには」

 香子はそう云うと、店を飛び出して行った。


 それを見送り、お梅は再び珈琲を啜る。

「眩しいねぇ、若いってンのは。それに比べて……」

 と見下ろす視線の先で、野呂は大きく船を漕いだ勢いでカウンターにガツンと額をぶつけた。

「ニャッ」

 とタマが逃げ、野呂は目を擦る。

「……あれ、明智探偵は?」

「ハァ……」

 お梅は溜息を吐いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ