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東京ファントムウォーズ  作者: 山岸マロニィ
<肆>──幻影ラビリンス
33/97

32話 瓶の中

「…………ウヤ……トウヤ……透也」


 ペチペチと頬を叩かれ、透也は細く目を開いた。

 すると、鮮やかな緑の鼻先が視界に飛び込む。

「……リュウ」

 そう呼ぶと、彼は満足げに頬をペロペロと舐めた。

「良かったでアリマス。このまま透也が死んだら、ワガハイ悲しいでアリマス」

「……ありがとな」


 透也はリュウを頭に乗せて起き上がる……少しクラクラするが、生きてはいるようだ。


 その途端、リュウが息せき切って喋りだした。

「ワガハイに感謝するでアリマス。透也はワガハイが助けたでアリマス」

「何があったんだ?」

「あいつ、透也の首からステラの鍵を盗もうとしたでアリマス。だからワガハイが隠したでアリマス」

「どこに?」


 するとリュウは透也の膝に飛び下り、腹を反らせた。

「此処でアリマス」


 ……飲み込んだのだ。

 確かに、外部メモリほどの小片であり、金平糖を十個も飲み込めるリュウの腹には十分に入る。


 しかし、透也は厳しい顔をせざるを得ない。

「そんなことをして、リュウまで盗まれたらどうするんだよ」

 すると、リュウはケロリと答えた。

「ワガハイの放電を甘く見ないでアリマス」


 そう云えば、そんな機能も付いていた。

 静電気程度のスタンガンだが、意外と痛い。慣れない人物なら手を出すのは危険と判断するだろう。


「透也が死ねばワガハイは自爆すると云ったでアリマス。鍵を護りたければ解毒剤を寄越せと云ったでアリマス」

「自爆? そんな機能あったか?」

「交渉術でアリマスよ」

 流石リュウ。ヤモリの癖に度胸は一流だ。


「だから奴は、透也と一緒にワガハイも閉じ込めたでアリマス」

「何処に?」


「瓶の中に」


 ――そう云われ、透也は(ようや)く気付いた。

 今居る場所。

 それは紛れも無く、二十二世紀末で見た、東京の焼け跡に違いない。


 遠く(そび)える、焼け崩れたメガロポリスタワー。

 周囲のスラム街は一面の廃墟となり、あちらこちらで煙が燻っている。その煙が地表に漂い、視界を霞ませるのだが、そこに含まれる胸の悪くなるような臭いは、透也の脳裏に染み付いたものだった。


 顔の右側を覆う痣が疼く。

「クッ――!!」

 その痛みは脳に抜け、全身を硬直させる。耐え切れず、透也は頭を抱えて焼け焦げた地面に伏せた。


「透也、落ち着くでアリマス。これは幻影でアリマス。騙されてはいけないでアリマス」

「…………」

「全部嘘でアリマス。ここは二十世紀初頭でアリマス。こんな戦争は起きていないでアリマス」

 彼を見上げ、リュウは必死に声を上げる。

「この世界で魔能を無かったことにすれば、未来の透也は人を殺さずに済むでアリマス」


 顔を伏せたまま、透也は呟く。

「それで、俺が何十万人もを殺した事実が消えるのか?」

「…………」

「元の世界の俺は、それで救われるのか?」


 リュウは答えない。

 ただ透也に寄り添っている。


 肩を震わせる透也に、やがてリュウは囁いた。

「そんな辛さを背負うのは、透也ひとりで十分でアリマス。透也は、新しい並行世界の人々を救うんでアリマス。ワガハイは透也にはなれないでアリマスが、透也の一部にはなれるでアリマス」


 透也の手がリュウを迎える。そこにリュウが身を預けると、手は彼を包み込み、涙の届く位置に彼を運んだ。

 


 ☩◆◆──⋯──◆◆☩



 午前十時、明智家の応接間。


「――彼が、消えた……!?」

 明智香子は目を見開き、中村警部に向け身を乗り出した。

「一体どう云うことなの?」

 すると中村は、隣に控える部下に促す。

「おまえから説明してくれ」


 野呂刑事は(おもむろ)に、テーブルに一枚のカードを置いた。

「今朝、母が店の扉に挟まれているのを発見しました。恐らく夜中に置かれたものかと」


 香子はそれを手に取る。

 カードに書かれているのは、別れの言葉だった。


「……今までお世話になりました。これが貴女の手元に届いていると云うことは、自分は目的に失敗したということ。恐らく二度とお目に掛かれませんが、お気遣い無きよう――遠藤透也」


 厭な予感を拭えず、香子は震える目を(ようや)く上げた。

「これは……一体……」


「僕も今朝初めて知ったんですが……母が、怪人ジュークの世話をしていたようで」

「えっ……!」

「実を云うと、うちの母、千駄木で喫茶店をしていまして。水商売のようなものなので、警察官という立場上、余り大っぴらにはしてませんでしたが」

「それで?」

「母は薄々気付いていたみたいですが……怪人ジュークというのは律儀な奴でして、大きな仕事の前には、夜中に喫茶店の店先にこの置き手紙をしていたようなのです」

「…………」

「無事に仕事を終えればこの手紙は回収するんで、朝には無くなってるんですが、今朝はそのまま……」


 それを訊き、香子は動揺を抑えられなくなった。言葉に詰まり、溢れようとする涙を止められない。慌てて誤魔化そうとするがどうにもならず、両手で顔を覆うしか無かった。

 そんな彼女を、中村と野呂は黙って見ていた。


 漸く呼吸を整え、香子は言葉を口にするが、声が震えるのは誤魔化せない。

「実は昨夜、彼が私を訪ねて来たの」

「何と……」

「赤毛の子供を探していた。誘拐されたようで。それで私、霧の怪盗の話を……」


 それを受け、中村警部が口を挟む。

「実は、明智探偵に云われどうしても気になり、私なりに調べたのですよ。すると……」

 と、彼は周囲を確認してから声を低める。


「日下部伯爵と関係の深い人物だと判明しました」


 それは香子にとって、心臓を抉る程の衝撃だった。

「日下部……おじさま……」

「貴女の世話になっている御方の悪い噂をお耳に入れるのは(はばか)られましたが、この先避けて通れぬ道と思い、お伝えしました」

「…………」


 頭がクラリとして、香子は肘掛けに身を預ける。

「だ、大丈夫ですか? 人を呼びましょうか」

「いいえ……続けてくださる?」

 何とか身を持ち直し、香子は蒼白な顔を上げる。

 その決意を受け取り、中村警部は姿勢を正した。


「日下部伯爵は帝国評議会の最重鎮。その彼が、『はじまりの怪盗』と繋がっているとなると、たかが賞金稼ぎの怪人ジュークに対し、甲種指名手配し懸賞金まで掛けた理由が解ってきます。日下部伯爵は、怪盗同盟から政治資金を得ていた――いや、政治資金集めの為に怪盗同盟を創設した可能性があります」


 明智香子は紙よりも白い顔を中村に向ける。そして不意に、まるで糸が切れたように椅子から崩れ落ちた。

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