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東京ファントムウォーズ  作者: 山岸マロニィ
<参>──踊る走馬灯
31/35

30話 霧

 中村が顔を出すと、女将は相変わらず長煙管を(くゆ)らせていた。

「もう閉店だよ」

「珈琲を一杯貰ったらすぐ帰る」


 ――白梅軒。

 長らく刑事畑に暮らす彼は、しばしばこの女将――お梅の世話になりに来る。


 ただ彼は、野呂がお梅の息子とは気付いていない。流すべき情報を取捨選択する。それも『情報屋』のプロたる所以(ゆえん)だ。


「あいよ」

 お梅はカウンターにカップを置く。琥珀色の液体を口に付け、中村はふうと息を吐いた。

「その顔で下戸とはね」

 お梅が鼻で嗤う。だが中村は怒りはしない。

 野呂よりも、いや上司よりも家族よりも付き合いが長く、何なら「浅草の白梅」と呼ばれていた頃から知っている仲だ。


 中村も自嘲で返す。

「近頃の若い奴は、上司に呑みに誘われるのを嫌がるからな。その点、俺はいい上司だ」

「ふうん」


 一方、お梅は当然、中村の素性を家族構成に至るまで知っている。息子の上司がどんな男か知った上で、彼女は無表情に長煙管の灰をトンと落とした。

「閉店だっつってんだろ。用があんならさっさと云いな」

 お梅に急かされ、中村は珈琲カップをカウンターに戻した。


「――霧の怪盗についてだ」

「…………」

「奴が起こしたと思われる事件の捜査資料を調べたが、全く得体が知れない。何か情報は無いか?」

 するとお梅は呆れたような目をした。

「随分昔の話じゃないか」

「今日起きたとあるヤマに奴が出張ってきた可能性がある」

「…………」

「怪盗同盟で何が起きている?」


 お梅は再び火皿に刻み煙草を詰める。それを火入れに押し当て、ゆっくりと吸口を唇に当てる。

 紫煙と共に、彼女は吐き出した。

「日下部伯爵の飼い犬さ」


「何ッ!?」

 中村は目を剥いた。お梅はそんな彼にジロリと目を向ける。

「帝国評議会と怪盗同盟に繋がりがあるってのは、流石に警察でも知ってんだろ」

「…………」

「魔能を与える黒い魔女と、魔能の使い方を教える日下部伯爵、そして霧の魔能使い『霧生男爵』。その三人で怪盗を始めたのさ」


 カップの底に残った珈琲の波紋を睨みながら、中村は呟いた。

「はじまりの怪盗、か」

「けど、日下部伯爵は黒い魔女を信用しちゃいない。だから貧乏華族に魔能という餌を与えて飼い犬に仕立て、黒い魔女の傍に置いたんだよ」


 その霧生男爵が近頃、怪盗として動いていなかったのは、賞金稼ぎに捕まり、日下部伯爵と黒い魔女との関係が明るみに出るのを防ぐ為、といったところだろう。

 その霧生男爵が動き出した――この意味は非常に重い。

 中村はお梅に鋭い眼光を向けた。

「怪盗同盟で何が起きている?」


 もう一度放たれた質問に、お梅は忠告した。

「此処から先は、迂闊に口走りゃ東京を火の海にしかねない内容さ」

「それを止めるのが、我々警察の仕事だ」


 お梅は暫く中村を見下ろしていたが、やがて諦めたように大きく紫煙を吐いた。

「アンタが正義感を持ってンのは知ってるよ。けどね、正義なんてのは星の数ほどあるモンさ。あんたの正義が何処に在るか、(あたし)に示してご覧よ――その場所によっちゃ、教えてやってもいい」



 ☩◆◆──⋯──◆◆☩



 遠藤透也は東京駅のドーム屋根に立っていた。

 ニコラと暮らしだしたあの日も、こうして東京の景色を観に来た。

 あの時は朝、今は夜。

 闇が建物の輪郭を隠し、代わりに夜景が地上の星のように瞬いている。


 ニコラを失い、二人の住まいすら失った今、透也が進むべきは、前しか無い。


「……なあ、リュウ、知ってるか」

 そう問うと、小さな相棒はポケットを出て肩によじ登った。

「何の話でアリマスか?」

「二十二世紀、俺が博士の世話になる前の話」

「東京掃討戦で孤児になったでアリマス」

「そうだ……けど、本当は少し違う」

 透也はリュウに穏やかな目を向ける。

「俺は行き倒れたところを博士に助けられた――が、その直前、俺は博士を殺そうとした」

「…………」

「俺はな、ゲリラ側の少年兵だったんだ」


 ――AMTを抱え、メガロポリスタワーに忍び込む。

 同じくゲリラの戦闘員をしていた父母の合図で、それを子供がやっと入れる換気口の奥へと持っていく。

「……バイバイ」

 六本脚の戦車が闇の奥底へ消えたのを確認し、父母と共に逃亡。

 そして――


 火柱に包まれたメガロポリスタワーを振り返っても、まだその頃は、自分のしたことだという認識は無かった――その中に、何十万という人が住んでいることも。


 それを理解したのは、銃の扱いを覚え、初めて人を撃った時。

「よくやった」

 と父に褒められ、幼い透也は嬉しくなった。


 人を殺せば褒めて貰える。自分は誰よりも多くの人を殺した。だから自分は特別で、生きるべき価値がある。

 その認識で戦場を駆け巡り、死に瀕した彼に伸べられた手にさえ銃を向けた。


「――だから、博士は俺に約束させた。怪盗を手伝ってもいいが、絶対に人を殺すなと」

「透也……」

「俺は誓ったさ――俺の目の届く処で、人を死なせない」


 前髪を掻き上げて素肌に浴びる風が心地好い。透也は紫の義眼を瞼で覆い隠した。


「俺は、生きていていい人間では無いんだ。そんな俺に、生きていていい理由をくれたのが博士なら、生きるべき価値をくれたのがニコラ」

「…………」

「ニコラを失ったら、俺、生きるべき価値を失う気がする……そんな弱い奴なんだよ、俺は」


 するとリュウは、スルスルと透也の頭に這い上り、額をペロリと舐めた。

「透也は生きていないといけないでアリマス。ワガハイの金平糖を用意出来るのは透也だけでアリマス。ワガハイはその為に、ずっと透也と一緒にいるでアリマスから」


 そんなリュウを指先に移し、透也は鼻先をそっと撫でた。

「進むのは修羅の道だぜ?」

「透也の見てきた景色に比べれば、大したことはないでアリマス」

 指先に身を任せるリュウ。彼は透也の「生きるべき価値」には値しない――彼の体の、心の一部なのだ。


 そんなリュウに透也は訊く。

「霧の怪盗、か……何処に居るか解るか?」

 するとリュウは、くるんと身を翻し透也に尻尾を向けた。


「――迎えに来たでアリマス」


 途端に漂いだす霧。

 それは爆発的に濃度を増し、すっぽりとドーム屋根を覆い隠した。


 ――なるほど。

 ステラの制御鍵が必要と知り、奪いに来たのだ。


 霧の中で、ニコラが手を振る。

「おーい、こっちに来いよ」


 透也は挑発するようにニッと口を歪めた――幻影とは、幻影と見抜いてしまえば効果はない。


 ベルトの拳銃を抜く。そして銃口をニコラの心臓に向け、引き金を引いた。

 発砲音と同時に揺らぐ霧と、ニコラの幻影。

「小手先の幻術など、俺には通用しねえ。さあ、来いよ。さっさとニコラの処に俺を連れて行け」


 霧が透也に迫る。漆黒のボディスーツを覆い隠した霧は、やがて一陣の旋風に散らされた。


 その後に、彼の姿は無かった。



 ☩◆◆── <参>──踊る走馬灯【END】──◆◆☩

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