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東京ファントムウォーズ  作者: 山岸マロニィ
<参>──踊る走馬灯
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24話 地獄の走馬灯

 香子を見返す影男の頬は引き攣っていた。

「……君は、僕の誘いを断るというのかい?」

「そう。腹黒い人は嫌い」


 彼女の表情は、いつもの愛想の欠片も無いものに戻っていた。

「貴方の目的は、私を人質に彼の友人を奪うこと。でもそれは、二元的な理由に過ぎない。貴方の行動の本質は、快楽。女の子たちを虜にして(はべ)らすにとどまらず、嫉妬に狂うさまを愉しんでいるのよ。彼にしたってそう。少しばかり顔見知りの女が貴方の思うが儘になる姿を見せ付けて、同性としての嫉妬を誘うつもりだった。趣味が悪いわね」


 早口に捲し立てられた影男は、呆気に取られ目を見開いた。

 だが香子は止まらない。

「容姿に随分と自信がおありのようだけど、殿方の魅力はそんなものではないのでなくて? 見たくれよりも、何を為すかが人の価値でしょ。行為に信念のない方に、私は全く魅力を感じません。出直してらっしゃい」


 暫くポカンと香子を眺めていた影男だが、やがてケラケラと腹を抱えて嗤いだした。

「ハハハ……これは参ったね。僕にここまで云った女性は初めてだ。どうやら見込み違いだったようだ。君の想い人はきっと素晴らしい人なんだろう――例えば、義賊みたいに」


 すると香子が目を泳がせるから、横で見ている透也が焦った――何動揺してんだよ!

 それは兎も角、この流れは確実に良くない気がする。こんなに影男を煽って、周囲の眷属たちが黙っているとは思えない。


 案の定、影男が目を細め、両手で彼女たちを示した。

「僕は何と云われても構わないさ。僕には確たる自信がある。けれど、心酔する相手を悪く云われるのは、余り気持ちの好いものでは無いだろうね」


 同時に喧々囂々(けんけんごうごう)と声が湧きだす。

「ちょっと可愛いからって調子に乗るんじゃないわよ」

「あんた、何様のつもり?」

阿婆擦(あばず)れが黙らっしゃい!」


 透也は青くなる……噂には聞いていたが、女のやっかみとは、これ程までにおぞましいものなのか。

 ここは、逃げた方が良さそうだ。


 ところが、周囲を見渡した透也は愕然とした。煙幕がどんどん濃さを増した上、走馬灯の光を乱反射して、出口どころか壁までの距離も解らない。(ようや)く復旧した義眼を起動しても、暗視もサーモグラフィーも、煙幕が邪魔して機能しない。

 白煙の壁の中に、女たちが迫り来る影が揺れる――これはまずい!

「リュウ、どうする?」

 すると透也の頭で返事があった。

「完全に取り囲まれているでアリマス。逃げ場はないでアリマス」

「瞬間移動は?」

「その服装では死ぬでアリマス」

 透也は舌打ちする……万事休すだ。


 しかし、香子は動じていない。周囲を見渡しながらも、来いとばかりに身構えているだけだ。

 なるほど……と透也は察した。

 彼女の魔能『因果応報』。

 人形使いの死に様を察するに、眷属たちに攻撃を受ければ、彼女らを操る影男にダメージが入る――それを狙っているのだろう。

 捨て身にならなければ発動しない欠点はあるが、絶対に外さない非常に強力な魔能だ。


 白煙の中から女たちの姿が現れた。先程透也に向かって来た様子から、せいぜい爪を立て、歯を剥いて飛び掛ってくる程度――と、透也は考えていたのだが。


 彼女たちの手には、出刃包丁、断ち(ばさみ)、すりこぎ、一升瓶……等々が、各々(おのおの)握られている。

 数は五十余り。香子とて、それらに一斉攻撃を受けたらひとたまりもない。

 流石の彼女も動揺し一歩退く。そこへ女のものとは思えないドスの効いた声が飛んだ。

「やっちまいな!」


 それを合図に、女たちは一斉に飛び掛った。通路を猛進し、客席を飛び越え、包丁を頭上に掲げる。

「影さまを貶した傲慢さを悔いるがいい!」


 香子の魔能は、受けるダメージを軽減するものではない。これだけの殺意を一挙に受ければ、魔能が発動する前に死を迎える――。


 そう思うより早く、透也は飛び出していた。

「避けろ!」

 と香子に体当たりし、凶刃の行く手から逃がす。

 だが、その行く手に、入れ替わりに透也が入り込む形となった。


 包丁が、鋏が、すりこぎが、一升瓶が、容赦なく振り下ろされる。



 ☩◆◆──⋯──◆◆☩



 浅草六区へ出入りする道全てに検問を設け、建物ひとつひとつを検分していく。

 ところが、怪人ジュークと思わしき癖髪の若い男も赤毛の子供も、明智香子と執事の姿すら発見できない。


「本当に浅草に来ているんだろうな?」

 中村警部に睨まれ、野呂は冷や汗が止まらない。

「しかも、誰に訊いても、浅草電影館などと云う劇場は浅草には無いという答えが返って来る。これはどういうことだ?」

「し、しかし、僕は確かに、明智家の家政婦から……」

 すると中村は、「鬼もたじろぐ」と形容される強面(こわもて)を更に(いか)らせた。

「家政婦に担がれた、という可能性は考えなかったのか?」


 もう、野呂には反論できない。

「申し訳ございませんでした……」

 と半泣きで頭を下げるしかなかった。


 ところがそこに助け舟が入った。地元の巡査が、

「そう云えば、半月ほど前に閉館した劇場なら知っております」

 と申し出たのだ。

「負債を抱えていたのでしょう。機材も何もかもそのままで、夜逃げ同然で居なくなったとか。四方に映像を投影する走馬灯と、ラインダンスが人気でありましたが」


「それを早く言わんか!」

 ……と、野呂が相手なら怒鳴り散らすところだが、管轄が違う駐在所の巡査にそこまで云えないと思ったのだろう。中村は怒りを呑み込み、

「そこへ案内してくれたまえ」

 と、巡査を促した。


「……ふぅ……」

 安堵の溜息を吐き、野呂はだが襟を正す――もしそこに怪人ジュークが居なければ、辞表を用意した方がいいかも知れない。

「不甲斐無い息子でごめんよ……ママ」

 小声で呟いた処に怒声が飛ぶ。

「野呂! さっさと来い!」

「は、はい! ただ今……」

 冷や汗を拭う間も無いまま、野呂は通りを駆け出した。

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