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東京ファントムウォーズ  作者: 山岸マロニィ
<参>──踊る走馬灯
24/97

23話 闇の劇場

「ピ……ピピピ……」

 透也の足元で、ステラの起動音がした――レールガンを起動している!

 慌てて透也は、ニコラに預かった制御鍵を取り出す。

「ステラの鍵穴は?」

 背中のニコラを強く揺らすと、彼女は眠そうな声で答えた。

「どこにあるのか知らない」

「はあ? じゃあ、どうやってこの鍵を使うんだよ」

「知らなーい」

 そう云っている間にも、眷属たちは近付いてくる。透也は焦った。


 レールガンで影男を撃てば、彼女たちは解放されるだろう。しかし、奴の手にある明智香子が無事では済まない。もしくは、影の中に逃げ込まれたら、いくらレールガンでも手も足も出ない。

 ステラを使うのは今じゃない。


「ステラに人を撃たせるな!」

 透也が叫ぶと、ニコラは背中からずり落ち、「ほい」とステラを持ち上げた。

 すると銃口が引っ込み、脚が畳まれて球に戻る……意外と単純な機構のようだ。


 だがその頃には、危機が手の届く距離に迫っていた。

「影さまを悩ませるのはおまえかしら?」

「影さまに寄り掛かる醜女(しこめ)は誰?」

「おまえの身内なら、しっかり教育なさいよ」

 彼女たちの何れもが、美しく着飾るうら若い娘。それが鬼のような嫉妬を面貌に浮かべ、透也に襲い掛かったのだ。

 とは云え、武器も能力もないごく普通の一般女性。引っ掻くか噛み付くかしか攻撃手段を持たない――だから厄介だ。

 防御を知らない彼女らに反撃をしようものなら、怪我をさせてしまう。

 ここは一旦、逃げるしかない。


 透也はニコラを抱え、ニコラはステラを抱え、リュウは透也の癖髪に潜り込む。

 寝ぼけ眼で出てきたため、ワイヤーガンも何の装備も持っていない。そんな彼が使える手段は(ただ)ひとつ。


 ――走る。


 女たちの隙間をすり抜け囲みを突破し、近くの扉に飛び込んだ。

 扉を閉め鍵を掛ける。これで少なくとも、あの女たちはこちらに入って来られないだろう。


「……やれやれ、どうすんだこれ」

 と顔を上げた先も、やはり闇。しかも、先程とは段違いに濃い、漆黒の闇だ。


 ――劇場。

 光による演出をより効果的に見せる為に、人為的に造られた暗黒の世界。


 暗がりで目覚めたため目が慣れていたニコラも、これには素っ頓狂な声を上げた。

「うわー、真っ暗だ。なーんにも見えないや」


 義眼がなければ指先すらも見えないこの空間では、ニコラは身動きも出来ないだろう。

 一面に並ぶ無数の客席。視界に頼らずこれを回避するのは不可能だ。


 悩んだ挙句、透也はニコラを座席の隙間に下ろし、肩に手を置いた。

「いいか、ここを動くな。じっとしてるんだ」


 ニコラに魔能が通じないのなら、少なくとも影男の能力は効かない筈だ。それに、眷属の女たちにとっても、ニコラを敵視する理由がない。透也が連れ回すよりも、別行動を取った方が安全だと透也は判断した。


「おまえにはステラが付いてる。大丈夫、安心して待ってろ」

 透也が帽子をトンと叩くと、ニコラは

「うん」

 とステラを抱き締めた。


 ――さて、やるか。

 客席の間を、身を隠しつつ移動する。

 その途中、透也はベルトに挟んだ拳銃を取り出した。「影」に取り込まれる寸前、明智香子が彼の足元に投げて寄越したものだ。

 罠に掛かったことを察し、咄嗟の判断で透也に命運を託してきた彼女を、助けない訳にいかない。

 

 弾数を確認する。リボルバーの中には六発。女性が持つのに相応しい銃身の短いものだが、手入れされており申し分ない。


 ――これで、影男を仕留める。

 この状況を打破するには、それしかない。


 二十二世紀で暮らしていた頃から、銃の扱いは心得ている。義眼のズーム機能を使い照準を合わせれば、まず外すこともない。

 あとは、影男がどう出るか。


「リュウ、奴の動きは?」

 すると帽子の下から小さな相棒が顔を覗かせた。

「姿を隠したでアリマス」

 やはり、この劇場内で奇襲を仕掛けるつもりだろう。

 透也は拳銃の安全装置を外す。奴が「影」から姿を見せた瞬間――そこを撃つ。魔能を感知できるリュウの合図があった一瞬。そこが勝負だ。


 ……ところが、

 いつまで待っても影男は姿を見せない。

 漆黒の闇と、空気が凍り付くほどの緊迫感の中、透也は前髪を耳に掛け義眼を露わにした。


 ――と、唐突に光が差し、透也は「ウッ」と義眼を押さえた。

 活動写真だ。

 舞台のスクリーンに、白黒の映像が映し出されている。チカチカと明滅する光の中で、踊り子たちが踊っていた。

 暗視モードを最大にしていた透也にとって、これは不意討ちだった。義眼と繋がる視神経がやられ、しばらく義眼は使えそうにない。


 すると、背後で声がした。

「君、あの金属球を制御できる鍵を持ってるんだって?」

 影男は座席の隙間から身を伸ばし、透也の耳元に囁いた。

「それ、僕にくれない?」

「――――!」

 咄嗟に振り向き引き金を引く。しかし影男はそこにはいない。

 再び、背後に気配が出現した。

「無駄だよ。僕には当たらない」

「クッ!」

 声に向けて再び発砲する。

 すると、甲高い悲鳴が響いた。

「イヤーーッ!!」


 ――眷属の女だ。

 肩に銃弾を受けた彼女は、激しく泣き喚き床に転がる。

「痛いッ! 助けて! 誰かーッ!!」


 透也は青ざめた。影男はいつの間にか、眷属を劇場内にも召喚していたのだ。

 闇の中でのたうち回る甲高い悲鳴が、彼を混乱の極致に導く。

「畜生! どこだ! どこに居やがる!」


 その問いへの返答は、すぐ足元であった。

「ここだよ」

 反射的に引き金に置いた指に、だがリュウがかぶり付く。

「落ち着くでアリマス! 人を殺してはいけないと、博士と約束したでアリマス!」


 それで(ようや)く我に返り、透也はその場にへたり込んだ。

 すると触れる、柔らかい感触。

 手探りでその存在を確かめて、透也の全身の血液が凍り付いた。


 ――明智香子だ。

 リュウが止めなければ、彼女を撃ち殺すところだった。


 それだけではない。

 彼女の持つ魔能『因果応報』により、彼もまた、命を失っていただろう。


 劇場内に嗤い声が響く。

「惜しかったなぁ。最高のショーに出来るところだったのに」


「貴様――ッ!」

 激昂する透也の脳内に、リュウの思考が侵入する。

「酷く目を回した所為で本調子じゃないでアリマしたが、(ようや)く復旧したでアリマス」


 脳に送られてきたデータ――それはリュウ視線の暗視映像。

 視神経という脆弱性のないリュウの眼は、光の強弱によるダメージを受けないのだ。


「影男はまた消えたでアリマス。しかし解らないでアリマス。何故この女探偵を解放したのか」

 リュウの言葉に、透也はゾッとした――まさか、彼女は「影縫い」をされたのでは……!

 そう考えて目を向ける透也の前で、彼女の手が動いた。

「ん……」

 と呻き髪が揺れる。透也は一歩退いた。

 

 しかし予想に反し、明智香子は虚ろな目で起き上がり、周囲を見渡した。

「あれ……此処はどこ?」

「劇場だ。影男の術中に嵌った」

 舞台に流れる映像のおかげで、先程よりも視界が拓けた。彼女は透也を認識し、ハッと起き上がった。

「あの男は?」

「さあな……ってか、大丈夫か、おまえ」

「多分……体は繋がってるみたい」

 だが、油断は出来ない。本人に認識なく「影縫い」されている可能性も十分にある。


 しかし、もし香子が何もないまま返されたとすると……。

 そこに思い当たり、透也の血の気が引く。

「ニコラ! 無事か!」

 だが返ってきたのは、呑気な声だった。

「約束通り、動いてないぞ。ステラと遊んでる」


 そう云えば、ステラの制御鍵を影男は求めてきた。ということは、ステラがいる限り、あの男はニコラに手が出せないのだ。


 ならば、余計に解らない。

 なぜ影男は、明智香子を解放したのか。


 すると、再び声がした。

「僕はね、人を愉しませるのが一番の悦びなんだ。愉悦こそが人生の至上。そうだろ?」


 バシン――とスポットライトに照らされた舞台横の演台。活弁士が口上を述べるその場所に、影男の姿がある。

 透也は銃口を向けるが、リュウが銃身から彼を見上げた。

「アレは幻影でアリマス」

「なっ……!」

「魔能の気配がないでアリマス」


「フフッ……ほんものの僕はここだよ」

 次の刹那。スポットライトが舞台上に移動する。

「闇は僕の領域。そこに踏み入れた君たちに勝ち目は無いんだ。折角だから、とっておきのショーを見せてあげるよ」

 光の輪の中で、影男は微笑み、指を鳴らした。


 それを合図に、天井に吊るされた筒が回りだす。回転の中心で電灯が光り、筒に施された透かし絵を、周囲に湧き出した煙幕に映し出す。


 ――走馬灯。


 色とりどりの花が揺れ、蝶が舞う。

 その中に女たちが出現し、手足を大きく振るって踊りだした。

 それに合わせ、蓄音機の音楽が劇場内の空気を揺らす。


「……何なの、これは……」

 愕然と見開く香子の目を極彩色が染める。その異様な光景を、透也も呆然と見据えるしかない。

 それは熱に浮かされた時に観る悪夢のようであり、また心地好い微睡みに浮かぶ幻想のようでもある。

 蝶が乱舞し女たちが踊り狂う。狂騒のレヴューショーは終わりを見せない。

 舞台上に着飾った女たちが登場する。彼女らは一列に肩を組み、脚を高く上げ歓声を上げた。

 華やかなラインダンスを背景に、再び影男が姿を現す。彼は客席の通路を花道のようにやって来ると、戸惑う香子に手を差し出した。


「解き放ってごらん、君の心の欲望を。押し隠したままでは、本物の悦びを味わえないよ。悦楽に身を任せるんだ――僕と一緒に。さあ、おいで」

 満ちた月に似た影男の眼が香子を射抜く。彼女は魂を抜かれたようにトロンと影男を見返し、唇を動かした。


「私、心に決めた殿方がいるの。だから、貴方の誘いは受けないわ」

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