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東京ファントムウォーズ  作者: 山岸マロニィ
<参>──踊る走馬灯
23/97

22話 影男

 ――その頃、透也は絨毯に尻餅をついていた。


「……何だ、アレは?」

 と目を丸くして闇を見つめる。

 その背中で、ニコラは

「ン……」

 と顔を上げるが、また眠ってしまった。


 透也は状況を整理する。

 闇の中から伸びた無数の手。

 それはだが、透也に触れる前に消え去った。その瞬間――


「おや? 君から来てくれるとは」


 フフフ……と嗤う声がした気がしたのだが、すぐに気配は消えた。


 そこに金属球が飛び込んできた――ステラだ。

 滑らかな球体に貼り付いていたリュウが、フラフラと透也の膝にやって来る。目を回しているようだ。

「やはり……ニコラの能力は……魔能無効……でアリマ……ス……」


 なるほど、そう考えると説明が付く。

 闇に潜んだ何者かが魔能で攻撃を仕掛けてきたのだが、ニコラの能力で未遂に終わったのだ。


 となると、あの声の云った「君」とは、ニコラの事だろう。


 妥当に考えれば、相手は魔能怪盗。

 怪盗同盟に売られ、殺された筈が人形使いに庇われていたニコラの「魔能無効」の能力を消す為に、彼らは彼女を探していた――。


 何らかの理由で潜んでいたそいつのアジトに、うっかり乗り込んでしまったのだ。これは尾行を撒くなどというレベルの話では無くなった。


 ニコラを守らなければ。


 透也は立ち上がり義眼を起動する。だがやはり、サーモグラフィーにも暗視にも反応がない。

「どういうことだ?」

 すると、(ようや)く目眩から復帰したリュウが答えた。

「空間の歪みを感じるでアリマス」

「空間の歪み?」

 リュウは透也の肩にやって来て、闇の向こうを見渡す。

「この闇は異次元に通じている可能性があるでアリマス」


 つまり、術者は異次元の中に潜んでいる為、透也の目には見えないし、リュウにも気配が感じられない、というのだ。


「何だよ……それ……」

 透也は愕然とした。魔能にそんなことが可能なのか!?

 とは云うものの、現状、そう解釈せざるを得ない。


 そうなると、ひとつ確実なことがある。

 ニコラを背負っている限り、魔能に対しては無敵だ。


「突っ込んでみるか」

 透也が云うと、だがリュウは冷めた声で答えた。

「相手の攻撃があの程度とは思えないでアリマスよ。能力を見極める迄は危険でアリマス」


 すると、背後で声がした。

「動かないで!」

 ――明智香子だ! 目を向ければ、拳銃を構えている。

 透也は身構え叫んだ。

「来るな! 影に踏み込むのは危険だ!」


 だが、時は既に遅かった。


 次の瞬間。

 入口の扉が閉ざされ、ロビーは闇に包まれた。


 ――そして。

「キャッ!」

 短い悲鳴と、床に落ちる金属音。同時に香子の気配が消える――まさか!


 義眼を暗視モードに切り替える。

 画質の荒くなったそこに、彼女の姿は既に無い。


 ――代わりにあったのは、男の姿。

 痩せ型の長身に女物を着流し、組紐で滑らかな長髪を束ねている。

 色白で鼻筋の通った口元に手を当て、男はフフッと嗤った。


「さて、交渉だ――勇敢な女探偵サンと君の背中の子供、交換しない?」



 ☩◆◆──⋯──◆◆☩



 野呂刑事はひとり、明智家の門を叩いた。

 新米刑事の彼が「刑事の勘」などと宣うのは烏滸(おこ)がましいが、浅草の行方不明事件がどうにも気になるのだ。

 ここはひとつ、中村警部と明智探偵に仲直りして貰わねば……と、来てみたのだが。


「お嬢様は小林と一緒に出掛けております」

 家政婦の文代はそう答えた。

「お出掛けは、どちらに?」

「浅草と聞いておりますけど」

「浅草ァ!?」

 野呂の声がひっくり返る。やはり明智香子も何かに勘付いたのだろうか?

「あ、浅草には、どのような御用で?」

 すると文代は少し考える素振りを見せた後、云った。

「刑事さんに黙っている訳にはいきませんから……実は今朝、怪人ジュークから手紙が届いたのです」

「怪人ジューク!?」


 これは想定を大幅に超える展開になってきた……と、野呂は咳払いをして気持ちを落ち着かせた。

「そ、その手紙は、どんな内容で?」


 ――内容を手帳に記し、捜査本部に駆け込んだ野呂は、興奮を抑えられないまま中村警部に伝えた。

「浅草電影館に怪人ジュークが……?」

「もしかしたら、大手柄かも知れません。明智探偵はその手柄を独り占めしようとしているのかも」


 だが中村は冷静だった。

「明智探偵とは事件で何度も顔を合わせたが、決して自分の手柄にするような人物ではない」

 そう断言した中村に、野呂は不可解な目を向ける。

「あれ、明智探偵は信用できないのでは?」

「そんなことは云っておらん……少々行き違いがあっただけだ」

 中村はそう云って考え込んだ。


「彼女が襲撃事件の後、事情聴取に正直に答えなかったのは、彼女を助けた怪人ジュークを庇う為だ」

「はぁ……」

「彼女には、その手紙が本物であるという確信があったやも知れん。だから我々に伝えずに出掛けた。それならば納得がいく」


 そう呟くと、中村はやおら立ち上がった。

「浅草六区に警官を配備しろ。鼠一匹通すな!」



 ☩◆◆──⋯──◆◆☩



 冷や汗が透也の背を伝う。

 暗闇で目が利くのか、男はそんな彼を見て愉しそうに肩を揺らした。

「あれ? 僕の見立てでは、君、彼女に好意があると思ってたんだけど」

「はあ?」

「でなければ、正体がバレる危険を犯してまで彼女を助けないよね――怪人ジュークさん」


 全てお見通しという訳か……透也はゾクッと息を呑む。

 魔能使いとしても、これ迄に対した奴らとは訳が違う。得体の知れないオーラが、この男の全身から放たれている。


 しかし、応じる訳にはいかない。

 透也は低く男に云った。

「断る、と云ったら?」


 すると、男は答えた。

「じゃあ、僕の魔能について教えてあげるよ」

 男は緩やかな動きで腕を組む。

「僕が『影』に出入りできるのには、気付いてるよね?」

「あぁ」

「その影の中は、どうなってると思う?」


 細面の顎に指を添え、男は妖艶なまでの笑みを浮かべた。

「フフッ――子供には云えない、大人の楽園」

「…………」

「そこに導かれた女の子たちは、何でも僕の云うことを聞いてくれるんだよね。でも、それは魔能じゃない。云うならば、僕の魅力? だから僕の魔能は、影を出入りするだけ。言ってる意味、解るかな?」


 その直後。

 透也の背後に気配が現れる。

「――――!」

 咄嗟に蹴りを繰り出す。すると彼女(・・)は床に転がり、蹴られた腹を押さえて呻き声を上げた。

「痛い……ッ!」

「…………!!」

 透也は動揺した――女!?


 それを見て、男はハハハと愉しげに嗤った。

「酷いな、女の子にそんな手荒な真似をするなんて」


 血の気が透也の全身から引いていく。まさか……!


 男は続けた。

「云ったよね? 僕の魔能は影を出入りする……出入りさせるだけ。僕の魅力にメロメロの彼女たちは、現実世界の存在。君が蹴った彼女もね」

「…………」

「彼女たちは、僕が望めばいつでも僕の元に来てくれる。これを僕は影縫い(・・・)と呼んでる。一度影縫いすれば、何処からでも来てくれるんだ。そして、僕の敵は許さない――もう解ったよね」


 透也の周囲に次々と若い女が現れた。その誰もが、透也を敵視するように目を光らせている。


 男は云った。

「彼女たちは、僕の眷属(けんぞく)。僕を敵に回すと、彼女たちを相手にすることになるけど、君にできるの? 義賊サン」

「クッ――!」


 奥歯を噛み締めながら男を睨んだ透也の目に飛び込んだものは、更に彼を絶望させるものだった。


 男に撓垂(しなだ)れ掛かる、明智香子。意識を失い、彼の腕に身を任せている。

 男は嗤った。

「君が断れば、この子も影縫いしちゃうけど、いい?」

「貴様――ッ!!」

「貴様という呼び名は好きじゃないな。どうせだから、自己紹介をしておくよ」


 男は香子に顔を寄せる。

「――怪盗同盟(ユニオン)の幹部の一席、影男だよ」



☩◆◆────────────────⋯

【影男】

 年齢・不詳

 職業・遊び人

 能力・百鬼夜行(ひゃっきやこう)

    (影の中の異空間を出入りする)

 特技・ナンパ

 弱点・子供、熟女、恋する乙女

⋯────────────────◆◆☩

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