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東京ファントムウォーズ  作者: 山岸マロニィ
<参>──踊る走馬灯
22/97

21話 招待状

 明智香子と小林執事が浅草六区にやって来たのは、とある招待状を受け取ったからだ。



  暁ノ名探偵殿

 浅草電影館ニテ御待チ申シ上ゲ候

         怪人ジューク



 それは、一枚のカード。

 今朝、麹町の自宅の郵便受けに投函されていた。

 当然(いぶか)しんだ香子だったが、それ以上に興味を持った。

 果たして、これは本物だろうか?

 偽物だとしたら、誰が、何の目的で?


 彼女も、先週の明智邸襲撃以来、動きのない怪盗同盟(ユニオン)を不審に思っていた。

 赤毛の子供がニコラという孤児で、須永神父――人形使いの仇として彼女を襲った、というのは解った。

 しかし、あの人並外れた胆力を持つ子供が只の孤児とは思えない。かといって、それ以前の足取りが全く記録に残っていないのだ。

 ……ただ、修道院の修道女や他の孤児たちの話では、須永神父によりあからさまに特別扱い(・・・・)されていたようだ。


 香子の持つ感覚では、あの子供に魔能の気配はしなかった。

 それに加え、ニコラの持っていた謎の金属球による攻撃の威力は、この国の科学水準では説明できないものだし、突然現れた怪人ジュークと思わしき人物の動きも常人離れしたものだった。


 あの時、本当は屋敷で何が起こっていたのか?

 怪人ジューク――彼は一体何者なのか?


 もし本人ではなくともその手掛かりがあるのならば、警察に届け出る前に探ってみたい。小林も一緒だし、危険は無いはず。

 だから彼女は、中村警部にも告げずに浅草にやって来たのだ。


 しかし、凄い人混みだ。ぶつからないようにすれ違うだけで神経を使う。

 浅草の繁華街に足を踏み入れたのは初めてだった。馬車で来ようとしたのを小林に止められた理由も解る。


 と、その小林が急に耳元で囁いた。

「お嬢様、前を歩く二人を……」

 言われて香子は初めて気付いた――あの二人、もしかして……!


 帽子を被り服装は違っているが、ニコラと怪人ジュークらしき男に雰囲気が似ている。

 招待状を出しておきながら、今頃こんな場所を歩いているとはどういう訳だ?


 香子は小林に目配せした。

「尾行するわよ」

「畏まりました、お嬢様」



 ☩◆◆──⋯──◆◆☩



 ……一方。

 透也は困難に直面していた。


 何とかニコラを(なだ)めようとするが、彼女は口を尖らせ()ねている。

「仕方ないだろ、活動写真は満席で、十二階の昇降機は故障中なんだから」

「いつなら見えるんだ?」

「それは解らねぇけどさ……じゃ、ほら、ソーダ水を飲みに行こう」


 ……ところが、カフェーまで満席ときたから、とうとうニコラはへたり込んだ。

「疲れた……もう歩けない……」

「仕方ねぇな……」

 透也は背を貸しおぶってやる。そうして、

「また今度来ればいいさ」

 と歩き出そうとしたところ。


 不意にリュウから通信が入った。

「いつになったら尾行に気付くでアリマスか」

 内心焦りつつ、透也はさり気なさを装って建物の影に身を隠す。義眼の広範囲サーモグラフィーをオン――すると、人混みの中で不自然に動かない人影がふたつ見えた。向こうも建物の影に入って姿は見えない。

 透也は脳波を通しリュウに訊く。

「何者だ?」

「あの女探偵と執事でアリマス……目が回ってカメラがエラーを起こしたので、画像は送れないでアリマスが」


 リュウの悲劇は知る由もないが、透也は彼とステラが近くの屋根にいるのを確認し、考えた。


 人混みに紛れて撒くのは、ニコラを背負っている身では難しい。かといって、この人混みで騒ぎを起こす訳にもいかない。どこかの建物に入り、裏口から逃げるのが妥当か。


 そこで透也は、気付かないふりをして歩き出した。上演中の劇場みたいな、入口に人気(ひとけ)がない処がいい。こちらにバレるのを避けたい追手も近付きにくいだろう。


 そう考え、辺りを観察しながら歩いていると、路地を入った奥に劇場が見えた。しかも、おあつらえ向きに入口付近に人気(ひとけ)がない。

 透也はそちらに足を向けた。


 ――浅草電影館。

 そう看板が掲げられた建物は、扉は開いているものの静まり返っていた。


「…………」

 少々不審な目を向けるものの、尾行を撒ければ良いのだ、気にすることも無いと、透也はそこへ足を踏み入れた。


 絨毯の敷かれたロビーに人影はない。天井のシャンデリアにも明かりはなく、入口を数歩進めば、闇に支配された空間が広がっていた。

 こういう劇場は、週替わり月替わりで催し物が変わる。活動写真や浅草オペラ、レヴューショーなんかを興行するのだが、興行の入れ替えで休館なのかも知れない。


 とは云え、入ってしまったのだ。今からノコノコ出て行けば、探偵と執事に出くわすのは必定。

 仕方なく、透也は誤魔化す事にした。

「すいません……御手洗をお借り出来ませんか」

 少し可哀想な気もするが、ここはニコラの所為(せい)にさせて貰う。


 当のニコラは眠ってしまったようで、透也の肩にペタンと頬を載せたまま動かない。

 その上、劇場内から返事もない。それどころか、建物内部に人の気配が一切ないのだ。


「…………」

 義眼で確認するが、間違いない。今、この劇場は完全な無人。

 ――ならば、尚更(なおさら)好都合。


 どこの劇場にも、楽屋口が必ずある。そこから出てしまえばこっちのものだ。

 透也は闇の中へと踏み込んだ。


 ――その時。

「進んではダメでアリマス! 魔能の気配でアリマス!」

 悲鳴に近いリュウの声と同時に、闇から無数に伸びる腕。


「…………!!」


 声を出す間もなく、透也は闇に捕らわれた。



 ☩◆◆──⋯──◆◆☩



「…………」

 明智香子は、浅草電影館の入口をじっと眺めていた。

 怪人ジュークと思わしき男の行動は読めていた。その為、小林執事と二手に別れて、入口と楽屋口を見張っているのだ。


 しかし、腑に落ちない。

 あの男が怪人ジュークとして、何故あのように不自然な動きで、彼女を誘ったこの建物に入って行ったのか。

 やはり彼は、招待状の主ではないのか……?


 そう考えていると。

 彼女の第六感のようなものが、一瞬だけ、強烈な魔能を感じ取った。

 彼女の肌を鳥肌が覆う……これ程までに強い気配を、これまでに感じたことがない。


 ところがその後、幾ら感覚を研ぎ澄ませても、気配を一切感じないのだ。

「どういうことなの……?」

 不穏な胸騒ぎが彼女の心臓を強く拍動させる。


 この状況を冷静に考えた場合、考えられる可能性は多くはない。

 そのうち、最も可能性が高いのは、中に待ち伏せていた何者かが、彼を一撃にして葬った……。


 すると相手は、魔能の気配を消し去ることの出来る能力者だ。これは厄介な相手に違いない。

 ――しかし、見逃すことは出来ない。

 彼は身を張って、彼女を助けてくれた人なのだから。


 上着に隠したホルスターから拳銃を取り出す。こんな物を使いたくはないのだが、例の一件から、小林に持ち歩くよう強く言われている。

 だが問題は、小林と連絡を取る手段が無いところ。合流して楽屋口から突入する手もあるが、その間にこちらから逃げられてしまったら元も子も無い。


 何度か深呼吸し、香子は拳銃を構える。

 そして劇場の入口へ向かい駆け出した。

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