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東京ファントムウォーズ  作者: 山岸マロニィ
<参>──踊る走馬灯
21/97

20話 乙女心と尾行者と尾行者

 ――デートの計画が持ち上がったのは、昨日。

「つまんない」

 と拗ねたニコラが、リュウの腹を揉みだしたのに始まる。

「は、腹は……勘弁でアリマス……ワガハイの触覚センサーは……敏感……ウヒッ」

「ヤモリってみんなこうなのか? フニフニして面白い」

「大事なモノが……そこには……アッ」


 透也がリュウを置いて出掛けるのは珍しいことだった。

 ……と云うのも、前日、ニコラが小火(ぼや)を起こし長屋ごと焼きかけたから、お目付け役に置いて行ったのだ。


 透也は色々と買い物があるらしく……これも小火絡みであるが……一日留守だ。変装し、尾行に細心の注意を払い、遠回りして移動する必要がある為、何かと時間が掛かるのだ。

 一方、留守番のニコラは暇だ。機械いじり禁止を申し渡されてしまったし、狭い長屋でやることは無い。


「ヒマだーッ!」

 ベッドでジタバタするニコラの横で、リュウはヘロヘロになって伸びている。過度な刺激を受けた為、触覚を司る機関がエラーを起こしたのだ。復旧には数分掛かる。


 すると、ステラがやって来た。球状で転がって移動できるが、六本脚の方が移動範囲が広い為、人目がない処ではザリガニのように歩いている。

 ステラはベッドによじ上り、ニコラの枕元に立つと、脚の付け根にある目をクリンと動かす。

「クピ……ピ……」

 言葉を操る機関を持たないステラは電子音を発することしか出来ないが、彼女を案ずる気持ちは伝わったようだ。

「ステラ……」

 と、ニコラは丸い頭を撫でる。


 そして、ビョンと起き上がった。

「ステラがいるもんな! お出掛けしよう」

「ウ……ア……」

 リュウが何か言おうとするが、思い立ってしまったニコラは気にしない。

「ダメと云われたのは機械いじりだけだもんな。出掛けちゃダメとは云われてない。そうだな……うん、浅草に行きたい。活動写真が観たい。ソーダ水を飲みたい」

「ククピ……」

「煉瓦塔の昇降機に乗ってみたい。これは楽しいぞ!」


 ニコラはそう云うと札束を握り、長屋を飛び出した。

 すぐさま彼女を追おうとしたステラだが、

「…………」

 伸びたままのリュウを振り返り、前脚二本を彼に伸ばした。六本脚のうち、前の二本の先端には三本爪が付いており、ロボットアームとして使えるのだ。

 それでリュウを拾い上げると、半円形の頭に載せる。

 そしてステラもまた長屋を後にした。


 ……ところが。

 市電で浅草に到着するなり、ニコラは動けなくなった。球となったステラを抱いて目を回す。

「ひ、人が多過ぎる……無理……こんなところ歩けないよ……」


 自由に外を歩いた経験のない彼女にとって、浅草の賑わいは衝撃的だったようだ。

「それがいいでアリマス。迷子になる前に帰るでアリマス」

 (ようや)く復旧したリュウが、彼女の赤毛頭にピョンと乗る。

「でも……」

 と、ニコラは口を尖らせ俯いた。

「どうやったら、人に見られても平気になるのかな」


 その時リュウは初めて気付いた。

 ニコラは自分に自信がないのだ。


 乱雑に刈られた赤毛は、恐らく人形使いが彼女を庇う為、性別を誤魔化そうとしてのもの。

 「役立たず」と孤児院の人々から蔑まれ、ボロボロの服しか与えられず、女の子としての自我はズタズタに踏み(にじ)られた。


 ひとりの世界に入れる機械いじりでしか自分らしさを出せない。

 そんな彼女が、多くの人の目に触れるのを躊躇するのも無理はない。


 リュウは少し考え、こう云った。

「透也と一緒なら、大丈夫でアリマスか?」

「うん……そうかも」

「なら、デートするでアリマス」

「デート?」


 ニコラは首を傾げた。

「何それ?」


 リュウは言葉を選びつつ説明する。

「つまりでアリマスな、一緒に過ごす時間を楽しむでアリマス」

「何をして?」

「珍しいものを見たり、食事をしたり……」


 するとニコラはポンと手を叩いた。

「活動写真や昇降機は珍しいものだろ? ソーダ水は食事だろ? 丁度いいな!」

「それならば、街行く人と同じようにお洒落をするでアリマス」

「ふーん……どうやって?」

「服を買うでアリマス」


 ――と云う訳で向かったのは、銀座の百貨店。

 浅草よりは人が少ないが、それでも場違いな格好の子供に対する店員の視線は冷たい。明らさまに非友好的な態度の店員が声を掛けてきた。

「何をご入用で?」

「服だ。浅草に着てくやつ」

「生憎、当店は高級店ですので……」

「金ならあるぞ、ほら」

 ニコラが札束を見せると、店員の態度がコロッと変わった。

「大変失礼いたしました。お客様、どうぞこちらへ」


 勧められたワンピースに着替えたニコラは、西洋人形のように可愛らしくなった。

「素晴らしく素質のあられるお嬢様ですので、このくらい飾られてもお洋服負けいたしませんわ。とてもお似合いでございます」

 店員は歯の浮くような言葉で愛想笑いをする。

「うん! 気に入った!」

「それから、お帽子も……ショートヘアをお隠しになるのが、最近のトレンドでしてよ」

「ふむ、それも買う。それからあいつのも」

「あいつ?」

「いつも破れかぶれを着てるからな……そこの人形が着てるやつ。あれをくれ」

「あれはお仏蘭西(フランス)の生地で仕立てたオートクチュールの見本にございます。少々お値が張りますが……」

「足りる?」

 ニコラが札束を見せると、店員は恭しく礼をした。

「畏まりましてございます」


 ……そうして長屋に戻ったものの、ニコラは落ち着かなかった。

「なぁ、あいつ、ちゃんと着てくれるかな?」

 ニコラのお守りにいい加減疲れたリュウは、テーブルにペタンと伏せて答えた。

「昨日から機嫌が悪いでアリマスからね」

「云い出したのはおまえだからな」

「余計なことを言ったでアリマス」


 そう云いながらも、リュウには作戦があった。

「透也は寝起きが悪いでアリマス」

「ふむふむ」

「寝起きでボンヤリしてるまま連れ出すでアリマス」

「本当にうまくいくのかぁ?」

「やってみるしかないでアリマス」

 


 ☩◆◆──⋯──◆◆☩



 そしてこの日。

 リュウの云った通り、透也を連れ出すのには成功したのだが、ニコラにはまだ不安があった。

 到着した浅草停車場。

 今日も相変らずの混雑を見せている。そこに踏み出す勇気は、一朝一夕で湧き出すものではない。


「ううう……」

 ニコラが足を止めると、透也が不思議そうな顔をした。

「活動写真始まっちまうぞ」

「う、うん……」

 しかし、彼女は顔を上げられない。

「へ、変じゃないかな。ブスが似合わない服着てるって、お、思われないかな」


 どうしても、これまで言われ続けた言葉が頭を()ぎり、自信の無さが足を止めてしまう。


 すると、透也がニコラの前に屈み込んだ。そして、顔の右半分を覆う前髪を掻き上げる。

「…………」

 露わになった、ケロイド状の痣。

 その中にある紫の瞳が微笑んだ。

「これ、知ってた?」

「…………ううん」

 ニコラは首を横に振る。前髪を戻した透也の指が、カンカン帽をトンと叩いた。

「意外と、誰も他人のことなんざ見てねえんだよ。それに、お尋ね者が一番目立たない方法は知ってるか?」

「知らない」

「堂々と胸を張る事だ」

「…………」

「人の目なんか気にすんな――似合ってんぜ」

 

 透也はニコラの手を取り立ち上がる。

「行こうぜ」


 ……待合所の屋根で様子を見ていたリュウは、足下のステラに云った。

「一応は、うまくいってるみたいでアリマスな」

「クピ……」

 心做(こころな)しか、ステラも嬉しそうに思える。

「さて、後を尾けるでアリマス」


 ……ところが、ステラが動かない。リュウは首を傾げた。

「どうしたでアリマスか?」

 すると、ステラの目が彼らの後方に向けられる。


 そこにあるのは、見覚えのある二人組。

 正装にステッキの執事と、乗馬服の若い女――小林執事と、彼の雇い主の明智香子探偵だ。


 何故、彼女らが此処に?

 リュウはそう考えるも、二十二世紀のAIを持ってしても、必然性を導き出す事が出来なかった。

 確率の極めて低い「偶然」を予期する事など不可能なのだ。


「これはマズいでアリマスね……」

「ピピ……ピピピ……」

「撃ってはダメでアリマス! ここでアレを撃ったら大惨事でアリマス!」

 何とかステラを(なだ)め、リュウは半円形の頭に貼り付いた。

「気付かれないよう、後を追うでアリマス」

「クピ!」


 その途端。

 ステラが六本脚を引っ込めて球に戻った。そして高速で回転を始めたのだ。

「うわっ!!」

 屋根伝いにジャンプしながら移動するステラ――直線で動くなら、移動速度はこの方が速いのだ。

 その表面に貼り付いたまま、リュウは目を回す。

「こ……こんなの……聞いてないでアリマスウウ……ッ!!」

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