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東京ファントムウォーズ  作者: 山岸マロニィ
<壱>──怪盗狩人は夜嗤う
2/97

1話 怪人、参上

 ――それは、到底信じ難い光景だった。


 市電も寝静まる、深夜の銀座の国道沿い。

 時計台のある百貨店の五階の窓から顔を出した男が、滑らかな混凝土(コンクリート)の壁に手を伸ばす。

 そしてそのまま壁に張り付き、まるで床を這うかのような動きで、垂直にスルスルと上りだしたのだ。


「ン……ンン……」

 男が去った窓の奥では、雁字搦(がんじがら)めにされた警備員が藻掻く。芋虫のように身をくねらせながら窓に近寄るも、既に男は屋上の(ひさし)に到達していた。

 しかし、忍び返しの如く張り出すそこを超えるのは至難の業だ。蝙蝠(こうもり)か、(ある)いは蜘蛛(くも)のようにぶら下がらなければ、屋上に逃れることはできまい。


 刻は深夜零時過ぎ。通りを歩く人影は無く、白々(しらじら)と闇を切り取る街路灯も七階建ての屋上には届かない。闇に手元を誤れば、一直線に土瀝青(アスファルト)の路面に落下するだろう。

 悪逆非道の盗賊め、どんな手段で壁を上ったか知らないが、貴様の運命もそこまでだ……と、警備員は男を睨む。


 ――だが。

 男はヒョイと庇の裏に飛び付くと、真っ逆さまに這いだしたのだ。

「…………」

 眼を血走らせながら、警備員は口に捩じ込まれた手拭いを噛み締める。


 噂には聞いていた。人間業では成し得ない、奇妙な能力を持つ盗賊の存在を。

 ある者はガラス窓を水面のようにすり抜け、ある者は怪力で壁ごと粉砕する――そんな異能者が、夜な夜な東京の街を荒らし回っている。

 奇妙奇天烈(きみょうきてれつ)な手口から、警察もお手上げでその正体すら掴めない。


 そんな盗賊たちを、新聞は『怪盗』と書き立てた。


 三文誌の戯言(ゴシップ)だと信じていなかったが、まさか、これが怪盗なのか――!

 警備員は絶望的な目で闇を見上げた。


 そこでふと思い出す。

 新聞にはこうも書いてあった。怪盗には多額の懸賞金が掛けられており、近頃は賞金稼ぎが暗躍していると。


 いや……とだが警備員は首を横に振った。

 こんな化け物を捕まえられる者などいる(はず)がない。自分が縛られた時など、(まばた)きよりも短い刹那(せつな)の出来事。こうして床に転がる今ですら、自分がどうやって捕縛されたのか理解していない。気付いたら、網に掛かったトドのようにされていたのだ。

 荒らされた現場を見れば被害のほどは分かる。高級腕時計や金の懐中時計、貴金属など、総額十万円は下らないだろう。

 まんまとしてやられた自分はクビ。明日から家族共々路頭に迷う。生意気盛りの子供たちを、せめて高等科に通わせてやりたかった……。


 そんな考えを巡らせる先で、盗人(ぬすっと)の姿は闇に呑み込まれて消えた。屋上へ出たのだろう。

 屋上伝いに逃げられれば、警察では手も足も出まい。

「クッ……」

 警備員は、窓に伸ばしていた頭をガクリと落とした。

 不甲斐ない夫ですまない……情けない父で申し訳ない……と、警備員は心の中で繰り返す。


 ――と、声がした。

「ギャーーー!!」

 ビルの谷間に響く野太い悲鳴。上の方からのようだ。まさか、盗人か?

 と、警備員は再び首を伸ばした。


 その直後。

 目の前にドサッと風呂敷包みが投げ込まれた。

「…………?」

 先程、盗人が背負っていたものだ。恐らく、中身は盗まれた時計類だろう。


 ――その向こうに、影があった。

 窓から覗き込む人影。黒い仮面で頭から顔までをすっぽりと覆っており、体に密着した奇妙な服装をしている。

 だがそれより、(いぶか)しむべきはその場所だ。

 ここは五階。

 (ひさし)もないその場所に、人間が立っていられる筈がない。


「ヴ……」

 驚きのあまり唸ると、仮面の人影は云った。

「ごめん、助けられなくて。こいつを警察に届けなくちゃならないんでね」

 仮面の人影が立てた親指で示した先にあったのは、網に掛かり吊り下げられた盗人――それが、宙にブランブランと浮いているではないか!

「後はよろしく……じゃ」

 仮面はそう云い残し、トンと窓枠を蹴ると宙に舞った。そして、まるで海中を泳ぐ海豚(イルカ)のように、星空へと滑っていく。


 ……もしや、あれが『怪人ジューク』か――!


 警備員は呆気に取られてその行方を目で追うが、怪人は(たちま)ち星影に消える。それからも警備員はしばし、静寂に包まれた窓を眺めていた。



 ☩◆◆──⋯──◆◆☩



 眼下に広がる東京の夜景。

 遠藤(エンドウ)透也(トウヤ)はこの景色が好きだ。ビロードにダイヤを散りばめたような……とまではいかないが、人々の営みを感じられる明かりには、何物にも代え難い美しさがある。


 彼が元いた世界――二十二世紀末の東京に、こんな温かな光はなかった。

 あったのは、荒廃したスラム街と、天高く(そび)えるメトロポリスタワーだけ。

 それすらも戦火に焼かれた後は、物資ひとつに血で血を洗う無法地帯になった。


 そんな未来を変えるためにここ(二十世紀初頭)に来たはずなのに、穏やかな夜景を眺めていると、目的を忘れそうになる。


 それにしても……

 と、透也はフルフェイスのヘルメットのゴーグル部分を上にずらし、頭上を見上げた。

「スピードがやたら遅くないか? 高度が下がってるぞ、リュウ」


 彼を二本のワイヤーで吊るした上方。

 無音でプロペラを回転させるドローンの上から、緑色をしたヤモリの顔が覗き込んだ――透也の相棒のヤモリ型ロボットだ。

「このドローンは一人用でアリマス。二人は無理がアリマス」

「まあ、それもそうか……」

 透也はドローンから伸びるもう一本のワイヤー……ではなく、蜘蛛の糸を下方に視線を移す。


 そこにあるのは、奇妙な姿勢で唸る男。

 自らの魔能(まのう)の網に絡まって動けない怪盗は、(すが)るように透也を見上げた。

「痛ェんだよ。な、助けてくれ」

「それは無理な話だ。俺はこれが商売でね」

「金か? 宝石か? 女か? 何でもやる! だから離してくれ」

「そんなモンいらねぇよ」

「なら、何が欲しい?」

「そうだな……」


 透也はニヤリと男を見下ろした。

「――『黒い魔女』の居処(いどころ)、とか?」


 すると男は、夜闇越しにも分かるほど青ざめた。

「そ、そいつを、どこで……!」

「前に捕まえた怪盗から名だけは聞いた――魔能を分け与え、異能の賊を仕立てる怪盗同盟(ユニオン)の女首領(ボス)

「…………」

「そいつのところへ俺を案内してくれれば、逃がしてやってもいい」


 男は目に見えるほどガクガクと顎を震わせる。

「それは出来ない……それを云えば、殺される」

「ふぅん……そういや前の奴も、締め上げた時そう言ってたな」

「ヒッ……」


 男は全身をガタガタと震わせだした。これでは無理だと、透也はドローン上のリュウを見上げた。

「どうする? コイツも締めてみるか」

「コイツは雑魚だから時間の無駄でアリマス」

「誰が雑魚だ?」


 その声が背後から聞こえたと気付いた瞬間。

 蜘蛛の糸が投網のように透也に襲い掛かった。その罠は確実に、透也の行動範囲を補足している。

 絶対に逃げられない状況。

 透也を待ち構えていた男は手足を蜘蛛のように開き、ビルの屋上から投網に掛かった獲物に飛び付く。


 ――が。


 強烈な光に目が眩んだ直後、男は宙を漂う蜘蛛の巣に絡め取られて、無様に路地に転がった。

「――――??」

 困惑する男は、すぐ横で同じく転がる男に声を掛ける。

「どうなってやがるんだ? 弟よ」

「し、知らねえよ、兄貴」


 そんな二人の元に足音が近付く。

 足音は二人のすぐ傍で止まり、情けない姿を覗き込んだ。

「下調べもなく賞金稼ぎがやれると思う?」

「…………」

「最初から、もう一人いるのは分かってたよ――指名手配番号・乙八十二、『蜘蛛兄弟』。魔能名『一網打尽(いちもうだじん)』。宝飾専門の魔能怪盗。弟が実行犯で、兄は見張り役。コソコソ隠れてる見張りを探すのが面倒だから、弟というエサで釣ったんだよ」


 蜘蛛兄弟は顔を見合わせ、ギリギリと歯軋りをする。

「兄貴がちゃんと見張りをしてねえから!」

「テメェが捕まるようなヘマするからだろうが!」


「そんなんだから雑魚なんだよ」

 腕組みをした透也は、ヘルメットの隙間から二人を見下ろす。

「相棒ってのは、何より相手を信頼するモンだろ」

 蜘蛛兄弟は黙り込んだ。


 そこに、ワイヤーを回収しながらドローンが下りてくる。それを透也の背中のバックパックに収めると、リュウがヘルメットをよじ登った。

「こいつら、どうするでアリマス?」

「運ぶの面倒だから、ここに置いていこう。朝になれば誰か気付くだろ」


 透也はそう言うと、蜘蛛の糸の隙間にカードを差し込んだ。



 警察各位

 指名手配犯『乙八十二』ヲ捕獲セリ

 懸賞金三千円ヲ以下口座ニ振リ込マレタシ

        怪人ジューク



「……さて、帰るか」

 そう云って、透也は大欠伸をする。

「瞬間移動で家まで送ってくれよ、リュウ」

「無理でアリマス。続けては使えないでアリマス」

「ドローンは?」

「バッテリー切れでアリマス」

「しゃあねえな……」

 透也は首に巻いた薄地のマントを下ろし、フードを被る――すると、その姿が景色に溶け込むように消えた。


「…………!!」

 愕然と周囲を見回す蜘蛛兄弟が、再び彼を見ることは無かった。



☩◆◆────────────────⋯

【怪人ジューク】

 本名・遠藤透也

 年齢・十九

 職業・賞金稼ぎ

 能力・生死流転(せいしるてん)

    (瞬間移動)

 武器・ワイヤーガン、ダガー他色々

⋯────────────────◆◆☩

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