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東京ファントムウォーズ  作者: 山岸マロニィ
<弐>──傀儡人形の涙
18/97

17話 星空を眺めながら

 夜中にふと目を醒ました透也は、林檎箱のベッドに身を起こした。

 ……上から物音がする。


 一応、レディーと同じ部屋というのは気が引ける……と、透也はこれまで通り地下の作業場、ニコラは地上の居住区画に、やはり林檎箱のベッドを設置して寝室を分けたのだ。

 その地上から、ガタゴトと小さな物音が聞こえる。


 彼女が出て行く気なら止めるつもりは無かった。そもそも何の関わりも無いし、彼女の意思をどうこうする権利は透也にはない。

 けれど、もしそうであるなら、腕時計を直してくれた礼くらい云わねばと、透也はそっと梯子を登った。


 ――すると、ニコラは窓際のベッドに座り、窓の外を眺めていた。

 渋谷川に面した粗末な木戸を開けて、星空を眺めているようだった……細かく震える小さな肩が木戸に当たって物音を立てている。


 透也は声を掛けるべきが迷った末、ゆっくりと床を踏んだ。

 ミシッと床が鳴る音にハッと振り向き、ニコラは腕で顔を擦る。

「……起きてたんだ」

 震えを誤魔化せない声に、透也は答えた。

「何となく、星が見たくなった」


 ベッドに並んで腰を下ろし、窓枠に肘を置く。

 高い建物がほとんど無い渋谷川越しの星空は、驚くほど広かった。


 すると、ニコラが呟いた。

「ボクね、船で色んな国を旅したんだ。そんな時、よく窓から星を見てた。次はどこに行くんだろうって」

「星が読めるのか?」

「北極星と北斗七星と南十字星くらいなら判る。ヒルダが教えてくれたから」


 奴隷として、行先も告げられずに此方(こちら)の国から彼方(あちら)の国へ――。

 無感情な程に度胸が据わっていると思えば、素っ頓狂なまでに常識がない……彼女のそんな人間性を構成したのは、そんな生い立ちも理由のひとつなのだろう。


「ヒルダって(ひと)は優しかったのか?」

「ううん……どちらかと云えば、他人に興味がない感じ。自分の得意なことは教えてくれるけど、他はあんまり構ってくれなかった」

 ニコラは足をブラブラさせながら、腕に顎を埋めた。

「ステラはね、ボクの子守りにってくれたんだ。ボクが機械のことを聞きたがるから、面倒になったんだと思う。リュウほど色々できないけど、ずっとボクを守ってくれてる。いつかもっと機械に詳しくなって、リュウみたいに喋れるように改造したいな」

「……それはやらない方がいいかもな……」

 透也は首を竦めた。


「で、この国に来たのはいつなんだ?」

「半年前。いつも通りの旅かと思ってたら、売られたみたいでビックリした」

「……悪いことを聞いたな」

「ううん。ボクにはどうだっていいことだから。それよりも、神父さまと会えたことが嬉しかった」

「余程好きなんだな」

「うん、本とか工作道具とかいっぱいくれた。けど……本当は、ボクもみんなみたいに、神父さまの役に立ちたかった」


 そう云うと、ニコラは首を傾げるように透也に顔を向けた。

「……『人形使い』」

「?」

「神父さまの怪盗同盟(ユニオン)幹部としての呼び名」


 ラムネ瓶のような眼を見返しながら、透也は目を瞠った。あの神父が、怪盗同盟の幹部とは――!


 しかしなぜ、ニコラはそんな話をし出したのか? 不審に思いながらも、透也は話を進めた。

「人形使いということは、神父の能力は、人を操るもの……」

「そう。孤児院のみんなは、ロザリオの暗示で動いてたんだけど、ボクには暗示が掛からなくて。だから役立ずだった」


 これは、もしかして……と、透也は眉を顰めた。

 ――気にはなっていた。明智香子の魔能が、受けた攻撃を反射する系統のものだとして、ニコラの銃撃を反射しなかったのは何故か。


 もし、本人に認識がないだけで、彼女が「魔能無効」の能力を持っているとすれば、ロザリオの暗示の件も明智香子銃撃の件も、両方の謎が解決する。


 だがそうなると、次の疑問が思い浮かぶ。

 神父は孤児院の子供たちを人形として操っていた。その上で、ニコラが手駒として使えないことを知っていた。

 それにも関わらず、彼女の面倒を見続けたのは何故か?


 しかし、彼の表情を気にするでもなく、ニコラは水面に視線を移した。

「やっぱり、辛いんだ。誰かと別れるの。ヒルダと離れた時もだけど、神父さまが死んじゃった時も」

「…………」

「だからね、その……」


 ニコラは目を伏せ声を震わせる。

「怪盗同盟のことなら、ボク、少しは知ってる。機械のこともちょっと解る。多分、怪人ジュークの役に立てると思う、失敗もあるけど。だから……ここに、居ていい?」


 無邪気で奔放で大胆で。

 でもニコラは何より、孤独を恐れているのだろう。


 その姿が(かつ)て、焼け野原の東京を彷徨っていた自分と重なり、透也は胸の詰まる思いがした。


 ――放っておける訳がない。


 透也は痩せた肩にポンと手を置き、ニヤリと歯を見せた。

「ちょうど俺も助手が欲しかったところだ。機械技師として雇ってやる。給料は飯の食い放題、雇用期間は無期限。但し、危険な任務ばかりだ。覚悟はあるか?」


 するとニコラは顔を上げた。

 その頬に、一筋の涙が伝い落ちる。

「うん! 機械技師、頑張る!」

「じゃ、これから宜しくな」


 ニコラに手を差し出す。

 すると彼女は握手を返した。


 それからニコラは、思い出したように首に手をやり、シャツの下から革紐のペンダントを取り出した。

「これ、ステラの制御鍵(コントロールキー)

「なッ……!」

「おまえに預ける」


 透也の手に置かれたモノは、まるで外部メモリのような形状……やはりアレは、未来のものなのだろうか。


「これを持ってれば、ステラは攻撃しない……ハズ」

「ハズなのかよ!」


 透也が声を上げると、ニコラはケラケラと嗤った。

 そして、

「仲間の証に、もひとつ伝えておく」

 と人差し指を立て、透也の顔を覗き込む。

「さっき、この国に売られて来たと云ったろ?」

「あぁ」

「ボクを買った奴の名前は……」


 透也の目の前で、ニコラの薄い唇はこう云った。


「――黒い魔女」

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