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東京ファントムウォーズ  作者: 山岸マロニィ
<弐>──傀儡人形の涙
17/97

16話 天才少女と目玉焼き

 何度も遠回りをし、厳重に尾行を確認してから、長屋に戻ったのは午後だった。

 そっと戸に滑り込むと、ニコラの元気な声がした。

「お帰りー! 目玉焼き焼いたよー」

「目玉焼き……? 卵は?」

「買ったー」

「フライパンは?」

「買ったー」

「金は?」

「拾ったー」


 テーブルでニコニコと目玉焼きを頬張るニコラの視線の先には、小銭が山になっている。


 そそくさと透也の肩に登ってきたリュウがペショッとへたり込んだ。

「疲れたでアリマス……」

「何があった??」

「ニコラが金属探知機を作ったでアリマス」

「……はあ?」

「で、渋谷川の川底を漁ったでアリマス」


 確かに、小銭は全て錆び付いている。とはいえ、百円くらいはありそうだ。

 恐れ入ったとばかりに、透也は大きく息を吐いた。


 粗末な椅子に腰を下ろし、腕時計を売った五万から五百円と少しを引いた札束と金平糖の瓶を、透也はテーブルに置く。

「これで暫くは生活に困らない筈だ。俺たちはお尋ね者なんだ。無闇に外へ出るな」

「えー、暇なの嫌い」

「あのな……」

「活動写真が観たい!」

「話聴いてんのか」

「ソーダ水が飲みたい! アイスクリンが乗ったやつ」

「おい……」


 透也は渋い顔で溜息を吐いた……とはいえ、五万を手に入れられたのも、全てはニコラのおかげなのだ。邪険にはできない。

 それに、下手な扱いをすればステラが黙っていない。透也は部屋の隅に転がる金属球を見て首を竦めた。


「正直に言う……さっき、襲われた」

「大丈夫でアリマスか!」

 リュウがテーブルに飛び下り、クリッとした眼を瞠る。

「見ての通りだ……それは兎も角、この街の住人全てが敵だと思った方がいい。だから、迂闊(うかつ)に出歩けない」


 すると、ニコラは口を尖らせる。

「つまんない」 

 その態度に、透也は苛立ちを込めて腕組みをした。

「元はと云えば、おまえがあの女探偵を殺そうとしたから、俺が巻き込まれたんだろう。何であいつを殺そうとしたんだ?」


 ニコラは透也の口調に気圧(けお)されて俯いた。

「仇討ちってのを、やってみたかった」

「……は?」

「悪い奴を殺せば、正義のヒーローになれるかって思った」

「で、どうだった?」

「面白くなかった」

「…………」


 ニコラは恐縮した様子でただただ俯く。

余所(よそ)の国でも孤児院でも、チビの役立たずって言われてきた。本当だから何も言えなかった。いつも余計なことばかりして、怒られてばっかり。でも、ボクだって役に立ちたかった」

「だから、正義のヒーローになりたかったと……」

 コクリとニコラは頷いた。


 それにしても、明智香子の件に関しては解らないことだらけだ。

 透也は椅子の向きを変え正面からニコラを見た。

「あの女探偵が神父殺しの犯人だと、どうやって知った?」

 答えたニコラはあっけらかんとしていた。

「判るもん、あの人たちが魔能使いだって」


 透也はリュウと顔を見合わせる。

「……どうして判る?」

「何となく」

「何となく?」

「うん。何となく」


 この子供、機械工作などの理論的な分野では類稀(たぐいまれ)な能力を発揮するが、感覚的なものを言語化する能力には欠けているらしい。


 透也は首筋を撫でつつ次の質問をする。

「なら、あの女探偵がどうやって神父を殺したかは?」

 すると、ニコラは口篭った。

「神父さま、とっても優しくて大好きだけど……悪い魔能使いだってのは、知ってた」

「…………」

「神父さまがあの人を殺そうとして、そんでドカーンと弾かれてウワーッて」


 要するに、リュウの読み通り明智香子は反射系の魔能使いであり、あの神父は彼女の魔能にやられたのだ。

 ――そして、ニコラは少なくともリュウ程度には、魔能を感知する能力を持っている。

 魔能使いの中には、互いにその存在を感知できる者もいるらしいが、ニコラはそれには当て(はま)らない。

 ならば、この能力は何なんだ?


 透也は口を歪めて顎を撫でる。

「じゃあ結局、神父の方が先に手を出してるじゃねえか」

「うん」

「なら、悪いのは神父だろ」

「でも、神父さまは死んで、あの人は死んでない」


 やはり、どこか話が通じない。

 癖髪をモシャモシャと掻いて、透也は椅子に胡座をかいた。

「まぁ、おまえは失敗したんだ。もう二度と妙な気を起こすなよ、解ったな」



 ☩◆◆──⋯──◆◆☩



 ――夜更け。

 明智香子は、家政婦の文代に治療を受けた箇所を確認し、パジャマに腕を通した。

 何事も無かったかのように跡すら残っていない皮膚は、滑らかに絹の感触を受け入れる。


 それにしても……と、香子は今朝の出来事を思い返した。

 あの赤毛の少年……魔能使い三人が暮らすこの家を制圧した手際は素人ではない。

 それから――


 銃撃を受けた際、彼女の魔能『因果報応』が発動しなかった理由が解らない。


 あれは彼女自身が制御できるものではない。攻撃を浴び、傷を受けた瞬間に自動的に、向けられた悪意を乗算して相手に返す。

 ところが。

 最初の銃撃も、一度小林に防御された後の三発目も、あの子供は傷を負っていなかった。

 一体何故だ?


 疲れ果てた体をベッドに横たえ、香子は天井を見上げる。

 ……やはり私は、自分の魔能について全く理解していないんだ。

 体の中に化け物を抱えた恐怖が彼女を襲う。悲鳴を上げそうになり、慌てて香子は布団を被った。


 解らないことは他にも。

 あの子供を連れ去った男――間違いなく、昨日御茶ノ水の教会で見たあの男だ。

 名刺を渡しておいたから、何らかの用で訪ねて来たのだろうが、身を呈して香子を助けた理由が解らないし、魔能の気配を感じないのにあのような常人離れした動きができる根拠が解らない。

 中村警部は「怪人ジュークである可能性が高い」と云っていたが、香子も直感的にそう思った。

 それなのに、何故中村警部に嘘を吐いてまで、彼を庇ったのか。


 それについては、少しばかり心当たりがあった。

 かねてより、怪人ジュークに会ってみたいという思いが、彼女の心の隅にあったのだ。

 香子としては、怪人ジュークの行動を理解こそすれ、多額の懸賞金を賭けてまで捕まえようとする方にこそ理解に苦しむ。

 きっと彼は悪意のない善良な人……


 そこまで考え、香子はふと呟いた。

「悪意のない……善良……」


 ――そうか!

 香子はガバッと起き上がった。


 あの子供に悪意が無かったから、因果報応は発動しなかったのだ!


 彼は言っていた――これは『仇討ち』だと。

 仇討ちを正義の行いと考えていれば、悪意の値は(ゼロ)になる。

 因果報応の発動条件は乗算。つまり、零に幾ら数字を乗算したところで、結果は『零』なのだ。


「……フフフ……」

 香子は可笑しくなった。

 こんな単純なことに気付かなかったとは。


 一頻(ひとしか)り嗤った後、香子は再びベッドに身を投げる。

 これも、もしかしたら恋焦がれる怪人ジュークのおかげかも知れない。


 もう一度、今度は面と向かってみたいものだ。



☩◆◆────────────────⋯

【ステラ】

 性能・自動走行擬態戦車(AMT)

 好きなもの・ニコラ

 嫌いなもの・ニコラの敵

 武器・小型レールガン

 友達・リュウ

⋯────────────────◆◆☩

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