12話 画策
銃弾を受けた明智香子はよろめいた――そして、透也は目を見張った。彼女の全身が淡く光っているのである。
彼女の衣装に新たな血痕は増えておらず、弾痕すら残っていない。衝撃は受けたものの、彼女は無事なようだ。
リュウが呟く。
「執事の能力でアリマス。彼の魔能がある限り、女探偵を傷付けるのは不可能でアリマス」
恐らく、最初の銃撃は不意打ちだったため許してしまったが、それを悔いた執事がずっと魔能を掛け続けているのだろう。壁の角から身を乗り出しかけた透也は安堵した。
「なるほどな……でももし、あの子供が彼女以外を狙ったら?」
透也の疑問は子供も察したようで、彼は銃口を割烹着を着た家政婦に向けた。
「邪魔しないでと言ったよね? ボクは彼女しか撃ちたくないのに」
と、再び引き金に指を置く。
すると、執事が手にしたステッキを軽く振った。同時に今度は家政婦の全身が光を発する。
と、子供が銃口を動かした――香子に向けて。
乾いた銃声。
同時に、香子の乗馬服の腿に血が弾けた。
短い悲鳴。床に倒れる肢体。
「お嬢様!」
と叫び、執事が香子に駆け寄ろうとするが、銃口は再び家政婦に向けられた。
「動かないで」
子供の声は無感情だった。
「ボクは彼女以外撃たないと言ったろ? 彼女が死ぬのは決定事項だ。邪魔さえしなければキミたちは怪我をしないで済むのに、何で余計なことをするのかな?」
苦しそうな表情で、執事は云った。
「私めには明智家を守る責務があります。一粒種のお嬢様は、何者にも変え難い存在。この命に替えても、お嬢様はお守りいたします」
「小林……ウッ」
立ち上がりかけた香子は、体勢を崩して床に突っ伏す。
「お嬢様!」
家政婦が駆け寄ろうとするが、銃口がカチリと睨んで彼女の動きを封じた。
「もうこの執事は、おばさんを守れない。動かない方がいいよ、死にたくなければ」
透也の背筋に戦慄が奔る――この子供、やはり只者ではない。
少なくとも、執事の魔能がどのようなものかを理解して動いている。会話の様子から、事前に把握していたとは思えない。状況から判断したのだろうが、それを逆手に実行に移す胆力は、たかだか十年生きてきただけで育まれるものじゃない。
――このままでは、香子は殺される。
透也はベルトからワイヤーガンを取り出し、リュウに問い掛けた。
「リボルバーに残った弾数は?」
「三発」
「おまえのバッテリー残量は?」
「二十三分」
ワイヤーガンを左腕に装着し、義眼のモードをリュウの通信から動体捕捉へと切り替える。これは、猫の目のように動体視力を強化する。透也の俊敏な動きに欠かせないものだ。
それから、香子を救い出す流れを脳内でシュミレーションする。
ワイヤーガンで室内に侵入、子供を拘束する。コンマ五秒以内ならば、早撃ち名人でもなければ再び引き金を引くのは不可能なはず。そうしてからリュウの能力で瞬間移動する――。
ところが。
透也の脳波を読んだリュウがダメ出しをしてきた。
「瞬間移動はその格好では出来ないでアリマスよ」
……そうだった。強耐性ボディスーツがなければ、瞬間移動に必要な、強烈な質量の歪みに体が耐えられない。
「じゃあ、放電で気絶させるとか……」
「ワガハイの電池残量は放電できるほど残されていないでアリマス。それに……」
と、リュウは透也の義眼に映像を送信してきた。
「イヤなのに見つかったでアリマス」
「イヤなの?」
すぐさま画像を確認する。そこに映っているのは、部屋の隅に転がっている金属製のボールだ。
それを見て、透也は息を呑む。
それは、二十二世紀末を想起させるものだった。
魔能使いに対抗すべく、スラム民が行ったのがゲリラ戦。地下に身を潜め、個別に魔能使いを襲ったり、或いは拠点をテロによって破壊したり。
そのテロに使われたのが、このボール。
攻撃対象が近付くと展開し、六本脚歩行する自動戦車となる。搭載される兵器は様々で、火炎放射器や爆弾、小型レールガンまであった。
貧しい身の上の透也は両親共にゲリラ側に身を置いていたが、自動走行擬態戦車、通称「AMT」と呼ばれるこのボール型兵器の残虐性は、人道的に許されるものではないと知っていた。
サッカーボールやドッジボール、キャラクターの絵の入ったゴムボールに擬態し、敵陣営の子供に拾わせ持ち帰らせる。そして……。
右目の周囲の痣が疼き、あの悪夢を思い出す。
顔を押さえ、透也は奥歯を噛み締めた。なぜそんな兵器が、二百七十年も遡った此処にあるのか……!?
「リュウ、アレの中身は解るか?」
彼が問い掛けたのは、AMTに搭載された兵器の内容だ。
「……解析完了。内部に銃身らしき構造物があるでアリマス。形状から、恐らく小型レールガン」
「レールガン!?」
やはり、この時代に存在し得るものではない。それ以上に……
そんなものをぶっ放されたら、四人まとめて木っ端微塵だ。
考え込む透也に、リュウが告げた現実は冷酷だった。
「ちなみに、今の解析で電池残量が十分減ったでアリマス」
「…………」
――残り、およそ十分。
さて、どうする?
☩◆◆──⋯──◆◆☩
その少し前。
中村警部は、半開きの門扉とその奥で草を食む馬二頭を見比べて、透也と同じ結論に至った。
「考え過ぎでは……」
と、幾分か顔色が戻った野呂が云うと、中村は新聞受けを顎でしゃくった。
「あの生真面目な執事がこの時間に朝刊を取りに来ていないとは考えられん」
「どうします? 見に行きますか?」
「いや……」
中村は屋敷の様子を伺った。淡い水色の洋館は、不気味なほどひっそりと静まり返っている。
万一この静寂が、明智家の面々を人質にしての立て篭りであったなら、正面からノコノコ入るのは愚かだろう。先ずは確実な状況把握が先決だ。
「裏に回る」
中村の先導で門扉を抜ける。庭木の影伝いに屋敷に近寄り、閉ざされた雨戸が並ぶ前を慎重に通り抜ける。
――その途中。
銃声らしきものが聞こえ、二人は足を止めた。
「警部、これは……!」
野呂を振り返り、中村は腰の拳銃を抜く。
「悠長なことを云っていられないようだ。おまえは最寄りの駐在所から本庁に連絡しろ」
「承知しました」
野呂が走り去った後、再び銃声が。
中村は小走りに、銃声のした裏手に向かう。そして、雨戸のない出窓からそっと中を覗いてすぐに頭を引っ込めた。
刑事畑三十年の叩き上げだ。瞬間記憶力は鍛えられている。
――家具の具合からして居間だろう。紅茶道具を載せたワゴンを囲む形で、四人の人物が睨み合っている。
明智香子と小林執事と、文代という家政婦、そして、拳銃を構えた赤毛の子供。
明智香子は負傷しており、床に臥していた。
状況は膠着しているようで動きはない。しかし急がなければ、明智香子の命に関わるに違いない。
水色の壁に背を預け、中村は考える。
野呂が応援を連れてくるのに、少なくとも三十分は掛かる。その間、何も無いように祈るしかないのか?
さて、どうする?




