9.飯塚望愛
望愛ちゃん、ついにやりました!
彩人くんとのデートを勝ち取りました!
夏休み中、全然メッセージを返してくれないから、望愛のこと忘れたんじゃないかって心配してたけど……。
もしかして、会えない時間が愛を育てたってこと?
これで、みんなに陰口を言われたり、仲間外れにされた日々も報われるってものです。
みんなは知らないんだろうなぁ。
彩人くんが二人きりだと意外とお喋りなとこも、すらっとしてるのに腕とかはしっかり筋肉質なとこも。
ふふ、望愛がみんなの分まで幸せになるから、安心してね!
「ね? 彩人くん!」
「……なんだよ」
残暑の日差しに目を細めて、気だるげに返事をする彩人くん。
その少しかすれた低音が、脳に響いてクラクラする。
この声でラブソングとか歌ってくれないかなー!
まあ、絶対すぐ失神しちゃうけど……。
「お昼、どこで食べよっか?」
「場所はもう決まってる。……あと暑苦しいからいい加減離れろ」
またまた、そんないじわる言っちゃって。
学校を出たときからずっと望愛を日陰に入れてくれてるの、ちゃーんと気づいてるんだからね!
「だめー! だって望愛が離したら彩人くん、いっつも逃げちゃうじゃん」
「別にどこにも行かねーよ……」
聞きました?
『もうどこにも行かないよ』ですって! ひゃーっ! さすが望愛の王子様! 一生離さないんだから!
「お前こそ、いつも金欠とか言ってるけど、会計前に逃げんなよ?」
「わかってないなー。望愛が彩人くんから逃げることなんて、あるわけないじゃん!」
たしかに、最近化粧品と洋服の買いすぎで、お金は全然ないけどさ……。
「ふーん、言ったな?」
彩人くんが、望愛の目を見て不敵に口の端を上げる。
……えっ、やば。今、笑った?
なんか今日の彩人くん、めっちゃデレるんだけど! 可愛すぎるって!
そうだ、望愛もサービスしてあげよ。
「おい、バカ。急にどうした」
「望愛の身体、柔らかくて気持ちいいでしょ?」
彩人くんの腕に身体をぴったりと密着させ、両腕でギューッと抱きしめてあげる。
「お前、やっぱすごいな……」
「でしょー?」
「よく恥ずかしげもなく、そんなクソキモいことが言えるなって意味だよ……」
はぁ……。
かっこいい……。
笑顔も当然最高だが、この呆れた顔もたまらなく愛おしい。
「もー、そんなこと言って。本当はまんざらでもないくせにー」
あー幸せ。
このまま目的地に一生着かなければいいのに!
「……あれ? そういえば、ここどこ? 学校の近くにこんなとこあったっけ?」
「裏道通ってんだよ。学校のやつに見られたら面倒だから」
さすが彩人くん。急なデートでもしっかりエスコートしてくれます。
「ほら、もう着くぞ。あの看板のとこ」
住宅街の細い道の先、彩人くんが指差した先には『キッチンアンドコーヒー』と書かれた看板がかかっていた。
「へぇ、なにここ喫茶店?」
窓から覗く店内は、営業しているのか不安になるほど薄暗い。
「まあ、洋食屋みたいなもんだよ。別に嫌じゃないだろ?」
「うん、望愛こういうお店好きだよー」
「じゃあ、もう店入るから、この腕離せ」
「はいはい」
年季の入った木製の扉を彩人くんが開けると、カランと軽い鈴の音が鳴った。