8.新学期
今日からまた、面倒な学校生活が始まる。
昇降口に入る彩人の口からは、自然とため息が漏れていた。
「高比良くんおはよ」
「高比良おはよー!」
「おはよう高比良くん……」
お前らは一体誰なんだよ。
一方的に名前を知られているのは、あまりいい気分じゃない。
全員に挨拶を返していてはきりがないので、無視してさっさと自分のクラス、一年B組の教室に向かう。
今日は一段とうるせぇな……。
久しぶりの再会に浮かれているのか、クラスはいつもより賑やかで、笑い声が廊下まで溢れていた。
もしかしたら今日は平気かもしれない。
そんな淡い期待を胸に、教室に足を踏み入れる。
だが、彩人が敷居をまたいだ途端、教室を満たしていたそれまでの喧騒は嘘のように消え去った。
クラス中の視線が集まる中、意味もなくスマホの画面を滑らせながら自分の席へ向かう。
邪魔して悪かったな……。
彩人が小さく息を吐いて腰を下ろすと、すっかり静まり返った教室に、ホームルームの開始を知らせるチャイムがけたたましく響いた。
「えーいきなりで申し訳ないんだけど、始業式までまだ時間があるので、先に夏休みの課題を集めたいと思います」
はあ……そろそろ決めないとな……。
昨夜、クラスの女子全員と関係を持つことを決めた彩人は、次の相手を誰にするか悩んでいた。
「じゃあ安達さんから一人ずつ、出席番号順に前に出してください」
出席番号順ねえ……。
頬杖をつきながら、席を立つ涼風ちゃんの横顔をぼんやり眺める。
出席番号順……あ、それいいかも……。
出席番号順に選べば余計な感情を挟まなくて済むし、そのことを知られた日には全員から軽蔑され、死を悲しまれることもなくなるはずだ。
となると次は……。
「飯塚さーん」
「はーい」
そうか飯塚か……まあ面倒ごとは先に済ませておくのが定石か……。
ゆるいウェーブのかかった、ふわふわの茶髪を揺らして歩く彼女の名前は飯塚望愛。
スタイルもよく、かわいらしい顔立ちの女の子だが、彩人は彼女からの積極的すぎるアプローチにうんざりしていた。
たしか今日は始業式と掃除だけで、午前中には帰れたはず。
放課後、またいつもみたいに絡んできたらランチにでも誘ってみるか……。
そして放課後、彩人が誰よりも先に教室を出ると、案の定後ろから飯塚のやかましい声が聞こえてきた。
「彩人くーん! 待ってー!」
ちょこちょこと、ペンギンのような小走りで追いかけてくる。
なんなんだその変な走り方は……本当に追いつく気あんのかよ……。
仕方なく立ち止まると、飯塚は走った勢いのまま強引に腕に抱きついてきた。
「ねぇもう帰っちゃうの? この後はどうするの?」
豊満な胸と甘ったるい香水の匂いを押し付けながら、わざとらしい上目遣いで聞いてくる。
よくもまあここまで徹底できるものだ。
「適当にどっかで飯食って帰るけど」
「一人で? 寂しくない? 望愛も一緒に行ってあげようか?」
いつもなら乱暴に腕を振りほどいて帰っているところだが、今日はこれが目的だ。
「別にいいけど、金は自分で払えよ」
「え……いいの!? 本当に!?」
よほど嬉しかったのか、腕を掴む手に女子とは思えない力が入っている。
こいつこの感じで握力強いのかよ……。
「いいから、ベタベタくっつくのはもうやめろ」
「はいはい、彩人くんって本当恥ずかしがり屋さんだよねー」
後で覚えとけよ……。
彩人は今日のデートプランに、少々の仕返しの予定を付け加えた。