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7.死の呪い

「じゃあ私、そろそろ帰るね……」


 荷物をまとめた涼風ちゃんが、静かに立ち上がる。


「そうだ、よかったらこれ……貰い物なんだけど、私の家族、あんまり食べないから……」


「ああ、ありがとう……」


 俺の家族に挨拶するための手土産だったのかもしれない。

 仏壇などないが、形だけでも遺影の前に供えるとしよう。


「そうだ、駅まで送っていくよ」


「だめ……彩人くんと歩いてるとこ、もし学校のみんなに見られたら、大変なことになっちゃう……」


 涼風ちゃんの表情にどこか陰を感じるのは、光の遮られたこの部屋のせいだろうか。


「だったらせめて、下まで一緒に行かせて」


「……まあ、それなら」


 最後に、涼風ちゃんの笑った顔が見たかった。


 そうしなければ、今日という一日の意味を取りこぼしたような気がして、気が狂いそうだったから。


 死にたい俺が生きた一日には、必ず意味が必要だ。


「じゃあ、行こっか」


 適当なサンダルに履き替え、玄関のドアを開けた。



 街を覆う、淡い茜色の空。


 涼しい風が、夏の終わりを告げる。



 涼風ちゃん、俺はただ、君に喜んで欲しかったんだ。

 それだけは本当なんだよ。


 二人を乗せたエレベーターが、静かに動き出す。


「今日は急に呼んじゃって、ごめんね」


「ううん、嬉しかったよ……」


「今度は、ちゃんと前もって連絡するから」


「うん……待ってる……」


 エレベーターが一階で停止すると、彩人は迷いなく降りた。


 聞こえのいい言い方をすれば、少しでも長く涼風ちゃんと一緒にいたいから。


「気をつけて帰るんだよ」


「うん、今日はありがとう」


 合理的な説明をするなら、涼風ちゃんの笑顔が見たいという、この強迫的な欲求が満たされなかったとき、エレベーターの外にさえいれば、より多くの()()が取れるから。


「じゃあまた学校で」


「またね、彩人くん」


 ああ、よかった……。


 涼風ちゃんは笑顔で手を振ってくれた。




 八月二十四日。


 両親の命日であり、彩人の誕生日。


 そんな今日がもうすぐ終わる。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」


 彩人はベッドの上で膝を抱え、日課である呪文を唱えていた。


「許して、許して、許して、許して……」


 これは、誰か特定の人物に向けた言葉ではない。

 物心ついた時からの、口癖のようなものだ。


 そして、呪文を唱え終えると、いつものように両手で首をきつく絞める。


 死にたい。


 死にたい。


 死にたい。


 死に――


 ――あ。だめじゃん。


 彩人は重大な過ちに気づいた。



 今、俺が死んだら、涼風ちゃんが呪われる。



 彩人は身をもって知っていた。


 自殺の呪いは、伝染するということを。



 何やってんだ俺は……。


 調子に乗って、他人の人生に干渉しすぎた。


 死ぬ前になにかしら、涼風ちゃんの心のケアをしなければならない。


 ああ……死にたい……。


 死ねないと思うと、余計に死にたくなる。


 どうしたら、涼風ちゃんは……。



 ……そうだ。



 昔、死刑執行のボタンは三つあると聞いたことがある。


 三人が同時に押すことで、精神的負担を分散させるためだという。


 涼風ちゃんが俺を忘れる日まで、生きることはできない。


 けれど、たった一人に背負わせるのは、あまりに残酷だ。


 スマホを手に取り、入学直後に撮ったクラスの座席表を開く。


 十六人。


 胸の底から湧き上がる黒い衝動が、わずかな躊躇すら呑み込んでいく。


 これでいい。これしかない。



 罪も、呪いも、愛も――すべて、皆で分け合うことにしよう。

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