54.狸寝入り
どうしよう……これじゃ動けないよ……。
クイーンサイズのベッドの上、望愛は横になったまま眼球だけを動かして現状を確認する。
黒いカーテン、音のしない空気清浄機、ナイトスタンドの上に仲良く並ぶ二つのスマートフォン。
体内時計はとっくに朝を迎えているのだが、寝室には輪郭のぼやけた薄い影しかできていない。
昨夜の天気予報通り、空に雲がかかっているのだろうか。
そう考えると雨音は聞こえないが、心なしか空気が水っぽいような気がする。
色々考えているうちに寝ぼけていた頭も起きてきたので、そろそろ身体のほうも起こしたいのだが、それにはまず隣で心地よさそうに寝息を立てるこの男をどうにかする必要がある。
彩人くん意外と寝相悪いんだよね……。
筋肉質な長い手足が望愛の身体を抱き枕代わりして絡みつき、逃がさないように上半身の体重をかけて押し潰してくる。
嬉しいけどちょっと重たいよ……愛が重たいよ彩人くん……。
「おーい……朝ですよー……」
自分の中での一番小さな声を使って、独り言のつもりで話しかける。
疲れてたのかな……起こしちゃったら悪いよね……。
すやすや眠る穏やかな寝顔。こんな可愛い天使の寝顔を邪魔するなんて罰当たりな真似はとてもできない。
うーんでも困ったなぁ、できれば彩人くんが起きる前にこっそりメイクを直しておきたいんだけど。
どうにかうまいこと抜け出す方法はないか、望愛が布団の中で身体をくねらせて試行錯誤していると、彩人くんの寝息が突然ぴたりと止まった。
「んっ……ああ……」
ありゃ、もしかして起きちゃった……?
彩人くんは眉間にしわを寄せ、ゆっくりと体勢を変え始める。
あっまって、今なら抜け出せるかも!
刺激を与えないように細心の注意を払いながら、ベッドの上を転がるようにして彩人くんから離れようと試みる。
ごめんね彩人くん、顔面のアリバイ工作しないといけないから、少し間だけ待っててねー!
ぎゅっ。
あれ。
転がろうとした身体は、彩人くんに背中を向けたタイミングで突然自由を失った。
「あ、彩人くん……起きてるの……?」
眠っているはずの彩人くんの腕が、望愛を後ろから羽交締めにするような形で力強く抱きしめてくる。
「もしもーし……?」
しかし耳元で聞こえる規則正しい優雅な寝息が、望愛の質問に『いいえ』と答えた。
本当に寝てるの……? それにしては腕に力が入りすぎているような気がするんだけど……。
望愛が脱出しようともがけばもがくほど、彩人くんの締め付ける力は強くなり、身体はベッドに沈んでいく。
だめだ、もう彩人くんに気を使っている場合じゃない!
えいっ!
なりふり構わずに勢いをつけて身体をひねると、なんとか半回転だけすることができた。
「あ……」
真顔でこちらを見つめる彩人くん。
彩人くんはすぐに目を閉じて、何事もなかったように再び寝息を立てた。
いや、今完全に目合ったよね。
「ねーえー! いつから起きてたのー!」
望愛がどれだけ強く身体をゆすっても、彩人くんはばればれの狸寝入りを強行してくる。
「むにゃむにゃ……え、来年の干支に……? 俺がですか……!?」
「どんな夢見てるのよ……」
彩人くんは人を馬鹿にしている時だけ、やたら上機嫌にボケてくる傾向があります。
「もう馬鹿なこと言ってないで、早く手離してよー!」
「ん……ああ、おはようアンジェリカ、なんだもう起きていたのかい……」
「どこの誰と間違えてるの!!」




