53.らしくない
会話をすることも、見つめ合うことも、触れ合うこともせずに、二人は一緒のソファーに座る。
本当はもっとくっつきたいんだけどなー。
いつもならすぐにでも腕に抱きつく距離感なのだが、今は少しタイミングが悪そうだ。
彩人くんは左手でマグカップを持ち上げたまま、それに口をつけることもなく右手のスマホを絶え間なく操作し続けている。
はっきり見えたわけではないが、どうやら何か大事な連絡をしているらしい。
「本当に行かなくてよかったの……?」
「お前もしつこいな、そんなに俺に出て行ってほしいのか?」
「そうじゃないけど……」
「じゃあもういいだろ、らしくないことばっか言うな、調子が狂うんだよ」
作業にひと段落ついたのかスリープ状態にしたスマホをテーブルに置くと、彩人くんはようやくマグカップに口をつけた。
「らしくないって言われたって……」
「もう少しわがままなほうが、可愛げあるって言ってんだよ」
そんなこと言って、わがまま言ったらいつも嫌がるくせに……。
「それ、信じていいの……?」
「なんだよ疑ってんのか? なんでもしてやるから、なんか適当に言ってみろよ」
なんでも……!? そ、それじゃあ……。
「ちゅー……してよ……」
「えー、それ今じゃなきゃだめ?」
それは約束が違うでしょ!
「いじわる……」
「拗ねんなよ、今じゃなきゃだめなのか聞いただけだろ?」
空のマグカップをスマホの隣に戻し、ヘラヘラと笑いながら望愛の耳たぶをつまんでちょっかいをかけてくる。
「じゃあだめ……今じゃないとやだ……」
「は? だる」
注文通りに提供したはずのわがままを、彩人くんは少しも悪びれることなく二度も冷たく突き返す。
「もう、彩人くんひねくれすぎ……!」
そんなところも嫌いじゃないけれど、ずっとこの調子だとさすがに少し疲れてしまう。
「俺は言葉より態度で示すタイプなんだよ」
顔を背けるようにして軽く上半身をひねっていると、背けた側の肩に彩人くんが顎を乗せてきた。
「で、何? ここにちゅーすればいいわけ?」
期待しないように頑張って無視する望愛の首筋に、突然湿った熱が当てられる。
「きゃあ!? も、もう! 普通こういうのは口でしょ!」
正直どこにされても嬉しいのだが、ここで喜ぶのは彩人くんの求めているリアクションではなさそうなので、なるべく口角が上がらないように唇を尖らせて文句を言う。
「それならこっちを向いてくれないと」
「そんなこと言って……どうせ口にはしてくれないんでしょ……?」
彩人くんのあまのじゃくを逆に利用するために、あえて理想とは反対の予想をする。
「長いのと短いのどっちがいい……?」
「短いのでいいから早くして……!」
いつもよりほんの少しだけ冷たく答えると、なぜか彩人くんは嬉しそうに望愛の髪を撫でた。
「望愛」
「な、何……?」
彩人くんが望愛を名前で呼ぶのは、決まって真面目な話をする時だけだ。
「明日の朝はパンにしようか」
え、なんで今朝ごはんの話……?
「それで天気がよかったら買い物がてら散歩でもしてさ」
彩人くんの笑みからは、先ほどまでたっぷり詰まっていたはずの悪意の成分がすっかり抜け落ちていた。
「でも……明日は雨が降るかもってさっきニュースで……」
「その時は二人で昼まで二度寝しよう、どうせ今日は満足に眠れないだろうから」
真面目な顔に正面から食い入るように見つめられ、望愛の心臓は一段階ギアを上げる。
「望愛……俺のこと好き……?」
え、どうして急に……。
好きの言葉を求められたのは初めてことだった。
「うん、大好きだよ」
そんなの当たり前じゃん……。
「やっぱり望愛は素直なほうが可愛いね」
彩人くんの長いまつげがいたずらに頬をくすぐる。
二人はソファーの上に手を重ね、あまのじゃくに長いキスをした。




