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51.利口な女

「彩人くーん? おーい」


 お風呂上がりの髪を乾かした望愛は、洗面所から裸足でぺたぺたとリビングに戻った。


 あれ……?


 彩人くんの気配が消えている。


 どこ行っちゃったんだろ?


 立ち止まって辺りをよく観察してみると、リビングの黒いカーテンがわずかに開いているのが目に付いた。


 もしかして。


 カーテンに触れることなく、わずかな隙間から窓の外の様子を確認すると、ベランダにはスマホを耳に当てる彩人くんの後ろ姿があった。


 やっぱり……。


 窓の外の音は少しも聞こえないが、一体誰と電話しているのだろうか。


 別に電話相手に嫉妬をしているわけではない。ただスウェット一枚で外に出るには肌寒い時間だろうから、大事な話でないなら早く部屋の中に入ってほしいだけだ。


 でもなぁ……。


 窓を隔てた先の電話する彩人くんと強引にコミュニュケーションをはかるのは、あまりにも配慮に欠けている。


 だって彩人くんは望愛がいるから、わざわざベランダに出たんでしょ?


 彩人くんの繊細な部分は出来る限り傷つけたくないし、本人ですら気づかないわかりにくい優しさも決して無下にしたくない。


 だから望愛は声をかけることをせず、ソファーの横に置いたバッグから歯磨きセットを取り出し、再び洗面所に帰った。


「これでいいよね……?」


 洗面台の鏡に映る自分に自問自答する。


 すると、望愛はあることに気がついた。


 何この傷……。


 鏡をよく見てみると、望愛の顔を真っ二つに切り裂くように一本の線が走っている。


 髪を乾かしている時は、なぜか全然気がつかなかった。


 なんなんだろう……汚れじゃないよね……?


 どうしても気になったので線を指先で軽くなぞってみたが、やはり鏡は見た目通り小さくひび割れている。

 

「望愛ー!」


 リビングの方から彩人くんの声と足音が近づいてきた。


「あ、彩人くんどうしたの?」


 洗面所に顔を出した彩人くんは、なんだか少し忙しないように見えた。


「悪い、ちょっと出かけてくるわ」


「え、今から……? もう十時過ぎてるよ……!」


 さっきの電話で何かあったのかな……。


「大丈夫、たぶん日が変わる前には戻れるから」


「ああうん……わかった……」


 思いつきで行動しているのか、彩人くんは何をするにもいつも急だ。


「ん、どうした? 今日はずいぶん物分かりがいいじゃん」


「だって彩人くん何言ったって聞かないんだもん……」


 望愛なりに利口な女になろうとしてるの!


「すねんなよ、帰りコンビニで好きなアイス買ってきてやるからさ」


 都合のいい優しい口調で、彩人くんは望愛の頭に手を置いた。


「アイスはいいから、早く帰ってきて……」


「はいはい、わかったよ」


 犬を扱うようにわしゃわしゃと頭を撫でた彩人くんが、望愛に背を向けようとした、その時。


 静かな洗面所に重量感のある液体が、ボトッと音を立てて床に落ちた。


 え、何これ……。


 状況をいち早くを理解したのは彩人くんだった。


「おい、その手どうしたんだよ!」


 床に落ちたのは望愛の血液だった。


 右手を見ると、人差し指の先から血が流れている。


 そうか、鏡のひびで切ったのか。


「ああごめんね! ちょっと指切っちゃっただけだから心配しないで、絆創膏も持ってきてるから!」


 近くにあったティッシュで床の血を拭き取り、笑顔で彩人くんを見上げる。


「本当に大丈夫だから、彩人くん早く行ってきて」


 面倒くさい女と思われたら、もう家に呼んでもらえなくなっちゃう……。


「はあ……なんだよそれ……」


 望愛の思いとは裏腹に、彩人くんは大きく舌打ちをして苛立ちをあらわにした。

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