43.アップルティー
立体的な秋の曇天に足元を下から冷やされる。
この前まであんなに暖かかったのに……。
放課後、理瑛は信頼できるクラスメイトの一人に頼み込み、高比良くんの住むマンション内を案内してもらっていた。
「本当にこの階で合ってるの?」
エレベーターを出た先の真珠色のタイル壁には、筆記体で『14F』の文字が貼り付いている。
「何まだ信じてないの? あ、それとも信じたくない感じ? 悪いけど彩人くんと直接話せるのは望愛だけだから、菊永さんはその辺で隠れて見ててね」
やはり飯塚さんに頼って正解だ。
この単純で裏表のない最悪な性格は、現状何よりも信頼できる。
「そんなこと言わないで、仕方ないでしょ先生に様子を見てほしいって頼まれたんだから」
先生これって嘘に入りますか?
「だから隠れて様子を見ててって言ってるの! 勝手に家教えたことバレたら、望愛が彩人くんに叱られるんだからね!」
まー可愛い、マルチーズが吠えてるみたい。
「で、その家はどこなの?」
「話聞いてた!? もー望愛しつこい人嫌い!」
毎日高比良くんにしつこく付きまとっておいてよく言うわ。
「それは残念、私はいい友達になれそうだと思ってたんだけど」
「なっ……何それ嫌味!?」
どうでしょう?
戸惑う飯塚さんの相手はせず、表札を流し見しながら足を早める。
「無視すんな!」
違う……違う……ここも違う……ん、この家だけ表札出してないな……。
「飯塚さーん!」
インターホンを指差し、名前を呼んで反応を確かめる。
「あっ、だめええええ!!」
ここか。
走って近づいてくる飯塚さんの慌てた顔をしっかり見ながら、立てた人差し指をそのままインターホンに突き刺す。
「なんで!? だめって言ってるよね!?」
「ごめんなさい……私、そんなつもりじゃ……!」
「じゃあどんなつもりだったの!?」
意味のない言い合いをしながら仲良く待っていると、目の前のドアからロックが外れる音がした。
「なんだようるせえな……てかどういう組み合わせだよ……」
あれ……どうしたんだろ……?
会えば簡単に手に入ると思っていた安心が、そこにはなかった。
「彩人くん! どうしたのその服かっこいいー! 今からお出かけー?」
「なんでもいいだろ……」
ジャケットから靴まで、高比良くんは昨日会った時と全く同じ格好をしていた。
「元気なら連絡してよー! 望愛昨日からすごい心配してたんだからね?」
「連絡は昨日しただろうが……話は明日聞いてやるから今すぐ帰れ……」
二人の話が頭に入ってこない。
「なあ、わかるだろ……?」
唯一昨日と違う、青白い顔のせいだろうか。
「う、うん……じゃあ望愛帰るね……! また明日、約束だよ……!」
遠のいていく乾いた足音、生ぬるいそよ風の中、高比良くんと目を合わせる。
「今まで……何してたの……?」
「…………朝には帰ったよ」
話が微妙に噛み合わない。
どうやら今朝この家に帰ってきたというのが、言いづらいことの中では一番マシな話のようだ。
「とりあえず……中入る……?」
「うん」
私がドアに手を触れたとたん、高比良くんは重力に負けたように腰を折り曲げ、そのまま玄関に座り込んだ。
両手を使ってローファーを片足ずつ脱ぐ弱々しい姿を見ていると、なんとなくこの家で起きたことがイメージできる。
今朝先生に欠席連絡してから今の今まで、靴も脱がずにここで横になってたんだ。
この家に高比良くんを介抱する人間はいないんだ。
「も、もう心配させないでよ……! ほら少ないけど、とりあえずこれ飲んで……!」
精一杯の明るさで、蓋を外した小さなピンクのマグボトルを外気より冷たい手に握らせる。
「ああ、ありがとう……」
尖った喉仏が音を鳴らして上下に揺れた。
「何これすごい甘い……アップルティー……?」
力無く壁にもたれる高比良くんが、麦茶を飲んで私に微笑む。




