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41.夢の続き

 なんて心地がよいのだろう。


 隣で感じるくすぐったい熱に少しずつ安心を覚えていく喜び。


 お互いまだ知らないことばかりのはずなのに、ピアノを前に身体を並べている間は不思議と気持ちの向きも揃っているような気がした。


 ああ、もっと高比良くんのことが知りたい。


 私ならきっと全部わかってあげられるのに。


 ねえ高比良くん、このまま二人で――。



「演奏番号8番」



 抑揚のない機械的なアナウンスが理瑛を現実に引き戻す。


 そうか、もう私の番がやってきたのか。


 演奏ホールの舞台袖、一列に並べられたパイプ椅子から背筋を伸ばして立ち上がる。


 衣装はシンプルなワインレッドのロングドレス、自慢の長い髪は黒いヘアゴムで簡単に後ろでまとめてある。


 静かに照らされたステージの上、理瑛は全身で注目を感じながら堂々と歩みを進めた。


 観客も審査員も高比良くんと比べてしまえばその辺に落ちている石ころも同然、今更緊張なんてするはずもない。


 ピアノの前で足を止め、見せつけるようにお辞儀をする。


 頭を下げる時間は三拍が目安だと教えられたが、今までそんな細かいことを気にしたことはない、こんなものは大抵ほかの人間よりも長く丁寧にしておけば良いだけなのだから。


 なめらかに頭を上げると、今度はさりげなくセンターマイクの高さを調整するベテランの漫才師を意識して、落ち着きながらも手早く椅子の高さを調整する。


 今私、最高に輝いてる……!


 理瑛は昔から大舞台に強かった。


 鍵盤の状態を軽く目で確認しながら座り、一度全身の筋肉をフラットな状態にしてから自然と腕が持ち上がるようなタイミングで鍵盤に指を重ねる。


 やっとだ。


 これでやっと、昨日の夢の続きが弾ける。











「今日の演奏もすごいよかったよ」


 衣装から普段着に着替え、ロビーで母から荷物を受け取る。


「そうだお昼は何か食べたいものある?」


 そっか、もうそんな時間か。


 お昼ご飯のことを考えながらなんとなく周りを見渡していると、遠くの自販機の前に立つ一人の背の高い男が目に留まった。


 なんかあの人、高比良くんに似てない……?


 目を細め、ぼやけた輪郭を修正していく。


 やっぱりそろそろ眼鏡作らないとだめだな……。


「ごめんお母さん、ちょっと先に車で待ってて」


 受け取った荷物をまたすぐ母に返し、急いで自販機の方に走って行く。


 考える前に行動にするのが理瑛の人生の秘訣だ。


 やっぱりそうだよ……夢じゃない……。


 願望が生み出した幻覚でも他人の空似なんかでもない、あれは紛れもなく高比良くん本人だ。


 なんで? どうして? 学校は? 私の演奏はどうだった? そのジャケットかっこいいね!


 えーっと、とにかく……。


「ありがとう嬉しい!」


「え、第一声それで合ってる?」


 高比良くんは缶コーヒーを片手に、リラックスした穏やかな表情を見せた。


 すごい、私も高比良くんもすでにこの不思議な状況を当たり前に受け入れているんだ。


「ごめん……聞きたいこと全部聞いてたら一番言いたいこと忘れちゃいそうだったから……」


「何それかっこいいね、今からお昼?」


 ああどうしよう、嬉しくて笑みが抑えられない、これじゃあ犬がしっぽを振るのと同じじゃない。


「う、うん、高比良くんはこの後どうするの?」


「もう帰るよ、元々菊永さんの演奏を聴きに来ただけだし、それに今日はまだこれから行かないといけない場所があるから」


 缶コーヒーが空っぽのゴミ箱に落ちる音が鳴った。


「今から学校に行くの?」


「ううん、もっと最悪なところだよ」


 なんのことだろ……?


「じゃあ俺もう行くね、これ以上菊永さんのお母さんを待たせるのも悪いし」


 え、お母さん……?


 振り向くと、目を細めなくともハッキリ母の姿が目に見えた。


「なんで!? なんでこっち来てんの!?」


 徐々に近づいてくる母を慌てて制止しに行く。


「車で待っててって言ったじゃん……!」


「だ、誰なのあのイケメンは、知り合いなの……? まさか彼氏じゃないでしょうね……!?」



「違う!」



 あーもう本当恥ずかしい、せっかくかっこいいところ見せれたのに……高比良くんすごい笑ってるよ……。


「じゃあねー理瑛ちゃん! また今度デートしようねー!」


「嘘っ!? 理瑛あんた本当に!?」


「ちょっと高比良くん!!」


 高比良くんは一切の説明責任を果たすことなく、高笑いしながら逃げるように帰っていった。

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