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37.ごまかさないで

「あ、もう私そろそろ行かないとだ! じゃあ結奈ちゃんまた明日!」


「うん、またね」


 駅の改札前、電光掲示板を確認した涼風は笑顔でこちらに大きく手を振りながら、スタスタと週末の人混みに消えていった。


 涼風、変わったなぁ……。


 どうも涼風は夏休み明けから、物怖じしない堂々とした立ち振る舞いをすることが増えているように思える。


 もちろん今の涼風もいいと思うけれど、わがままをいうならもう少しだけ弱虫な涼風に頼られていたかった。


 そんな情けないことを考えながらぼーっと焦点をぼかしていると、聞き覚えのある低音に耳を奥まで揺らされる。



「涼風ちゃんもう帰った?」



「ぎゃああああ!!」


「あーごめん、驚かすつもりはなかったんだけど」


 高比良彩人、駅でこの男に捕まるのは三日ぶりにして二度目のことだ。


「死ねストーカー! 死ね! 死ね!」


 一切の容赦もなく渾身の右ストレートをみぞおちに二発喰らわせる。


 多少強く殴っても問題のない頑丈な肉体であることはよく知っていた。


「こりゃまたずいぶんと嫌われちゃったなー、大丈夫? そんな思い切り殴ったら手痛いでしょ?」


 案の定高比良くんは飄々とした態度で私の手を優しく撫で、怒りも同時に逆撫でる。


「ほら、これあげるから機嫌直して」


「は、何これ……?」


 気づくと撫でられていた手のひらの上に、上半身がウサギで下半身が魚の、趣味の悪いキーホルダーが乗っていた。


「さっきそこのガチャガチャでゲットしたやつ、かわいいでしょ? もしウサシャークが嫌ならネコスパイダーと交換してあげてもいいけど」


「あーもう、うるさいうるさい!」


 私は知っている。こういう時の高比良くんはまともに相手をしてはいけない、意味のわからないことばかりを喋って私の怒りをうやむやにするのが目的だからだ。


「あっそうだ結奈ちゃん、気分転換にちょっとそこらへん散歩しようよ」


 ペースに飲まれないように睨みつけながら無視していると、今度は私の手を握ろうと腕を伸ばしてきた。


「ちょっとやめて! そんなんでごまかせると思わないでよ!」


 まったく油断も隙もあったもんじゃない。


「強引な男は嫌い?」


「大っっっっ嫌い!」


 伸びてきた腕をはたき落とし、人目も気にせず声を荒げた。



「俺は大好きだよ、結奈ちゃんのこと」


 

 嘘ばっか。


「だからそうやってごまかさないでって言ってんの!」


「ごまかしてるのは結奈ちゃんのほうでしょ? そうやって大げさに怒鳴っちゃってさ、照れてることを必死にごまかしてるの俺ちゃんと気づいてるよ?」


 大きな瞳がすべてを飲み込むように近づいてくる。


「はぁ!? 何言ってんの!?」


「だってほら、今もかわいい顔が真っ赤になってる」


 逃げるように目を逸らしても、肌が視線を感じてしまう。


「これは怒ってるからでしょ……!」


「結奈ちゃんのそういう素直じゃないところ、俺本当好きだなぁ……」


 ずるい、ずるすぎる。


 どんなに怒っても笑顔で包み込もうとしてくる高比良くんのこの論調は、心から拒絶することのできない結奈にとっては攻略不可能の反則技だ。


「あーもう、殺してやるー!」


「いいね、それならやっぱり散歩じゃなくて鬼ごっこにしよっか!」


 本気でムカついて怒っていたはずなのに、いつのまにか馬鹿馬鹿しくなってつい笑っちゃって、そんな私を見て心底嬉しそうに笑う高比良くんのせいで、全部がどうでもよくなっちゃって。


 あーあ、本当馬鹿みたい……。

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