32.安全ピン
「さすがに安全ピンでピアスを開けるのは危ないんじゃ……」
「でも美紗子ちゃん俺がピアスしてるとこ見たいんでしょ? ほら見て、ちゃんと似たようなのを買ってきたから」
テーブルの上に置かれた小さなピアスケースの中からは、真っ黒のスタッドピアスが白い光を飛ばしている。
「いや、あれはあくまで私の妄想での話であって……公式から寄せられるのは解釈違いというか……」
「あ?」
そ、そんな怖い顔しなくてもいいじゃん……私の名前を恥ずかしそうに呼んでくれた、あの可愛い高比良くんは一体どこに行ってしまったの……?
「そもそもピアスは校則で禁止だし……!」
「でもここは学校じゃないでしょ?」
高比良くんは目の前のテーブルを少しずらし、ソファーに座る私に覆い被さるように顔を近づけてきた。
「いいんだよ、今できればそれで」
ち、近い……! 無理だ、色々無理すぎる……!
「大丈夫、最初は俺も手伝うから」
私の手の中で高比良くんが安全ピンの針を出す。
「ほら、ちゃんと持って」
「は、はい……」
恐る恐る安全ピンの針をつまむと、その手を上から力強く握って固められた。
「じゃあまずは左耳からね」
高比良くんはなんの躊躇もなく耳に針を近づける。
「ちょ、ちょっと待って! せめて消しゴムか何かで耳を後ろから挟んで!」
耳たぶと針を固定しなくては、狙いが定まらず力もうまく伝わらない。
「必死だなー、わかったよ」
まるで他人事のような態度で、耳たぶの裏に自分の親指をあてた。
「はい、これでいい?」
全然わかってないじゃん……。
「そ、それじゃあ貫通した針が指に刺さっちゃうから……」
「別にいいよ、痛いのは慣れてるし」
高比良くんは聞く耳を持たず、そのままゆっくりと耳たぶに針を沈めていく。
「ちょっと待って! お願い、まだ心の準備が!」
美紗子の願いもむなしく、指先からブチッと一枚の皮が破れる音が伝わる。
駄目だ力が入らない……もう無理……。
「なに逃げようとしてるの? まだ貫通してないよ? ほら美紗子ちゃんのせいでどんどん傷口が広がっていってる」
針先から湧き出る赤黒い液が、ボトボトと膝の上に垂れてきた。
「無理……本当に無理なの……!」
「仕方ないなー、じゃあいくよ、せーの!」
美紗子の意思とは反対に、針は耳裏にある親指の感触がはっきりとわかるほど深く刺さった。
どうして……どうして自分の身体をこんなにも雑に扱えるの……?
高比良くんはすぐに針を抜き、手を血だらけにしながら真っ黒のスタッドピアスを無理やりつける。
「どう? 似合う?」
「ごめん……少し休ませて……」
「あれ? どうして美紗子ちゃんが疲れてるの? まだ何もしてないのに」
高比良くんは当てつけのような言葉をかけながら、ぐったりとソファーに寄りかかる私の腕を容赦なく引っ張った。
「はい、右耳はちゃんと一人で頑張るんだよ?」
最初渡されたものからは変わり果てた、血塗れの安全ピンが返される。
「上手にできなかったら、美紗子ちゃんの耳もお揃いにするからね」
色を失った高比良くんの笑顔には、黒いピアスがよく似合う。
そっか、真衣ちゃんの言ってたことって、こういうことだったんだ……。
希薄になる意識の中、頭に浮かんだのは親友の顔だった。
『ねえ美紗子ちゃん』
『んー、なにー?』
『美紗子ちゃん、高比良のこと好きなの?』
『は!? な、なんで!?』
『正直に答えて』
『い、いや全然!? そもそも私なんかが好きになっていいような人間じゃないし!?』
『そう、よかった……』
『も、もしかして真衣ちゃん高比良くんのこと……!』
『うんそうだよ、大嫌い』
『え……………………? ど、どうして!? 高比良くんたしかに無愛想だけど、悪い人じゃないよ?』
『美紗子ちゃん駄目だよ……理由は言えないけど、とにかく高比良だけは駄目なの……』
普段クラスの誰よりも穏やかで優しい真衣ちゃんが、まるで何かに取り憑かれたように目を血走らせた。
この時の深い憎しみと恐怖が混じったような真衣ちゃんの顔は、今もはっきりと脳裏に焼きついている。
『あの家族は……おかしいの……!』




