30.現実は残酷
エレベーターを出た先の長い廊下、美紗子は高比良くんのすぐ横を並んで歩いていた。
なんだか夢でも見てるみたい……。
昼間なのに薄暗いオレンジ色の照明。
土足で踏むのを躊躇するほど美しいカーペット。
そして何より隣を歩くこの男の存在そのものが、美紗子の現実を霞ませていた。
綺麗な顔……こんな下から見上げてるのに……。
人目がないのをいいことに、特等席から高比良くんの横顔を眺める。
教室で後ろの席から盗み見るものとは、まるで別物。
しかしそれもいいことばかりではない、真隣で瞬きもせずに恍惚と見つめていれば、当然高比良くんにもすぐに気づかれてしまう。
「何? 手でも繋ぎたいの?」
胸を締め付けるような、いたずらな笑みが見つめ返す。
「へ!? あっいや、全然そういうんじゃ!」
「冗談だよ、慌てすぎ」
冗談でも言っていいことと悪いことがある。
今の悪魔みたいな笑顔はなに? 冗談は顔だけにしてくれる?
隣を歩くことに耐えきれずフラフラになりながら一歩後ろをついて歩いていると、高比良くんは一番奥の部屋の前で立ち止まり、再びポケットからカードキー取り出した。
どうやらここが高比良くんの泊まっている部屋らしい。
「じゃ、じゃあ私はここで待ってようかな……」
「大丈夫、誰もいないから中入りな」
私の考えを見透かした高比良くんが、ドアを大きく開けて招き入れる。
なんだ、てっきりご家族がいらっしゃるのかと……。
「そ、それじゃあ……失礼します……」
玄関を入るとすぐに、ガラスの花瓶に飾られた大きな白い花に出迎えられた。
「川澄さんユリの花言葉って何か知ってる?」
ああ、これユリか……おばあちゃん家で見たことあるけど、言われなかったらわからなかった……。
風情のない人間ですみません。
「な、なんだろ……?」
「なんだろうね」
はい?
「え、知らないの?」
「うん、川澄さんなら知ってるかなって、なんか花言葉とかそういうの好きそうじゃん」
サングラスを外した高比良くんは、少しバカにしたように笑った。
それは一体どういう意味でしょうか……?
「じゃあノート取ってくるね」
「ああ、うん……」
しかし、すごい広さだな……。
薄々気づいてはいたけれど、やはり高比良くんの家はお金持ちだ。
顔も良くて頭も良くて、そのうえお金持ちって……。
優れた能力を持つ人間が、優れた容姿を持つ人間と結ばれ、そのどちらもを受け継いだ高比良くんのような人間が生まれる。
なんて残酷な世界なんだ……。
美紗子がこの世界の仕組みに絶望していると、すぐに高比良くんがノートを持ってきてくれた。
「はいこれ、ありがとね」
本来必要ないはずの感謝と共に、高比良くんがノートを差し出す。
ありがとうございます……ありがとうございます……。
ほっと胸を撫で下ろして目の前のノートに手を伸ばそうとすると、なぜが高比良くんが急に手首を返してノートを引っ込めた。
「あっそうだ、一つ聞きたいことがあったんだった」
え……?
大きくしなやかな手によって、ノートが一枚めくられる。
「ああ! ちょっ!?」
「ここに描いてある絵、これ俺だよね?」




