2.安達涼風
ぶつぶつ、ぐるぐる、ぶつぶつ、ぐるぐる。
高比良くんとの電話を終えた安達涼風は、意味のない独り言を口にしながら、部屋の中を落ち着きなく歩き回っていた。
「え……たかっ、な……えぇ?」
そんな突然「家に来てほしい」なんて。
これって本当に現実……?
ネットで仕入れた恋の駆け引きテクニックが効いたのだろうか。
ほとんど返信のない日々に何度も心が折れかけたが、あきらめなくて本当によかった。
ど、どうしよう……午後って言われたけど、何時に行けばいいのかな……?
宿題の量もわからないので、早めに行くのが無難だろう。
「あれ、今何時!?」
時刻はすでに十一時を回っていた。
こんなことをしている場合ではない。
えーっと、眉毛と爪はたぶん大丈夫……歯磨きはもう一回しておこうかな……。
そうだ、お風呂にも入らないと!
ルーティンのような簡単な仕度をこなすあいだ、脳内で緊急作戦会議を開く。
「ちょっと、すず! こんな暑いのに、昼間からお風呂入るの!?」
湯船にお湯を張っていると、驚いた母の声が飛んできた。
「ちょっと汗かきたくて……。あ、お昼は外で食べるから!」
お昼は食べないことにした。
時間もないし、緊張で喉を通りそうになかった。
「あら、何? 友達?」
「う、うん……。家にも行く予定だからさ、この前のお中元のお菓子、持って行っていい?」
「別にいいけど……」
「ありがと!」
いつもより素直に感謝を伝えると、急いで自室に戻ってクローゼットを開ける。
肩周りにフリルがあしらわれた白いノースリーブブラウスに、膝丈のデニムスカート。
下着は春休みに母が買ってくれた、一番高くて大人っぽいデザインのものを手に取った。
一応スカートだしね……。
「お風呂沸いたよー!」
リビングからでも母の声はよく響く。
「はーい!」
少しでも早くむくみが取れるように、半身浴をしながらマッサージをしてみよう。
ムダ毛の処理もあるため、湯船にゆっくり浸かっている暇はないのだ。
……あれ? そういえば、ムダ毛ってどこまで……?
こうして、少女が準備を始めてから一時間が経過した。
「よし、よし、大丈夫。いける、いけてる!」
ストレートアイロンで外巻きにした顎下までのボブ。
母に貰ったビューラーで上げたまつ毛。
メイクはまだ勉強中なので、日焼け止め下地と色付きリップだけ塗ってみた。
「すずー? 時間大丈夫なのー?」
鏡に指差し確認をしていると、リビングから再び母の声。
「もう出るー!」
最後にボディミストを手首と耳裏にひと吹き。
これでひとまず、心以外の準備は整った。
高比良くんの家は高校の近くにあるという。
通い慣れた場所ではあるが、電車通学の涼風は念のため早めに出ることにした。
宿題をトートバックに、お菓子を紙袋に詰めて、スニーカーの靴紐をきゅっと結ぶ。
「いってきまーす!」
湿気のないカラッとした晴天。
目指すは、本丸・高比良家。
安達涼風十五歳。いざ、出陣!