1 バイト
ーー古代メソポタミア。
ティグリス・ユーフラテス川に囲まれた肥沃な三角地帯。幾千もの都市国家を束ね、統一国家を作り出し、数多の魔法を操り半神として王となった女、アイーシャ・モハメッド。
そんな彼女は今、現代日本でーーー!
「なぜ妾がこんな下賤な事をせねばならぬのじゃー!」
倉庫バイトをしていた。
倉庫バイトは下賤なんかじゃないぞ!
(ある日起きたら急に日本とかいう訳のわからぬ国に、それも2000年もの未来に来てしまっていたのじゃ⋯⋯)
「うるせーぞバイト。早くそこの荷物持ってけ」
「出たなクソ主任! 妾はバイトなどでは無いと何度言えばわかるのじゃ!! 妾は数多の魔法を操る偉大なる王であり、イシュタルのお義母様と同じ豊穣神の現人神であるアイーシャ様なのじゃぞ!?」
「何言ってんだお前。早くやれ」
「くっ、覚えておれ……っ、いつか貴様にはこの屈辱の借りを返してくれるのじゃ……っ」
「いいからさっさとしろっての」
「くぅっ……お主のその無礼な態度、妾が変えてくれる!」
そう言うと、アイーシャはガラゴロと運んでいるダンボールを指差す。
「ふぃんがーだむーーー!」
そう彼女が言った途端、ダンボールはふわりと浮き、棚の上に乗った。
「ふはははははっ!ふははははは⋯⋯はぁっ⋯⋯はぁ⋯⋯これならば文句あるまい!どうじゃ!?」
「いやハンドリフト使えよ、これ使えばその100倍の量は持ってけれるし、そんな息切れることもないし」
「ハンド、リフト? なんじゃそれは?」
「え?マジで知らないの?」
「なんの魔法じゃ?」
「魔法じゃねぇよ。これだよこれ、こうやってシュコシュコやって、押すだけで物を運べるんだよ」
「おお、シュコシュコ! なんと便利な魔法じゃ! 貴様も魔法使いだったとは!」
「だから魔法じゃねぇよ」
__
「あの若造ぉ⋯⋯妾の偉大さが全く分かっておらぬ⋯⋯のぉレイカよ」
「んー、そうかもねー。てかメソっち昼休憩あと15分、15分。早よ食べちゃいなー」
「メソっちではない! 妾にはアイーシャという高貴な名前がー」
「はいはい」
「うぅぅぅ、レイカももう少し妾に敬意を持って接すべきなのじゃ! そのメソっちという呼び方をやめるのじゃ!」
そう怒りながらサンドイッチと紙パックの野菜ジュースを貪る彼女の名はアイーシャ・モハメッド(2673)。そしてこのバカみたいな話の相手をしているのは彼女、田中レイカ(21)。金髪ギャルである!
「分かっておらぬ⋯⋯妾の魔法を見ればそんな口は叩けないはずじゃ!」
「うーん、そだねー」
「その薄い板を見るのをやめるのじゃ! 妾を見るのじゃ!」
「これ板じゃなくてスマホね。前も言ったけど」
「どうでも良いわ! えぇい、とくと見よ我が魔法⋯⋯えたーなるふぁいあー!」
ぼっ、と小さな炎が指から出た。
「どうじゃ、火を起こせるのじゃ、すごいだろ」
「ライターでよくない?」
ぼぉっ!
アイーシャのそれより大きな炎が出た。
「くっ⋯⋯ならばこれなら。うぉーたーふぉーる!」
今度は水が出た。
チョロチョロと。
「水ならそこのウォーターサーバーにあるよ」
ちょうど清掃のおばちゃんがウォーターサーバーを使っていた。
たくさん水が出ていた。
ジョロジョロと。
「ぐはっ⋯⋯! なんという事じゃ⋯⋯しかしこれならどうじゃ、ふぃんがーだむ!」
今度は椅子が浮いた。
「んぐぐぐぐぐっ⋯⋯ふははどうじゃ!
この高さまで上がった椅子を落とされたら痛いゾォ。その破壊力は半端ではない!」
だんっ
椅子が落ち、控えめな音が鳴る。
「この動画見てみて」
「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯ん? なんじゃそれは?」
レイカが出したスマホを見る。
「はくげきほー? っていう兵器だって」
だガァダァダァダァだダン!!!!!!!!!!
凄まじい爆音だった。
「oh⋯⋯」
「ほら、もう昼休憩終わるよ。アタシ先行ってるね」
「あ、ちょっ! まっ⋯⋯待つのじゃ〜!」
ダダダダッと残ったパンと野菜ジュースを平らげると急いで追いかけた。