勇者のコイビト
毒姉が王太子と結婚したいから勇者の弟を利用するというコンセプト。本題はそこじゃないけど。
空腹で身体を動かすのもやっとだった。
思い出したかのように【キョウダイ】と言う輩が来て、殴る、蹴る。時には魔法の実験に使われて常に傷だらけだった。
それでも生きていたのは身体が丈夫だったのと、一晩休んだら回復していったから。
それを見て、誰かが叫んでいた【化け物】と――。
「ここで食べれる物を与えてもその場しのぎで意味がないか」
ぼろぼろの小屋にもたれてじっと座っていた自分に声を掛ける存在。
「環境を整えてあげたいが、それをする立場にないから生きるすべを与える。生きたくないと思っているかもしれないが、死ぬより生きてもらいたいと言う私のエゴに付き合え」
青い目が印象的だった。黒髪を三つ編みに縛っているその女性は冒険者という風情で食事をくれて、生きるためにと自分で狩りをする方法と料理の仕方を教えてくれた。
それだけではなく、彼女は僕に言葉を文字を教育と呼ばれる物を惜しげもなく与えてくれた。
ただ、名前だけ教えてくれなかった。
「名前はないのですか?」
僕のように、
「いや、名前はあるが、まだ名乗れないと言うだけだ。ああ、そうだな。――いつか教えるよ」
微笑んで告げたのを最後に彼女はいなくなった。
それから数年後無事再会するのだが――。
「はぁぁぁぁぁ!! なにこれっ⁉」
魔王を倒した勇者一行の元に、
『魔王を倒した褒美として、アングランド公爵令嬢カミーラ嬢を勇者エルリックの妻として与える』
という意味不明な手紙が届いた。
「アングランド公爵令嬢って、僕の記憶では王太子の婚約者だったよね!?」
エルリックは親友である魔法使いのジルコンに尋ねると。
「ああ。――バ……考えな……愚……まあ、ともかく次期王として足りないところをカミーラ嬢が補っていると言っても過言ではない素晴らしい方なんだが」
「言葉を濁したつもり? 濁してないけど」
弓使いのサリアが突っ込む。
馬鹿も考え無しも愚者もわざと言っていたんだろうな。なんてったってジルコンは王太子の事を毛嫌いしているから。
「あんなのが次期王だと考えただけで頭痛い」
「ならば、その地位を奪ってやればいいだろう。王弟の息子として」
ずっと黙っていた彼女が淡々とした口調で口を挟む。
「それをするのには大義名分が必要なんですよ。スイさま」
ジルコンの説明に、
「人の理は難しいな」
「そう言うものですよ。古今東西」
理解できないと首を傾げる彼女に、ジルコンは困ったものだと苦笑いを浮かべる。
「えっと……事の状況が分からないから詳しい話を聞きたいですね。断るにしても状況を知らないと穏便に断れませんし」
もしかしたら断ったらやばい案件もあるかもしれないので、なんでそうなったかを知りたい。と勇者のはずなのに腰が低くなってジルコンに頼む。
「ああ。そうだな。――実家の暗部に連絡とってみる」
と連絡して届いた報告は穏便に断ろうとした僕たちを怒らせるものだった。
「勇者よ。魔王退治ご苦労だった」
玉座に腰を下ろしているのは王太子。ジルコンの実家の暗部からの報告で国王陛下は重い病で倒れて動けない状態で王太子が代わりに政務を行っているとか。そう、好き放題に。
(自分に苦言をする婚約者であるアングランド公爵令嬢を遠ざけて、甘言ばかり告げる者ばかり優遇して、それを叱った実の母である王妃すら父である王の看病だけしていればいいと半ば幽閉していると)
遠ざけるいい大義名分として、アングランド公爵令嬢を褒美として授け、それに感謝した勇者である自分からとあるものを献上させようとしているとか。本来なら母である王妃のように幽閉させたかったが褒美として授けるつもりなのでアングランド公爵令嬢はこの場に控えている。もっとも、本来ならば婚約者である王太子の傍にアングランド公爵令嬢が居るはずなのにアングランド公爵令嬢は他の貴族と共に後ろに控えている。
で、王太子の傍に控えているのは僕の姉であるカーネリアン。
「事前に連絡したが、勇者エルリックには褒美として、アングランド侯爵令嬢と結婚をしてもらおう。で、勇者の姉であるダーゴイン子爵令嬢のカーネリアンを我が妻にする」
王太子の宣言にカーネリアンが嬉しそうに微笑むが、
「また此度の婚姻で勇者と我が王家の結束を高めるために勇者は聖剣を献上」
「――すべてお断りします」
内心王太子に怒りを覚えていたが、それを抑えあえて冷静に断る。
「王命だぞ!!」
「――勇者は国の支援を受けていますが、王に従ういわれのない存在です。ましてや、勇者が聖剣を手放すと思われたのが心外です。それに第一」
魔王退治をしてもらわないと困るから後方支援していた時点でwinーwinの関係だ。不満があれば他の国に出て行けばいいのだし、どこも引く手あまただ。聖剣の本質を理解しているなら勇者の傍から手放してメリットどころかデメリットしかない。
「貴方は王太子であって王ではない」
もし、これ以上ふざけたことを言うのであれば勇者として出る手段がある。
「つべこべ言わないでいう事を聞きなさいっ!! 勇者だと言われて図に乗っているんじゃないわよっ!! 誰が育てたと思っているのよっ」
キイキイと金切り声を上げる様に昔は恐ろしくて身を縮こませる事しか出来なかった。
「――育てた?」
鼻で嗤うとともに冷たい冷気のような殺気をこの場に放つ。
「化け物と呼び、残飯を頭から被せることを育てると言うんですね。知りませんでしたよ。姉さん」
器用に殺気を姉の方に集中して向けて、姉さんというところを強調する。
ジルコンの実家の調査ではもともと王太子とカーネリアンはそういう仲だったらしい。で、アングランド公爵令嬢との婚約があるから王太子になれただけで、朝廷ではいとこであるジルコンを次期王にという意見もあったから婚約を解消するつもりなかったが、僕が勇者になったことでカーネリアンが図に乗った。
そして、その姉が自分の言うことを僕が聞くと散々王太子に言ったことで、王太子はよりによって勇者しか使用できない聖剣を欲したと言うことだ。
(うん。殺していいかな)
報告を聞いた時からずっと思っているけど、我慢しなくていいよね。
「落ち着け」
彼女がそっと手を前に出して止める。
「うん? なんだお前? こんな女もいたか?」
王太子が首を傾げる。王太子の知っている勇者一行は僕とジルコンとサリアだけだろう。………魔王を倒すメンバーが少ないのはさりげなくジルコンが魔族にやられて死なないかなという気持ちがあったからだそうだ。腐っているな。
まあ、こっそり、陛下が信頼できる部下を王太子にばれないように送り出してくれたが、王太子を押す一派を下手に刺激させたくないからという理由と陛下と妃殿下の信頼できる部下を送り出したことで面倒ごとが起こりそうだから公に出来なかったとか。
実際面倒ごとは起きてしまったし。
「ああ。というかたぶん私が一番エルと長くいるし、エルの伴侶だ」
彼女は王太子の前でも堂々と宣言しているが、もっとネタ晴らしは後にしてほしかったとサリアが嘆いている。
「はぁぁぁっ⁉ お前、褒美に公爵令嬢を与えると言っておいたのにその女は何だっ!!」
無礼者と叫ぶ王太子に、
「だから早いと言ったのに~」
とサリアが泣き声をあげる。
「いや、そうでもないぞ」
ジルコンが告げたと同時に、
「何をやっている!!」
と陛下を支えた状態で現れる治癒者のアイリスと妃殿下を落ち着かない感じでエスコートする暗殺者のグリードの姿。
「王サマやっぱ、毒盛られていたわ」
「……呪いだったら手も足も出なかったけど、毒なら何とかできる」
グリードの言葉にアイリスが答える。王直属の配下である二人にすぐに陛下と合流してもらってよかったなと安堵しつつ、
「馬鹿だ馬鹿だと思ったが、ここまで馬鹿だったか……カミーラ嬢すまなかったな。こんな馬鹿のために無駄な時間を使わせて」
「――いえ。王命でしたし、この自爆王子……いえ、大間抜け王子……王太子に国を任せるわけにはいかないと思っただけです。ですが、少しでも国を思うならジルコン様に王太子の座を与えてください」
ずっと黙っていたのにとんでもないことを言い出したことにみな目を大きく見開いてしまう。
「ふざけるなっ。王になるのは俺に決まっているだろう」
と喚く元王太子に、
「人の王よ。少し遊んでいいか」
彼女がいきなり言い出して、
「……血を流さないでもらいたいのですが」
「そんなことはしない。――私は、あくまで世界を崩壊の抑止力だからな」
彼女の言葉に、許しは出たと判断して、こっちも憂さ晴らしさせてもらうかと、
「――僕の手に。水鏡の月」
と命じると同時に彼女の人としての姿が溶けて、どこまでも澄んだ刀身の一振りの偃月刀に変化して僕の手に収まる。
「これが聖剣【水鏡の月】ですよ」
収まったと同時に元王太子の鼻先に突き付ける。
「これが聖剣………がはっ」
「殿下!!」
カーネリアンが慌てて駆け寄って、
「あんた何をやってくれるのよっ!! 姉の言うことを聞きなさい」
「――姉なら姉らしいことをしてください。僕に生きるすべも生きるために必要な事はすべて、人の姿に擬態していた水鏡の月が教えてくれました。そう、我慢しないと殺してしまいそうになる澱んだ感情を暴走しかかっていた力の使い方も向き合い方も」
そこまで告げて、今までされるがままになっていた化け物の本質に気付いたのかカーネリアンは青を通り越して真っ白になって後退る。
僕から逃げるために。
「人間の姿に」
命じると。
「もういいのか?」
もっとしたかったと言う感じの彼女に向かって、
「ここからは人の理に任せないと。ねっ、ジルコン」
「ああ。そうだな。スイさまにさせたら聖剣の価値もエルリックの立場も悪くなりますので」
僕自身は立場が悪くなっても構わないが、彼女の価値が下がるのは駄目だと思う。
「エルの立場が悪くなったら困るな」
同じことを彼女も思っていたのがその呟きから感じ取って嬉しくなってしまう。
つい、彼女見つめると彼女もまた見つめてくれて二人で笑い合う。
「そこで二人の世界を作らない」
「仲いいからいいじゃねえか。ってか、勇者と聖剣の絆を断ち切る意味理解できてないって、かなり問題あるな。こいつ」
グリードは持っていた暗器で元王太子とカーネリアンを甚振っている。よほど、自分とアイリスが離れていた時に守るべき主君が毒を盛られたのだ。おそらくこの王太子の一派によって、甚振りたくなるのも仕方ないだろう。
「大体な~。あんたらの家はエルリックを名前で呼ばなかっただろうが」
「エルリックの名前。戸籍でかろうじて分かっただけ」
アイリスの言葉に頷く。それで育ててもらったと言える図々しさはさすがだと思うけど、いくら何でもやり過ぎだ。
まあ、後は陛下達が何とかするだろうし、ジルコンの王太子になるのは楽しみだからこんな奴らのことはどうでもいいかと思って用件は済ませたので、
「帰ろうか」
「ああ。そうだな」
彼女の手を握り、王太子たちが兵士に連れて行かれる騒ぎのどさくさで抜け出していく。
「人の理は難しいな。やはり。教えたことが身分ごとで違ったし」
「まあ、それはジルコンたちが教えてくれましたし、あいつらが居るから僕は人間で居られますから」
そう。化け物と言われて暮らしていた自分に最初に手を差し出したのは彼女だった。それから彼らと仲良くなり、
『久しぶり』
彼女と再会した時も一緒に居て、ともに魔王討伐についてきてくれた。彼女が悪いやつかと警戒して守ろうとしたのは後にも先にもあいつらしかいない。
「ジルコンが王になる時はまたお祝いに駆け付けましょうね」
「それよりも先に公爵令嬢との結婚だろう。どう見ても両思いだろうし」
彼女が気づけるほどあからさまだったことにジルコンも油断していたんだなと思いつつ、
「これからどうしましょうね」
と二人の未来に想いを馳せるのだった。
その後ジルコンは公爵令嬢にプロポーズして了承してもらう。
暗殺者のイメージは刀剣乱舞の肥前くん




