前編
学校法人女子立身会、通常立身女子は、社会のさまざまな分野において活躍できる女子の育成を目指して設立された名門校。数ある女子校のなかにあって、お嬢様学校という評判と自由な校風を両立する、独特の教育方針で知られる。
中高では制服こそあれ、よほどだらしない着方をしていない限りは咎められることも無い。髪型や髪の色にも規制はなく、化粧やアクセサリーすら禁止されてはいない。
その自由さに憧れ、毎年多くの受験者が押し寄せる人気校である。
教育にあたっては、進学に備えた教科指導と社会で活躍する女性に成長するための実学、そして視野を広め自分の可能性を切り開くための課外活動に力を入れている。
こと部活動においては、運動部と文化部ともに輝かしい実績を残している。が、他校と大きく異なるのは、長時間の練習や厳しい規則・上下関係などで部員の自由を縛ることは決してしないという点。それは何事においても生徒自らが考えたり話し合ったりする過程を経て成果を出すことが学園の目指す教育にかなっているから。
そして同時に、自由な部活動のかたちは多くの受験生を呼び寄せる魅力のひとつとなっている。
だがこの教育方針、厳しい校則や長時間の練習が結果に繋がると信じる他の学校関係者からは煙たいものでもある。好成績を収めながらも、数々の縛りのなかで行う部活動に嫌気の差した中学生が、もっと自由に同じ競技をやりたいと思って学園の入試に挑むケースが少なくないのだ。
だから、運動部の全国的活躍で名を売る他の学校にしてみれば、どうしても欲しい逸材を奪われたような形になってしまう。
だが幸い今のところは、金の卵と言える女子生徒が全てこの学園に集うという事態にはなっていない。ある理由から、この学園を敬遠する生徒もいるためだ
対外活動に熱心な多くの学校がそうであるように、この学園でもチアリーディング部は花形の部活動。
もちろん自由の学府を標榜している以上、一年生でも積極的に演技や応援に参加させる方針で部活動は運営されている。運動部にありがちな、一年生が雑用などを一手に引き受けるようなことは一切禁じられていて、学年に関係なく全員でする決まりになっている。
もちろん、「上級生になっても掃除や洗濯をしなければならないのは納得いかない」という理由でこの学園を避ける生徒もいるらしい。最初の一年我慢して上級生になれば雑用から解放されるのだから、と。
だが、それだけがこの学園を避ける生徒のいる理由ではない。中学時代、部活動で輝かしい成績を残した生徒のうちの結構な数が、あえて他校を選ぶ理由は別のところにある。
ところで、昨今ではマスコットキャラクターのいる学校も増えてきた。立身女子第一中学・高等学校を中心とした学園のマスコットは鳥をイメージしている。それは火の中に身を投じても復活する伝説の鳥フェニックス。くじけても立ち上がる不屈の精神を表している。
このマスコットは学園のPRに一役買うとともに、各運動部が大会に出る際には応援席に触る生徒やその家族・関係者がマスコットの描かれたうちわやメガホンを持って応援する。
もちろんチアリーダーも、不死鳥や火の鳥とも呼ばれるフェニックスにちなんだ、赤と黄色をあしらったユニフォームに身を包んで選手達に声援を送る。
そして今や、マスコットキャラクターを二次元から三次元へと具現化させることもよくある。
もちろんこの応援席にもひときわ目立つ、フェニックスのマスコットがいる。
陽の光を浴びてキラキラ輝く翼をはためかせるその姿は凛々しい反面、丸みのあるフォルムは可愛らしい。キラキラ輝く大きな目。にこやかに微笑むくちばし。大きな脚でステップを踏み、全身全霊をもってチームに元気を与えようとしているさまが見える。
そして迎えたゲームセット。チームは応援の甲斐あって見事に勝利を収めた。応援スタンドから歓喜の声が沸き上がり、チアリーダーとマスコットがそれをさらに煽る。昼下がりの太陽も勝利を祝うかのようにスタンドを照らし、フェニックスの羽に一層のきらめきを与える。
ひととおり勝利の儀式が終わり、応援に来た生徒をはじめとする観客を、チアリーディング部員とマスコットが見送る。フィールドの選手たちもすでに帰り支度を終えている頃。応援の主役たちがこの場を離れるのは一番最後となる。
観客席にごみや忘れ物が無いかチェックするのもチアリーディング部員の大切な仕事。幸いマナーの良い生徒たちなのでそういったものはほとんどない。ほどなく全員引き上げという次第となり、部員たちは行儀良く控え室へと向かう。ひと仕事終えてほっとしたところだろう。
ところが、一息ついてもいられない数名と一羽の集まり、そう、フェニックスもお帰りとなるのだが、これがひと苦労。数名の部員もそのために残っている。
羽を広げると二メートル近くなる大きな身体。直径一メートル前後の頭と胴体。それらを支える大きな足。およそ運動競技場の観客席は通路がさほど広くない。一番最後まで観客席に彼女らが留まっているのは、他の観客の邪魔にならないためでもある。
しかもこのフェニックスさん、歩くのが苦手で、左右をチアリーディング部員が支え、歩く方向に身体を誘導してもらわないといけない。精一杯翼をすぼめて、大きな足をゆっくり一歩ずつ踏み出してゆく。
最大の難所である階段を降り切ると、控え室へとたどり着く。すでに大活躍したチアリーディング部員たちは、心地よい疲れを癒しているところ。
控え室の扉を、フェニックスを支える部員のひとりがノックし、全開にする。そして、のっそのっそとフェニックスさんも、部員たちのリードで入室。すでに待っていた他の部員たちからは、ねぎらいの声がかけられる。フェニックスもそれに応えて、羽をばたつかせて喜びを表現する。
フェニックスと、サポートする部員は控え室の一番奥に設けられた、カーテンの囲いの中に進む。そのカーテンを二人の部員が開くと、身体を左右に揺らしながらフェニックスが中に進む。
彼女は、椅子に座ることもこれまたひと苦労だ。何せ自力で椅子のある場所を見つけられないのだから。もちろんサポートのチア部員に連れられて、せーのの合図で腰掛ける。
これで、本日のマスコットとしての務めは終了。ようやくひと息、といったところ。
だが、もうひと頑張りしないと、本当にひと息つくわけにはいかないのだ。
マスコットであるフェニックスのサポート役を務めていた二人のチアリーディング部員が、フェニックスの大きな頭を二人して抱きかかえる。
そして、息を合わせてぐいっと首を持ち上げる。すると、「ぷはぁ」
中から、汗だくの少女が姿を現す。
立身女子第一高等学校チアリーディング部は、全国大会の常連校。部員には地元のチアリーディングクラブなどで幼い頃から経験を積んで来た者も少なくない。
首よりも上以外、全身をフェニックスの装束に包まれたまま、荒い息を整えている彼女も、物心ついた頃にはチアの世界に飛び込み、強豪クラブで活躍してきたエリート中のエリート。だが彼女は面下と呼ばれる、目鼻口だけがかろうじて露出するキチキチの頭巾のようなものをかぶったままで、顔面を汗でびしょぬれにして呼吸を必死に整えている。
マスコットキャラクターの大きな動くぬいぐるみには、たいてい人が入っているらしい。
もちろん、「そんなことは無い、あの子たちは生き物なんだ」という異論もあるようだし、それをむきになって否定する必要も無いのかもしれない。
だが、中に人が入ることではじめて動き出すマスコットも存在するのは確かで、それを子どもに伝えるかどうかは別の問題。そして、立身女子のマスコットであるフェニックスは一年生のチアリーディング部員が着る決まりになっている。
マスコットキャラクターの大きさはさまざまで、入る人が必要な場合、その身長に制限があることも多い。立身女子のフェニックスは身体と比較して大きめの翼をもつ。すなわち背の高い生徒が着る想定だと、その分翼も長くなり移動のさい支障が多くなる。
そのため、マスコットを演じる生徒の身長は少しでも低い方がいいのだが、身長でマスコット役を抜擢したならば、特定の部員に負担がかかり、自由で平等な学府を目指す学園の方針に矛盾する。
そのため、一年生部員全員が当番制でフェニックスのぬいぐるみを着せることで、応分の負担を実現させたのだった。一年生に限った理由は、まだ身長が発展途上である部員の割合を少しでも増やすためだ。
「こんなの、レギュラーになれない子がやればいい。私みたいなスター候補がどうしてこんな下積み生活をしなきゃならないの?」
などと不満を抱くような生徒は、この学校の部活動には向いていない。誰もが大変だと思うこと、できれば避けたい、自分より実力の無い誰かに押し付けたい、そういう気持ちが仮にあったとしても、それを表に出さず与えられた役割を果たす。
それがこの学校で求められる生徒像であるし、それを嫌がるチアリーディング経験者もいることから、結果として受験者数の調整弁となってもいる。
マスコットは初夏の太陽を浴びて、内部にものすごい熱を蓄えている。たが室内はすでにサポート役の部員はウィンドブレーカーを着ているくらい涼しくなっている。
マスコットのぬいぐるみを急に脱がすと、身体が急速に冷えて風邪をひくことがあるとの経験則が部には伝えられている。頭部のみを脱ぎ、面下も付けたまま、少しずつ装束を解体していく。そう、服を脱ぐというよりは、人形を解体すると例えた方が良いくらいの重労働。
解体する方も大変だが、それを着ている本人はもっと大変。こうしている間にも滝のような汗が止まらず流れ続けるから、水分も補給しながらの「解体」作業は続く。
勢いで書いていたら思っていたより長くなり、急きょ前後編にしました。ぬいぐるみ(きぐるみ)がテーマになると筆が進みます。