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はなとあくと!  作者: 未知 環
7/7

はなとあくと!7

気ままな更新(気まますぎ)


「おつかれー!」

「「「お疲れ様でしたー!」」」



控室に集まり、着替えながらプチ反省会を行う一同。



「殺陣上手くいってほんと良かったぁ~真宵ちゃん当たってない?大丈夫?」

「俺は大丈夫じゃ! 竜馬さんもう抜けていいよー! わかったぜよ!」

「大丈夫そうね~。撫子ちゃんもお疲れ様、明かりのタイミングナイスだったわよ~! 次は出られるといいわね!」

「ありがとうございます!!」



3年二人の殺陣は完璧と言って差し支えなかった。特に3撃目、竜馬が鞘で受け流す場面はタイミングがシビアで、稽古時の成功率は五分だった。血糊袋を破る必要があったため、あえて少し当てなければならない難しい場面だった。


全体を見れば上出来な近江屋事件だったが、一つだけ失敗もあった。



「ごべんなさあああぁい・・・しおんせんぱぁああい」

「もう、大丈夫だって言ってるのに・・・ちょっと擦っただけだからさ~」



慎太郎が脇差しで反撃する場面で、薺がタイミングを誤り、腕を掠めてしまったらしい。

使った刀は、もちろん真剣ではないし、そこまで硬い訳では無いが当たればそれなりに痛い。稽古の時はあまり失敗しなかっただけに、薺のショックはかなり大きかったようだ。



「ほら! 跡にはなってないから! 」

「で、でもぉ・・・」


それでも泣き止まない薺を向日葵が慰めに入る。



「紫園もああ言ってるんだし、もう大丈夫だからね。ほらせっかくの美人が台無しよ、これで拭きな」

「うぅう・・・ひまぁあ・・・」

「ひまって呼ぶなぁ!」



ハンカチで涙を拭き、頭を撫でる向日葵。まるで姉妹のようだ。



「さしもの紫園さんも幼馴染の絆には勝てませんなぁ~」

「部長も一緒に召されればよかったのになー」

「それは言いすぎじゃないかねぁ!?」

「早く竜馬さん落としてきてくださいよ」



向日葵のお陰で、なんとか一件落着となった。

多少のアクシデントはあったが、撫子初めての舞台(裏方だが)は無事成功に終わった。



◇ ◇ ◇ ◇



会場に戻ると、世良が目を輝かせながら駆け寄ってきた。



「あの展開はどなたが考えたんですの!?」



『あの展開』とは、刺客の事だろう。

既に述べた通り、どのテレビや漫画、小説などを見ても、竜馬暗殺の犯人は京都見廻組であるというのが定説だ。次点で新選組説があるが、それもまた証拠不十分である。



「あれは鹿子の脚本だぜ、この子ね」

「どうも~」

「興味深かったですわ! でも薩摩藩士だったとしてどなたなんですの?それに理由がないですわ!」



世良の言うことは最もだ。薩摩藩の西郷隆盛は武力による倒幕を目指していたものの、最終的には竜馬と同調し『味方』だったと言っていい。実際大政奉還後、新政府参謀にもなっている。



「私、母方の名字が松平なんです。ささやかな意趣返し・・・みたいなものですかね~」

「そのようなわけがお有りとは・・・感服いたしました・・・・・・」



松平とは、徳川家の元になった性である。新政府樹立後、戊辰戦争では旧幕府側勢力として戦い、そして敗れた。戊辰戦争の仕掛け役である薩摩に対して思うところがあったのだろう。


穏やかで部のママのような存在である鹿子が、復讐のために脚本を改変したことに、撫子は驚きを隠せなかった。



『只今より2組目、風見鶏高校芝居部の発表です。皆様ご着席ください。』



その頃舞台裏では・・・



「なぁひな」

「なんでしょうか部長」

「さっきの芝居・・・どう思う?」

「そうですね・・・」



少し考え、無愛想に感想を述べた。



「つまらなかった・・・ですね」


「やんなぁ~。期待しててんけどあんまりやったなー。みんなお芝居自体わるないねんけど、なんかはまらんかったなぁ」

「脚本のせいもあるかもしれませんね。待宵さんはより豪快な方が力を発揮できそうですし、中岡慎太郎をやられていた方、少し役不足だったように思います。あの役ではポテンシャルを発揮できていないような」

「磨けば光りそうやのに、惜しいなぁ・・・。まあええわ、ほならわいらが本物のお芝居っちゅーもん見せたろか!」


そういうと、牡丹の雰囲気が変わった。

表情だけでなく、姿勢さえ役通りに塗り替える。こうなると劇が始まるまで一言も話すことはない。

牡丹曰く、役に合わせて創った人格を、自我と『交換』しているというが、陽向には正直良くわかっていない。


ブザーが鳴り、物語が始まる。


牡丹が演じるは、中国の長き歴史の中で、今も尚最強と名高い戦国の勇。陳宮をして、「善く戦って前に敵はいない」と云わしめた。



その名を、『呂布』



◇ ◇ ◇ ◇



「しーさ」

「はい、なんでしょう」

「時々目にウニョウニョした何かが写り込んでくる時あるじゃん」

「あぁ、飛蚊症のことですよね・・・」

「そうそう、アレの別名、ムスカイボリタンテスっていうらしいよ」

「へー、なんかギリシャ神話に出てきそうな名前ですねーかっけー」

「かっけーよなー」

「もう! そろそろ現実逃避やめてくださいよ!」


向日葵の叱咤を無視する変なテンションの待宵と紫園。

薺は『お花を摘みに行ってくる』と告げてから全く帰ってこない。残る鹿子は、皆を優しく見つめている。


このようなカオスが出来上がってしまったのは、今から10分ほど前。

交流会2組目、風見鶏高校芝居部の発表がきっかけだった・・・。




「我こそが天下無双の武、呂布奉先なりィ!!」




その雄たけびは、会場にいる全生徒の目を釘付けにした。


風見鶏の演目は、『三国志 呂布伝』。いわずと知れた最強の武将、呂布を主役に据えた外伝である。

丁原、董卓といった主君を裏切り、最後は部下に裏切られ散った、哀れにも最強の武将。

演じるは部長、木ノ葉牡丹だ。


彼女の『覇気』を、皆肌で感じた。鬼気迫る表情、圧巻の殺陣、およそ女子高生の限界を超えているであろうセリフの『圧』。それらは、撫子達を怖気づかせるには十分だった。


彼女1人だけなら、それほど怯みはしなかっただろう。しかし風見鶏の本質は、その数にあった。

20を越える部員数は、合戦を表現するのにはうってつけだった。董卓や曹操などの重要人物から、やられ役の兵士に至るまで、全員が役割を完ぺきにこなした。まるで大河ドラマを見ているような、そんな錯覚に陥ったほどだ。


それを見た観客の脳は、名作RPGをクリアしたときの満足感に喪失感そして、得も言われぬ無力感に襲われた。



閉幕後、待宵達はしばらく言葉を発することができずにいた。

感動していたから、余韻に浸っていたから、それもあるが、


『打ちのめされていた』からというのが大きかった。



「あ~疲れた~! ・・・お?なんや空気おもない?そんなにわいらの芝居つまらんかった!?」



戻ってきた牡丹の煽りに反応したのは、待宵・・・



「いえいえ! すっごく面白かったです! 呂布がかっこいいのなんのって! でもその中にある人間性、孤独を嫌うが故の人間不信・・・その表現が見事で・・・! それにあの殺陣もすごかったです! あんな大胆に振り回して怪我したりしないんですか!? 」



ではなく撫子だった。


一華の全員が撫子を凝視した。それもそうだ、彼女の感想の中に負の感情は一切なかった。役を持っていなかったとはいえ、この世界に入った撫子ならこの力の差が理解できるはずだ。なのに彼女は微塵もそれを感じさせなかった。


「ほーん・・・・・・君、見る目あるなぁ。名前はなんちゅうの?」

「え?・・・花笠・・・撫子です!」

「撫子ちゃん、かいらしい名前やなぁ、覚えた!君は裏方専門なん?」

「あ、いえ・・・まだ入ったばかりなので・・・・・・今は練習中です!」

「そうなんか。がんばりや! 応援してるで~!」

「あ、ありがとうございます!」


牡丹達も席につき、各々が雑談し始めた。



・・・というのが事の顛末である。


「撫子・・・あんたって実はメンタルかなり強かったりするわけ?」

「え、いや、そんなことはないと思います・・・なんなら結構落ち込みやすい方な気がします」

「嘘つけぇ!」

「えぇ!?」


珍しく向日葵が声を荒らげている。


「なんにしても撫子には元気づけられたよ、私ももっと頑張らなきゃ。ね?ムスカイボリタン部長!」

「人を赤血球の塊みたいに呼ぶでないわ! 語呂悪いし!」


皆の雰囲気が少し明るくなってきていた。


「まぁ風見鶏を招待した時からこうなることは分かってはいたんだけどね~。ダメ元の招待に応じてくれたこと自体奇跡だったし」

「そんなに有名なんですか?あそこ」


面倒くさがりの部長の代わりに、見守っていた鹿子が説明してくれる。


「界隈からはかなり知られた学校よ。『宝島音楽学校』や『劇団咲』出身者の三割を占めると言われているわ」

「さ、三割!?確かにそれは奇跡ですね・・・すごい御人とお話しちゃったかも・・・・・」

「でも次は来てくれないだろうなぁ・・・」

「ですよねぇ・・・・・・」



なんだかんだでいつもの雰囲気に戻った演劇部の面々。


しかし、交流会はまだ終わってはいない。

ラストを飾るのは、聖エスメラルダ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



1337年。王位を巡りフランス国内は混乱を極めていた。血を分けたイングランドはそれに乗じ、フランスの王位継承権へ介入していく。これがいわゆる百年戦争である。


およそ百年後の1453年。シャルル7世の治世によってこの戦争は集結することになるが、劣勢だったフランスを勝利に導いたにも関わらず、政治のために非業の死を遂げた1人の女性がいた。その名は・・・



ジャンヌ・ダルク。



物語は、辺鄙な小村で生まれ育ったジャンヌが、『神の声』を聴く所から始まる。

演じるは、烏丸世良。聖エスメラルダ演劇部の部長だ。


「・・・?どなたでしょうか・・・?」


物腰柔らかく、それでいて決して弱くはない。黄金の髪を靡かせる姿が美しい。

神はこう仰った。



『イングランド軍を殲滅し、ランスにて、王太子シャルルをフランス王に就かしめよ』



ジャンヌの前に天使が一人、聖人が二人現れる。大天使ガブリエル、聖カタリナ、聖マルガリタの3名である。

眼前に顕れた聖人達の神々しさに、ジャンヌは泣き崩れた。



「しかし、私ごときがそのような・・・・・・いえ・・・我が天命、然と賜りました・・・!」



長い葛藤の末、ジャンヌはその声に従うことを決めた。



3年の時が経ち16歳となったジャンヌは、故郷を離れ、従軍する決意を固めた。


彼女はまず、ニシンの戦いでのフランス軍敗北を予言した。

当初聞く耳を持たなかった守備隊長ロベールだったが、この的中を受け、シャルル王太子のいるシノン訪問を許可した。

この頃からジャンヌは男装をしていたと言われている。



「こう長くては戦いの妨げになりますね・・・」



少しの思考の後、世良は持っていたハサミで肩から下の髪を切り落とした。


驚愕の声があちこちで聞こえた。たかが一つの劇のために髪を切り落とす女子高生がいるだろうか?


ここから物語は、着実にテンポを上げていく。



王太子であるシャルル7世は、狂った両親の影響もあり弱気になっていた。そのためジャンヌの言葉をすぐには信じられず、聖職者達にジャンヌの信仰心を試させた。


ジャンヌが神の事や予言に関して話す時は、常に光悦とした表情であった。そこに疑いの余地はなかった。



「皆さん、祖国に勝利をもたらすのです!」

「「「オー!!!」」」



ジャンヌは、キリストと天使、王家の家紋である百合の紋章が描かれた軍旗を振りかざし、兵士たちを鼓舞激励した。聖女の後押しを受けたフランス軍は、瞬く間に戦いに勝利し、占拠されていた領地を奪還していった。


この時奪還したオルレアンという土地の名前から、『オルレアンの乙女』とジャンヌは呼ばれている。


その後も破竹の勢いで勝利していくフランス軍。ついに大聖堂のあるランスを奪還するに至った。これにより、シャルル王太子は戴冠式を行うことが可能になり、晴れてシャルル7世に即位した。



しかしジャンヌの快進撃もついに終わりを告げる。

和平交渉をしたがっていたシャルル7世と、パリ奪還を進めようとしていたジャンヌは対立してしまう。彼女はその後転落の一途を辿り、そして『異端』として処刑されてしまう。



「先の判決を顧みず、改悛の意思もなく男装を続けたとして、汝ジャンヌを異端と判断し、死刑に処す!」



ヴィエ・マルシェ広場、高い柱に縛り付けられたジャンヌは、火をつけられるその瞬間まで毅然としていた。


「もし」

「・・・なんだ?」

「十字架を、見えるようにしていただきたいのです」


執行直前、自分の服に隠れた十字架を見えるように、とジャンヌは修道士に頼んでいた。このような厚い信仰心をもった彼女が『異端』とされ死に追いやられた事実は、彼女が列聖された今でも消えることはない。



松明の火が燃え移る。チリチリという音と、燃え盛る赤黒い炎が感覚を支配する。



「・・・ぁああ」



目を閉じ、眠っているかのように静かだった世良から声が発せられた。苦しみに耐えんとするうめき声は、やがて怒りの叫び声へと変わっていった。



「あああぁあぁぁああ!・・・殺してやる・・・コロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤル!」


憎悪に満ち溢れた嘆かわしい叫びがこだました。



「「キャー!」」


少しして、そこかしこから悲鳴が聞こえてきた。


その訳は、彼女の頬を滑る物にあった。それは・・・



『血涙』だった。



燃え盛る火炎の中血涙を流し、足者の死を渇望する女が、そこにはいた。


およそフランスを勝利に導いた戦乙女や、神に仕える聖女には到底見えない、見えるはずがなかった。



「・・・魔女じゃん」



待宵は、興奮した様子でそう呟いた。



◇ ◇ ◇ ◇


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