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はなとあくと!  作者: 未知 環
6/7

はなとあくと!6


とある政治家と、とある学者の間に最初の子供が生まれた。


早産で体重は1900グラムしかなかったが、その女の子は、なんの障害もなくすくすくと育った。


2歳で妹が、3歳で二人目の妹が、5歳で弟が生まれた。


長女は6歳で我慢することを覚え、7歳で建前を身に着けた。


共感し、同調すること。それが『この家』で、ひいては、社会で生き抜く術だということを、その小学3年生の小さな女の子は理解していた。


似たような環境で育った子たちは皆建前を持っていて、上辺だけの会話や、わざとらしいゴマすりが段々と嫌になった。嫌よ嫌よと思いながらも何も変えられない自分もまた、嫌になっていった。



中学二年の時、やたら声の大きい赤髪の子と同じクラスになった。一年の時から有名だったから、その子のことは皆知ってた、問題児だってこと。

曰く、クラスメートを泣かせたとか、先輩をボコボコにしたとか、先生を論破して泣かせたとか・・・。悪い噂が跡を絶たなかった。



放課後、その子に声をかけられた。


「ねえ君! 洋画好きなんだって?好きな俳優とかいるの?」


面倒事は御免だが、待宵の母は有名な女優でコネクションを作っておくのも良いかもしれない。


「あら鎧塚さん、ご機嫌よう。そうですね・・・ブラッド・ピトォー様など素敵だと思いますわ」

「へ~おっさんが好きなんだ!」


おっさん・・・?


「え、えぇ。昔も好きでしたが、今のダンディな雰囲気も独特でかっこいいです」

「なんとなく好きになれなくて出てる映画あんまり見てないんだよね~。オススメの映画とかある?」


だったら観なくていいと思いますけど・・・??


「そ、そうですね、特に気に入っているのは『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』でしょうか」

「あぁ~! レオ様の金魚のフンしてるやつだ!」

「は?」


お嬢様学校というぬるま湯に浸かっていた鹿子にとって待宵は、最早サウナ。ロウリュウバチギメである。好きなものを馬鹿にされることなど人生で初めての経験。鹿子は経験したことのない憤りを覚えた。


「失礼ですね・・・観たことはあるんですか?」

「いやないけど・・・どうせ大物使っときゃ売れるだろ的な映画でしょ?」


カッチーン・・・ そんな音が聞こえたような気がした。


「この痴れ者が! 観てもないのにわかるんですか?利口ぶって語ってますが、前評判だけで判断するなんてほんとうに脳みそがおありですか?その赤い髪は脳漿が飛び出てそうなったんですか?第一ベテランを採用することの何がいけないんでしょうか?新人ばかりで締まらない映画よりよっぽどクオリティが高まると思うんですが。あなたは・・・」


ここまで言って我に返った。13年生きてきてここまで早口で喋ったことはなかったし、汚い言葉を使ったのも初めてだった。他の生徒たちが既に下校していたのは不幸中の幸いだった・・・。


「えと・・・申し訳ありません、取り乱してしまって・・・」

「・・・プッ」

「え?」


「アッハッハハハハハハ!」


腹を抱え爆笑する待宵。鹿子は恥ずかしさが怒りに勝り、教室を出ようとした。


「もう知りません!」

「はぁ・・・あ! ちょっと待ってよ!」

「なんですか!」



「だったら一緒に観てくれない?そこまで言うからには面白いんでしょ?」



この後なんて言ったのかは覚えてない。


でもこの日から、確実に人生は風向きを変えた。


親友が教えてくれた、私も知らなかった私の事。



「たまには主役になるのもいいかもね・・・」


「何の話?」


「なんでもないわよ、おたんこなすさん」


「・・・悪口の才能あるんじゃない?」




◇ ◇ ◇ ◇




交流会当日。場所は一華学園、体育館。

本来観客は2階に座るのだが、交流会中は1階にテーブル席を設け、発表する組以外はそこに座ることになっている。


今回参加するのは、兵庫は私立風見鶏高校、愛知から私立聖エスメラルダ学院、そして撫子の所属する一華学園の計3校である。


いずれも待宵個人の人脈で集めたもので、どうやって集めたのかと聞いたところ、


「社交の場は大人だけのものじゃないってことさね~」


だそうだ。



メイクや衣装合わせを済ませ会場に入ると、先客がいた。



「あら鎧塚さん、ご機嫌麗しゅう。この度はお招き頂きありがとうございます」



そう丁寧に挨拶したのは、烏丸世良からすませら。聖エスメラルダ学院演劇部の部長を務めている。

金色の巻紙に白を基調とした制服。頭にはウィンプルをかぶっている。キリスト系の学校なのだろう。

部員数は8。皆部長と同じような格好をしている。



「いやいやぁこちらこそお越しいただきありがとうございます! とまぁ堅苦しいのはこの辺にして・・・・・・『ファンタプ』の新しいやつみた?」

「もちろん・・・もちろん観ましたとも! まさかアルバ校長がそっちだったなんて・・・」

「だよね! 物語の主軸とは関係ないけどあんなコトされたら盛り上がっちゃうよね!?」

「ですよねですよね! それに加えて・・・」


突然盛り上がる二人。なるほど第一印象とはあまり信用できないものだと、撫子は思った。


「はいはい、さっさと最終チェックしますよ」

「え~もっと話したいのに~!」


向日葵に引きづられていく待宵。



「おはよーさん! あれ、わいら最後かいな。遅れてすんません!」

「部長、まだ10分前ですから遅れてませんよ」

「なんやて!? 誤り損やないかい!」


関西弁の団体が入ってきた。おそらく3つ目の参加校、風見鶏高校の演劇部だろう。

お取り込み中の待宵に代わって、鹿子が挨拶に伺う。


「遠路はるばるお疲れ様でした。一華学園演劇部、副部長の草壁鹿子と申します、この度はどうぞよろしくお願いいたします」


「おおこりゃ丁寧にありがとさん! わいは風見鶏高校芝居部の部長やっとります、 木ノ葉牡丹このはぼたんっちゅうもんです。初参加でビビリ倒してますが、よろしくです~! あ、こっちのちっこいのは副部長の秋町陽向あきまちひなたいいます」

「この度はお招きいただき光栄です。まあビビってるの部長だけですけどね」

「ほんまかいな!?」


初参加の風見鶏高校芝居部。芝居部と銘打っているが、中身は演劇部となんら変わらない。

しかしその人数は一華のそれとは比べ物にならない。ぱっと見で20人以上はいるだろうか。

ベージュベースのブレザーにミニスカート、撫子の感覚で言えば、一昔前の『ギャル』といったところ。


ゴリゴリの関西弁を喋る部長の牡丹は、そのキャラに負けずとも劣らない派手な外見をしている。

180cmを越えるかという長身にぱっちり二重。髪は肩上ボブで、黒をベースに緋色のメッシュを入れている。


副部長の陽向は、牡丹とは対照的に背が低く落ち着いた印象。綺麗に切り揃えられた前髪が魅力的だ。


最後尾に顧問らしき大人の女性がいる。ガタイがよく、ジャージ姿の彼女は目つきも鋭く見るからに厳しそうだ。


あれ、そういえば・・・



うち、顧問いなくない?



入部3ヶ月目にして初めての疑問。誰かに聞こうと思ったが、開始の時間が来てしまった。


まあ後で聞けばいいか・・・。



◇ ◇ ◇ ◇



全員が着席したのを確認し、軽く開会の言葉を述べる。司会は向日葵の担当だ。


「この度は第三回、一華学園主催演劇交流会にご参加頂きまして誠にありがとうございます。流れとしましては、まず各校の発表、順番は一華、風見鶏、聖エスメラルダの順となっております。お題は『伝記』。

各発表後はセットや衣装の関係上20分程インターバルを挟むことになっております。それでは早速、一華学園から発表をお願いします。」



小声でお互いを激励し、位置につく。


撫子の役割は幕の昇降とスポットライト操作の2つ。そのためステージ横にある管理室に入っている。

役はないが、撫子もまた劇の一部なのだ。



始まりは向日葵の影ナレ。



『慶應三年十月十三日。京は二条城、十五代将軍徳川慶喜は、大政奉還を表明した。三百年の幕府政権が幕を閉じだのだった。明治維新の立役者、坂本竜馬。だが彼はその後の日本を見ることなく、その生涯を終えることになる。竜馬終幕の物語を、独自の解釈でお届けします。』



待宵のグーサインを確認し、ブザーを鳴らす。幕が上がり、竜馬の一言から物語が始まる。




「みねきっつぁん、腹が減った。ちと軍鶏を買ってきちょくれ」

「はい! 竜馬さん」



舞台には、向かって左から竜馬(待宵)、慎太郎(紫園)健三郎(鹿子)が座り、峰吉(薺)が立っている。


舞台演劇では思った以上に声を張らないと響かない。

その点、普段からうるさいくらいに声が通る待宵のセリフは安定感抜群だ。


竜馬の一言で、峰吉が舞台から退場する。



「あしももういぬるかなぁ」


健三郎も立ち上がる。


「どこへゆく、あーぁ例の亀田屋か!」

「違いますよ!」

「ハハハ!」


健三郎、舞台外へ。



「まっことめでたいやつじゃ」



一緒に笑っていた慎太郎が、深刻な面持ちで話しかける。



「しかし竜馬、ほんに藩邸に移らなくていいのか?伊東のいうこっちゃ事実にかぁらんぞ」

「のうがわるいきに、めんどうぜよ! それに・・・・・・」


徳利に入った酒を飲み干す竜馬。


「生死は天命にあるっちゅうやが!」

「・・・ほんに強情なやつだよおまんは」


軽快な笑いの中に、一抹の不安を残すセリフの抜き。


撫子は、待宵の性格から大味な芝居が得意だと勝手に思っていたが、垣間見える繊細さに目を丸くした。



『事件の二日前、元新選組参謀、伊東甲子太郎は竜馬にこう忠告した。「新選組が狙っている、藩邸に移れ」と。この忠告を聞いていたら、運命は変わったかもしれない・・・』


慎太郎が尋ねる。


「おまんが役人嫌いっちゅうがはわかるが、それでこの後はどうする?」

「そうやねぁ・・・」


「世界の海援隊でもするぜ」

「カハハ! 世界とはおっこうな!」


その時、階下で声がした。



通常の舞台であればステージから出ることはない。だが今回、舞台前のスペースを近江屋の一階に見立てることで、立体的な演劇を可能にした。



竜馬達が歓談している間に、二人の来客が訪れていた。

竜馬の僕である藤吉(向日葵)がそれに応じる。



「拙者、十津川郷士という者。坂本先生ご在宅ならお目通り願いたい」



藤吉は名刺を受け取り、竜馬に届けるため、階段を登っていく。


その姿を見て男達は目配せをし、突如藤吉の背中を切りつけた。



「ぎゃあああぁああ!」



この時竜馬は、峰吉が帰ったと思い、叫び声に応答してしまった。


「ほたえなっ!」


土佐弁で『騒ぐな』という意味である。

しかしこの声が、竜馬の居場所を刺客に教えてしまったのだ。

刺客達は階段を駆け上り、その勢いのまま竜馬達のいる部屋に突撃した。



入るやいなや、1人は竜馬の前頭部を、1人は慎太郎の後頭部を斬りつけた。



この時、竜馬はすぐ反撃することができなかった。何故なら、刀は床の間にあったからだ。

武の心得があろうとそれを毛嫌いしていた竜馬は、普段刀を使わなかった。


刀を取ろうと背中を向けり竜馬。しかし標的を逃すほど、刺客は甘くはなかった。背中に二撃目を食らってしまう。


竜馬は刀を左手に取ると立ち上がった。左手に柄を持ち、刀を鞘から振り抜こうとしたが、敵はそれを許さない。三撃目、鞘ぐるみのまま受けた太刀は、最も重く、強力なものだった。

敵はこう叫んだ。



「やっけな、くそ!」



その一撃は鞘を削り、流れ、竜馬の前頭部をさらにえぐった。これが致命傷となり、竜馬は倒れ込んだ。



「石川! 刀はないか!」



この石川とは、中岡慎太郎の変名、身分を隠すためのハンドルネームである。


しかし、慎太郎がもっていたのは小さな脇差し唯一ヒのみ。

長物に勝てるはずもなく、二人は地に伏した。



静寂。



少しして慎太郎が目を覚ました。辺りを見回し、頭から血を流す竜馬を見つけた。



「・・・・・・竜馬」



遅れて竜馬も覚醒する。



「・・・・・・慎の字、手は利くか?」

「あぁ・・・利く」



這って助けを呼びに行こうとする慎太郎だが、傷は深く、思うように動けない。

見かねた竜馬が、扉の近くまで懸命に這っていく。



「新助ぇ・・・医者を呼べ・・・」



しかしその声は既に力なく、階下に届くことはない。


慎太郎が近くまで来ると、竜馬は最後の力で体を起こし壁に持たれて座った。

額をさすると、深くえぐられていることに気づく。



「脳をやられちまった・・・もう・・・いかん・・・・・・・・・」



その言葉を最後に、竜馬は天に登った。



暗転。



『竜馬は31歳でその生涯を終えた。奇しくもその日は竜馬の誕生日であった・・・。その2日後、慎太郎もこの世を去る事になるが、彼が今際の際に残した言葉は後の権力者によってもみ消されたという。』



スポットライトが点灯し、ステージ中央に横たわる慎太郎を照らし出す。



「奴ぁ『やっけなくそ』ゆうちょった・・・・・・どだいなんちゃやない事やか・・・・・・」



『当時近江屋にいた女中達によれば、刺客は薩摩弁を話したといいます。人は時に非合理的な事をするもの。果たして今ある歴史は正しいのか?それは誰にもわかりません・・・』




◇ ◇ ◇ ◇






劇を描写するにあたって、観客や演者の感想やコメントを入れると没入感が減るような気がしてしまいますが、無いとなるとそれはただの伝記小説になってしまいますしいい塩梅を見つけていきたいです。

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