はなとあくと!4
「それ撫子が作ったの?」
「うん! そうだよ~」
入学して一ヶ月程が経ち、クラス内でグループが確立していく時期。
基本撫子は菊乃と二人でいることが多い。というか、未だに菊乃以外に友達ができずにいた。
何気ない話は出来るが、行動を共にする事もない。そんな曖昧な関係がほとんどで、尚更菊乃には感謝しなければならない。
「毎日お弁当作ってるの?」
「ううん、今日はお母さんが朝早かったから代わりに作ったの。」
「へー。一口もらっていい?」
「はい! どうぞ~」
お弁当箱を差し出すと、菊乃は少し悩んでからだし巻き卵を選び、口に運んだ。
瞬間、菊乃の鋭く整った目が大きく開いた。
「・・・え、美味しい・・・」
「えへへ、良かった~」
「私の唐揚げ食べる?食堂のやつだけど」
「食べたい! いいの!?」
「はい、どうぞ」
「いただきまーす!」
ここの学食は、おおよそ学食と呼べる値段ではない。その分クオリティもレストランレベルなのだが、一般家庭出身の撫子にはたまの贅沢だ。
初めて見たときは昼食に四桁払う高校生がいてたまるかと思ったが、眼の前の美人さんも例外ではなかったようだ。
あやかれてラッキーと思いながら、頂いた唐揚げを頬張る。
「うんまぁ・・・!」
「ぷっ・・・唐揚げ一つでそんな表情されたらこっちまで嬉しくなっちゃうね」
「かいかいえいうじゅうがわぁ~って・・・!」
「ちゃんと飲み込んでから喋りなさい」
菊乃はたまにちょっと怖い。お嬢様というより、執事みたいだと思うことがよくある。
「外はカリカリ、噛み締めた瞬間内に秘めた肉汁がぱぁ~っと弾けて、よく染み込んだ醤油ベースの下味とにんにくの香りに脳がもってかれる・・・。口の中で鶏が踊ってるよ・・・カーニバルだよ!」
「あんたたまに文特らしいとこ出るよね、・・・いやアホっぽいだけか」
「ひどいよ!」
特待で入学したことは菊乃だけには伝えてある。伝えたというよりバレたって感じだったけど・・・。
楽しく談笑していると、後ろから声をかけられた。
「よっ」
「わっ! って紫園先輩!?」
振りかえるとそこには、前かがみになって撫子を覗き込む紫園の姿があった。
「お友達?」
「あ、そうです! 同じクラスの矢車菊乃ちゃんです! 菊乃ちゃん、こちら・・・」
「一華紫園さんですよね? どーも、撫子がお世話になってます。」
「これはご丁寧に・・・いえいえ~撫子ちゃんはとても良い子ですよ~・・・って実はそんなにお世話できてないんだけどねー」
(親と先生みたいになってる・・・。)
「そうなんですか?」
「私用で部活顔出せてなくてね。ってか撫子ちゃんお弁当じゃん。もしかして・・・手作りだったり?」
「はい! 今日は手作りです!」
「えーすご! 冗談半分だったのに・・・」
いたずらな笑顔から感嘆の表情へと変わる紫園。気品ある顔立ちからは想像もできない相好の数々は、紫園が持つ魅力の一つだ。
「一口もらおーと思ったけどもうないか・・・残念。また今度作ってよ! 」
「わ、わかりました・・・! 何が良いですか?」
「シェフのおまかせで! あ、和食が好きかな~」
「分かりました! 頑張ります・・・!」
和食好きと聞いて俄然やる気が湧いてきた。得意料理で先輩の胃袋を掴んでやるぞ・・・!
「教室戻らなきゃ、楽しみにしてるね、撫子ちゃん。」
「はい!」
「菊乃ちゃんもまたね~」
「お疲れ様です。」
紫園の後ろ姿を見るたび、あの日の記憶と感情が蘇る。その都度自分の気持ちを再確認する。
そのせいで緊張して上手く話せないけど・・・。
菊乃は紫園にお辞儀をした後、撫子の顔を覗き見た。
紫園に向けられた眼差しから、憧れ以上の何かを感じた菊乃だったが、その時は何も言わなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
「ほいじゃ今日はおしまい! お疲れ様でした~」
「「お疲れ様でした! 」」
撫子の演技練習はまだ基礎の域を出ないが、着々と進んでいる。薺と向日葵が親身になって教えてくれているおかげだ。
演技指導と並行して裏方の手伝いもしているためなかなかゆっくりする時間はないが、だらだら過ごした中学時代と比べるとかなりの進歩である。
しかし紫園は今日も来なかった。せめて連絡先だけでも聞いておくんだった。
下駄箱で1人つぶやく。
「教えてくれるかなぁ・・・」
「何を?」
「おわぁ!」
そこには当の本人が首を傾げて立っていた。
この間の学食の時といいなんて神出鬼没な人なんだ。
「し、紫園先輩!? 」
「やほー、先生か誰かに頼み事?」
「い、いや、えっと・・・」
「?」
同じ先輩でも向日葵にはすぐ訊けたのに、紫園相手になると難易度ベリーハードだ。
頑張れ私・・・! 先輩とお話したいでしょ! 訊くぞ・・・!
「あの・・・紫園先輩・・・」
「あ! ていうか撫子ちゃん、この後暇?」
「え、暇・・・です」
「じゃあちょっと付き合ってよ!」
「ええ!? 」
先程まで考えていたことが全部吹っ飛んでしまった。
脳が『付き合って』という言葉に支配されていく。
付き合う・・・?付き合うってなんだっけ・・・突く?剣道とかってこと・・・?いやでもこの場合のつきあうって・・・
「撫子ちゃん、大丈夫・・・?」
「はい! ・・・じゃなくて、じゃなくもなくて、えと・・・・・・私なんかで良かったら・・・」
「ほんと?よし、そうと決まれば行くよ!」
「行く?え!?」
お母さん、楓。入学早々彼女ができました。初デートに行ってきます。
脳の回路が壊れたまま、引きづられるように連れて行かれる撫子だった。
◇ ◇ ◇ ◇
「着いた! ワクワクするねぇ・・・!」
「んーと・・・ここって・・・」
眼前には赤いパンチパーマのピエロが座っている。店前に立つ柱の上で、黄色い『M』の文字が回っている。
「モックですよね・・・?」
「そうだよ! 初めてくるんだよね~」
「ええ!?」
さっきまで停止していた脳で処理するには、情報が別次元である。
「うちこういうファーストフード?とか食べさせてもらえなくてさ、こういうお店来たことないんだよ」
「あ、なるほど・・・」
最近菊乃や部活の皆と一緒にいすぎてすっかり忘れていた。富豪だらけの学園、その理事長の孫ともなれば庶民の店に来たことないのも頷ける・・・のか?
「他のお友達と来たりはしないんですか?」
「・・・うぅ・・・」
突然顔を覆って泣き出す紫園。
「先輩!?」
「私・・・友達いないから・・・女子高生なのに・・・うう・・・JKなのに、ファミレスで勉強したり、サトヴァで駄弁ったりしたことないの・・・」
「ご、ごめんなさい! 無神経で・・・私、私で良ければいつでも付き合います! ファミレスでもサトヴァでもモックでもどこでも・・・!」
「やったーやっぱり撫子ちゃんに頼んでよかった~」
「え?」
突然泣き止んだと思ったら、満面の笑みを向けてきた。
「・・・もしかして嘘泣きですか?」
「もちろん。」
「もう! 私まで泣きそうだったじゃないですか! 」
「あはははは! 心配してくれてありがとっ」
「・・・もう・・・行きますよ! 」
そんな嬉しそうな顔されたら何も言い返せないじゃん・・・
なだめられながら、ようやく店に入っていく。
「・・・・・・まあ大体ほんとだけどね」
「何か言いました?」
「ううん、なんでもなーい」
その時の笑顔は、どこか寂しげに見えた。
◇ ◇ ◇ ◇
撫子は先に注文を済ませ、席を取りにいった。初めてということで一緒に注文した方が良いと言ったのだが、「いいから任せてよ! 」と謎に自身に満ちた顔で言い放たれてしまったので、仕方なく先に来ることにしたのだ。
母に夕飯不要の連絡を済ませ、待っていると5分程してから紫園がやってきた。
ファストフードの店内を歩く紫園の姿は、なるほど違和感が半端じゃない。
「先輩」
「何~?」
ルンルン気分でかわいらしいが、トレイには可愛らしいとは到底言えない量の商品が載っている。
見かけによらず大食いなのだろうか?
「それ全部食べるんですか・・・?」
「どれも美味しそうで迷っちゃったからいっぱい買っちゃった!」
「これどうやって食べればいいの?」
「この包を半分まで開けて、こうやってかぶり付くんです。そうすれば手を汚さずに食べられますよ」
「おお! これをこうして・・・では、初めてのハンバーガー、頂きます!あむ・・・」
チーズと合いびき肉のパティ、その上にピクルスとマスタード、ケチャプが載っているシンプルなハンバーガー。紫園はそれを口に入れてからリアクションを取るまでに約20秒程かかった。
「・・・なんだこれは・・・」
やはりお嬢様に庶民の味は合わなかったか・・・。撫子は目の前に広げられたその他大勢のバーガーたちの行く末を案じていた。
「やっぱ合いませんでしたよね?もしあれだったら私持ってかえ・・・」
「美味だ」
「・・・へ?」
「美味しいよ撫子ちゃん! 今まで食べたことない味だよ! 」
そう言うと紫園は、手に持ったハンバーガーを分解し始めた。
「お肉とチーズ、ピクルス・・・それにケチャップとマスタード。嘘でしょ・・・食べたことある食材しかないのに合わせて食べると・・・んむんむ・・・不思議・・・」
「・・・ぷっ」
「な、なんで笑うの! 」
「すみません、ハンバーガーに興味津々な紫園先輩が可愛らしくて・・・つい・・・あはははは! 」
「だって初めてで、感動して・・・てか笑いすぎ! 」
気に入ってもらえてほんとうによかった。
良い事づくしの一日。
貴重な時間を二人で過ごせたし、好きを共有できた。そして何より、先輩の可愛い一面が見られて嬉しかった。
帰りに連絡先も交換できたし、また一緒に来られるといいなぁ・・・。
◇ ◇ ◇ ◇
帰宅すると、玄関ホールで母が待っていた。
無表情でこちらに近づいてくる。
パァン!
思い切り頬を平手打ちされた。
「言いたいことは分かりますね?」
「・・・はい。お母様」
「明日からコンクールまでは家でピアノのお稽古をなさい」
「・・・はい。」
冷たく言い放つと、表情一つ変えずに自室に戻っていった。
自分が悪いことは分かってる。決まりを破って抜け出して、夕飯をすっぽかした。
「・・・・・・ただいま」
ため息をつき、自室へ向かう。
『おかえり』って最後に聞いたのはいつだっけ?
『ただいま』って最後に言ったのはいつだっけ?
親子って、何だっけ。
ピロン! 携帯を開くと、撫子からメッセージが来ていた。
『今日は連れて行っていただき、誠にありがとうございました! (土下座の顔文字×5)連絡先も交換していただけてほんとに嬉しかったです!!! (泣き顔×7) 近いうちに肉じゃが作ってきますね!!』
「・・・顔文字多すぎ、あは」
思わず笑みが溢れる。
『ただいま』と打とうとして、慌てて打ち直す。
『こちらこそ付き合ってくれてありがとね、楽しみにしてまーす(にっこり)』
「・・・・・・『替わり』じゃないんだから」
◇ ◇ ◇ ◇
演劇部分なしの百合回でした。演劇も恋愛も書きたくて配分が難しいです。よくUberるマックですが、バーガーよりポテトが好きだったりします。