はなとあくと!2
新歓で観た演劇に感化され、撫子は演劇部に体験入部することに!
恋の話は苦手だった。
人と仲良くするのは好きだったし、男友達もたくさんいたと思う。皆の話題についていけるように、当時流行っていたアイドルを推してみたりもした。けれど自分の中でしっくりこない部分が在って、その違和感は年々増えていった。
中二の春、音楽の先生と仲良くなった。
その人はピアノを弾くのが好きで、授業終わりにリクエストに応えてくれた。
弾いている時の柔らかな表情。鍵盤をはじくしなやかな指。曲に合わせて揺らめく髪の一本一本全てが美しかった。
一緒にいると心が満たされて、いろんな苦しいこともその時間のためなら頑張れた。
友達や家族への感情とは違う、それは人生の先輩への”憧れ”だと思っていた。
ある日、先生は左手を見せながら嬉しそうに報告してくれた。結婚したこと。産休のため学校から離れること。
嬉しかった。大好きな先生が幸せになるんだから当然だ。おめでとうと言いながら、二人で嬉し涙を流した。
その夜、ベッドで先生のことを考えた。涙が溢れて止まらなかった。
泣いて泣いて泣いて。初めて自分の心と向き合った。そっか・・・。
恋してたんだ。
◇ ◇ ◇ ◇
「決めた! 演劇部に入る!!!」
「・・・ぷっ」
「なんで笑うの!?」
新歓が終わり教室に向かう途中、撫子は高らかに宣言していた。
「さっきのがそんなに良かったの?」
「良かったなんてもんじゃないよ! ちゃんちゃら良かったよ! 」
「言葉おかしいと思うけど・・・撫子大泣きしてたもんね、ちょっとうるさいくらいだったよ。」
「そうなの・・・今思い出しただけでも泣けて来るよぉ。アイリちゃーん!」
「わかったわかった。というか演劇やったことあるの?」
「えーっと・・・幼稚園のときに土の役やった・・・くらい?」
「・・・それ必要な役なの?」
菊乃とはいつの間にか自然に話せるようになっていた。元々撫子は人と話すのは得意な方なので、当然と言えば当然である。
「菊乃ちゃんは部活は決まってるの?」
「私は中学から弓道部だからそのまま続けるかな。」
「へー! かっこいいな~、今度見に行ってもいい?」
「はいはい。じゃあまた明日ね」
「うん! また明日ねー!」
登校初日からまた明日が言える相手が見つかって、本当によかった。と胸をなでおろす撫子だった。
◇ ◇ ◇ ◇
放課後、体験入部希望者は該当部室へとのアナウンスだったが、撫子は迷っていた。
・・・道に。
「部室棟にはいるはず・・・あれ・・・?わかんないよぉ・・・菊乃ちゃーん!」
学園の地図とにらめっこしていると、後ろから声をかけられた。
「一年生だよね? なにかお困りかい?」
振り向くとそこには、首元に山茶花のブローチをつけた女性が立っていた。
余談だが、一華学園の制服は各学年毎に別種のブローチをつけることになっている。
一年生は桜。二年生は紫陽花。三年生は山茶花である。
「は、はい! じゃなくて・・・大丈夫じゃないです・・・」
「ははは、体験入部だよね? どこに行きたいのかな?」
「えと、演劇部に行きたいんですけど・・・」
その言葉を聞いた途端、その先輩のテンションが上ったのを感じた。
「そうかそうか、演劇部に行きたいのか! なら話は早い、ついてきたまへよ!」
「え、あ、はい・・・」
(なんかキャラ変わった・・・?大丈夫かな・・・。)
階段を登り、部室棟四階の端っこまで来た。
「ようこそ、我が演劇部へ!」
「へ?」
「クックック・・・何を隠そう我こそが演劇部部長、鎧塚待宵である。よろしく!」
なんだかどんどんキャラが濃くなっている気がする。
「あ、部長さんだったんですね! えと、私一年の花笠撫子です! よろしくお願いします!」
「元気が合ってよいよいよい! じゃあ入ろうか! 」
部室のドアを開けると、中には3人の女性が待っていた。
「あ、まよいさん! どこほっつき歩いてたんですか・・・ってその子は?」
「聞いて驚けよ・・・なんと・・・なななんと・・・! 」
「あら、体験入部かしら?」
「人のセリフを盗むでないわ! ・・・そうとも、体験入部希望の花笠さんでーす!さあ、挨拶を。」
「こ、こんにちは、花笠撫子と、も、申します! よよよよろしくお願いします!」
パチパチパチ・・・。拍手はまばらだったが、皆笑顔で迎えてくれた。
(というか体験入部ってまだ決めてなかったのに、流れで挨拶してしまった・・・。)
「とりあえず自己紹介でもしようか・・・ん、そういえば。しーは何処へ?」
「さあ・・・いつものことだし先に始めましょ」
「そうだな、ではまず私から。改めて、名は鎧塚待宵、この演劇部の創設者にして長を務めている。趣味は山登りと戦争映画を観ること。まーちゃんでも、よろぴーでも好きに呼んでくれたまえ! 」
「あ、えと・・・じゃあまーちゃん部長・・・?」
「このノリの良さ・・・やはり私が見込んだだけはあるな・・・!」
赤みがかったポニーテールで、ガッチリとした体格をしている。癖の強い喋り方は戦争映画の影響だろうか・・・。
「そんな気を使わなくて大丈夫だからね~。この子すぐ調子に乗るから」
「かのこ~聞こえてるぞ~」
「次は私ね、こほん。副部長の、草壁鹿子です。鹿の子供って書いてかのこ。まよと同じ3年B組・・・腐れ縁なの。騒がしいところだけど、自分のお家だと思ってゆっくりしていってね~」
「はい! ありがとうございます!」
(おっきいなぁ・・・・・・。)
その口調から穏やかな人だというのが伝わってくる。顔立ちや柔らかな姿勢から、古き良き和風美人という印象を受ける。グラマラスな体格とギャップを感じさせる。
「それじゃあ次は年齢的に・・・ひまわりちゃん、どうぞ~」
「あ、はい。うちは天音向日葵。こんなんでも2年の先輩だからよろしく。部では裏方担当だから、なにか備品や台本なんかでわからないことあれば言ってー」
「よ、よろしくお願いします!」
水色のセーターを羽織ったお団子ヘアの彼女は、その可愛らしい容姿とは裏腹に少し冷たい口調だった。座っていてもかなり背丈が低いのがわかる。こうみえて、と言っていたのはそういうことか。
「最後はあたしだね。鷹宮薺、ホークに宮殿のきゅう、七草粥のナズナで鷹宮薺です! 撫子ちゃんと同じ1年生だから仲良くしてね!」
「あ! ユウくんだ!」
「あはは・・・観てくれたんだ・・・恥ずかしいな・・・」
「すっっっっごくかっこよかった! でも1年生なのにもう劇に出てるの?」
「う、うん・・・」
照れている薺の代わりに、待宵が答える。
「なーはひーの幼馴染でね、中等部の終わりからこの部に入って先に稽古してたんだよ」
「へー! それであんなに上手なんて、すごい・・・」
「そうなんだよ! やはり私が見込んだだけはあるな!」
「あんまり褒めないで・・・」
ユウの時には感じなかった女の子の一面。内なる何かが目覚めそうだった。
「あれ・・・じゃあアイリは誰がやってたんですか?」
「ああ、それはね・・・」
待宵が答えようとした時、部室のドアがガラガラっと勢いよく開いた。
「たっだいまー!」
切れ長の二重に腰まで届きそうな艶やかな黒髪。そしてその聞き覚えのあるエネルギッシュな声は、彼女が件のその人であることを、語らずとも教えてくれる。
「しおんちゃん、おかえりなさい。体験入部の子が来てるわよ~」
「お?おおおおおお??この可愛らしいお嬢さんが・・・?」
「あ、えっと・・・あのあの・・・」
「部長・・・誘拐はダメって言ったじゃないですか!」
「おいおいおいそんな事さしもの私でもやらないよ!」
気づいたら体験入部が決まっていたのは誘拐と近からず遠からずのような気がするけど・・・。
「え、じゃあなんでこんな辺境の地へ?はっ! まさか脅迫・・・」
「私のことテロリストかなにかだと思ってるよね君。」
「あの、違くて!」
全員が撫子の方を見る。
「あ、えと・・・・・・新歓の演劇を拝見しまして、その・・・感動して・・・」
「フハハハハハ! やはり私の脚本のおかげだな!」
「あのネトパリのドラマ丸パクリストーリーの事ですか?」
「パクってない! 断じてパクってないぞ! 多少インスピレーションを受けたけど・・・」
「部長ともあろう者が・・・演技上手いんだから大人しく演者に徹してればいいものを」
「しーはあれだろ、RPGでずっと同じジョブやって満足してるタイプだろ。そんなんじゃ魔王は倒せないぞ」
「いや魔王倒さないし、何言ってるかわかんないし・・・。」
先輩同士で盛り上がって話に入れなくなってしまった撫子に、鹿子が助け舟を出してくれた。
「ところであの劇の何がそんなに良かったの~?」
「あ、ストーリーもとっても良かったんですけど、お二人の演技が凄くて・・・。薺・・・ちゃんは、女の子なのに少年になりきってて凄くて。アイリちゃんの・・・えと・・・」
そういえば名前を聞いていなかった。
「しおんちゃん?」
「あ、はい! しおん先輩は、笑顔とか声のトーンとか身振り手振りも全部可愛くて、見た目お姉さんっぽいからそのギャップが素敵で、その・・・見惚れちゃいました・・・」
言い終わってからいつの間にか周りが静かになっていることに気づいた。しおんがニヤニヤしながら近づいてくる。
「へ~・・・嬉しいこと言ってくれるじゃん! てか名前聞いてなかった、なんていうの?」
「花笠撫子です!」
「和風で綺麗な名前だね、よし、入部決定!」
「おいそこ、勝手に決めるな~。」
正直、自分の名前は古臭いし長くてあまり好きではなかったが、しおんに褒められて少しだけ愛着が湧いた。
「しーちゃんもちゃんと自己紹介してあげて」
「そういえばしてなかった、おっけい!」
扉の方に歩いていく紫園。その後姿を見た刹那、数時間前の記憶がフラッシュバックする。
校門で見たあの光景・・・。
「あ・・・」
紫園は大げさにこちらを振り向くと、スカートをたくし上げながら、落ち着いた口調でこう言った。
「一華紫園と申します。どうぞ、お見知りおきを。」
◇ ◇ ◇ ◇
待宵はお気に入りのキャラクターです。今後部員たちのバックボーンを描くのが楽しみです。