部屋の掃除(アンナ視点あり)
部屋が綺麗では無かった。
最初に聞いていた話ではここの部屋は使用人の人が掃除をしてくれているという話だったのだが、なぜか部屋の中は埃だらけだった。
「公爵様が間違えたのかな……?」
私は首を傾げる。
まあ、誰にでもミスというものはあるし、気にすることでは無いだろう。
「それにしても、なんていい部屋……!」
私は与えられた部屋の素晴らしさに感動した。
以前私が住んでいたボロ小屋は狭いし、暗いし、ボロボロだし、と三拍子揃った人が住むにはなかなか過酷な小屋だった。
加えて冬になると隙間風も吹いてくるので大変だった。
それに対して、この部屋は小屋の四倍は広く、隙間風は吹いて来ないし、そしてベッドまであり、何より父もローラもカトリーヌもいない。
私にとってはまさに理想郷に近かった。
埃が舞っていたりしているが、汚いなら自分で掃除すればいいのだ。
見たところ長年放置されていた訳ではなく、定期的に掃除はされているみたいなので、私一人でも一日もあればこの部屋を綺麗に出来るだろう。
「よし! 掃除しましょう!」
私は気合いを入れた。
まずは床を拭いて、それからベットのシーツを洗って……と手順を思い浮かべていると、とあることに気づいた。
「でも掃除するなら道具を借りないと……」
そう、掃除するなら道具を借りなければならない。
前の屋敷では何もしなくても目の前に掃除道具が出てきていたが、ここでは借りに行かなければそもそも出てこないだろう。
「それにこのドレスも着替えないと」
この赤いドレスでは掃除が出来ないし、服はこれしか無いので汚れても大丈夫な服を借りたい。
「あ、そうだ。こういう時は声をかければ良いんでしたっけ」
先ほどアンナに「何かあれば声をかけてください」と言われていたことを思い出した。
前の屋敷では使用人の人に声をかけても無視されていたので失念していた。
「掃除道具と代わりの服を借りに行きましょう!」
私は部屋を出て、アンナを探しに行った。
「絶対に、ノエル様の財産目当てに決まってるわ!」
私、メイドのアンナはメイドの控え室兼掃除道具置き場である部屋で、同じくメイドで仕事仲間のメアリーに愚痴をこぼしていた。
愚痴の対象は今日この公爵家の当主であるノエル様の婚約者としてやってきたリナリアという伯爵令嬢だ。
しかし婚約といっても、ノエル様の新しい婚約者が見つかればすぐに婚約破棄されるので本当の婚約者ではないが。
「本当にそうかな……」
しかしメアリーは私とは違う考えなのか、あのリナリアがノエル様の財産目当てで婚約してきたことには懐疑的な様子だ。
「絶対にそうよ! メアリーも見たでしょ! 荷物を何にも持って来なかったのよ? 普通はそんなのあり得ないわ。絶対にノエル様の財産を使うために荷物一つで来きたのよ! それにマリヤック伯爵家ってあの娘と妻に金を使いまくってる放蕩一家でしょ?」
「私はそうとは思えないけどなぁ……」
メアリーはおっとりと頬に手を当てる。
「私はそう思うわ! だから部屋も掃除されてない屋敷の一番端の部屋に案内してやったの。きっとノエル様と婚約して贅沢三昧だと思ったんでしょうけど残念! きっと今頃婚約したことを後悔してるんでしょうね!」
私は公爵様から婚約の本当の目的を告げられたリナリアが絶望している顔を思い浮かべる。
「でも、バレたらどうするの?」
「その時は間違えた、とか適当なことを言えばいいのよ。それにしても許せないわ……! ようやく公爵様のそば付きになれたのに!」
「アンナは公爵様付きのメイドだったのに、今回婚約者様付きになっちゃったもんね」
「そうよ! その通りよ!」
メアリーはおっとりと言いながら私の一番核心の部分を指摘してきた。
そう、私が最も腹立たしいのは、今までずっとお側で仕えてきたノエル様に変わって、あの放蕩娘にメイドとして仕えなければならなくなったことだ。
私は爪を噛む。
「折角ずっと妾になるために頑張ってきたのに、これじゃ遠のいちゃうじゃない! 私が這い上がるにはこれしかないのに……! 絶対に許さないわ!」
私がそう言った時。
「あ、ここに居ましたかアンナさん」
「っ!?」
リナリアがすぐそばままでやって来ていた。
今言ったことが聞かれていたかもしれない、と私の心臓が跳ね上がる。
「一つ聞きたいことがあるんですけど」
笑顔を浮かべてリナリアが近づいてくる。
私はこれは絶対にバレたと思い、ぎゅっと目を瞑った。
「掃除道具とメイド服を借りたいんですけど、どこにありますか?」
「え?」
しかし次にリナリアから出て来たのは予想外の言葉だった。
「部屋を掃除したくて……あ、もちろんメイド服は借りたら洗って返すので!」
「え、えっと……」
私は困惑していた。
貴族の令嬢があんな部屋を宛がわれて怒るどころか、掃除をするなんて信じられなかった。
それにメイド服を貸して欲しい? もしかして着るつもりなのだろうか。伯爵令嬢が?
私は到底彼女の言っていることが信じられず、最初はまさか皮肉を言われているのかと思ったくらいだった。
隣のメアリーも同じく困惑している。
私たちが驚きのあまり黙っているとリナリアは心配そうに質問してきた。
「あ、あの、ダメでしょうか……」
見かねたメアリーが私の代わりにリナリアに答える。
「い、いえ、掃除なら私たちが──」
「だめ! 待って!」
「え? アンナ……」
私はメアリーを制止する。
恐らくこれはリナリアからの私たちに対する皮肉だろう、と私は考えた。
自分で部屋を掃除する、という事で私たちに罪悪感を植え付け、掃除させようとしているのだろう。
それならリアリアの言った言葉を逆手に取って本当にリナリアにあの部屋の掃除をさせてしまおう。
貴族とはプライドが高いもの。一度吐いた言葉を取り消すことはできないはずだ。
ノエル様の財産を狙って婚約してくる方が悪いのだ。
「掃除がしたいと仰ってるんですから、当然私たちは手伝わなくても大丈夫ですよね?」
「え? はい。そうですね。私一人でも大丈夫だと思います」
「……っ!」
返ってくるのは悔しそうに歯軋りをする顔だと思っていたのだが、予想と反してリナリアは涼しい顔で頷くだけだった。
私の中でプチン、と何かが切れる音がした。
そこまで言うならもういい、言質も取れた。
「これが掃除道具とメイド服です! お言葉通りちゃんと洗って返してくださいね!」
私は掃除道具とメイド服をテーブルの上に乱暴に置く。
メイドにこんな態度を取られて怒らない貴族なんていない。
これで本当に怒ると思ったのだが、リナリアはどこ吹く風で嬉しそうに喜んだ。
「ありがとうございます、アンナさん!」
そしてリナリアは怒るどころか鼻歌まで歌って掃除道具とメイド服を持って行った。
「……何あれ」
私はどんなことをされても怒るどころか逆に嬉しそうにしているリナリアをポカンと口を開けて見送ることしかできなかった。
リナリアが去った後、私の中で怒りが湧いてきた。
それは嫌がらせをしたのに効かないどころか軽く受け流されたことへの恥ずかしさかどうか分からなかったが、兎に角私はリナリアに対して仕返しをする決意をした。
ギリリ、と私は歯軋りをする。
「見てなさい! あんたが後悔するまで続けてやるんだから!」




