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マリヤック家の事情

「ぐっ……! また催促の手紙か!」


ドニールは借金をしているカルシール男爵からの催促の手紙をぐしゃりと握り潰した。

最近、毎日カルシール男爵から催促の手紙がやってくる。

ドニールは「借金についてはしばらく待ってほしい」とその度に手紙を送っているのだが、カルシール男爵の催促は一向に途切れる気配がない。


「カルシールめ……! 男爵家のくせに私の弱みを握ったからと侮りおって……!」


ドニールはカルシール男爵に舐められていることに対する悔しさに歯軋りをした。


「いつかそれ相応の復讐をしてやる!」


ドニールはカルシール男爵に対し復讐を誓った。


「しかし、まずはこれをどうするかだ……」


ドニールはため息をついて手紙を見る。


『催促をしても埒が明かないので明日、そちらの屋敷へと向かわせてもらう』


カルシール男爵からの手紙の最後の一文には、そう書かれていた。





ドニールはカトリーヌとローラと食堂で昼食を取っていた。

しかし食堂には暗い雰囲気が漂っていた。

アーノルド王子の屋敷での一件でマリヤック家は完全に孤立し、そのせいでどこの家からもパーティーに呼ばれなくなった為だった。

カトリーヌもローラもパーティーを生き甲斐にしているため、かなりショックのようだった。

ローラに至ってはあの日の出来事を夢に見るほどトラウマになっているらしい。

ドニールはなんとかカトリーヌとローラを元気付けようと言葉を絞り出す。


「そ、そうだ! 二人とも! 今度街へショッピングに行かないか! 好きなものを買ってやろう!」

「え?」

「本当?」


ローラとカトリーヌの表情がパッと明るくなる。

ドニールはこの雰囲気をなんとか打破したい、そんな気持ちでそう言ったのだが、側で聞いていた使用人が私がショッピングへ行くのに難色を示した。


「旦那様、仕事が溜まっておりますのでそれを──」

「黙っておれ! 使用人である貴様が私に指図するな! 仕事はお前がやっておけばいいだろう!」

「で、ですが旦那様のサインが必要なものがいくつも……それに私はそのような仕事はできません」

「使用人のくせにそんなわけないだろう! 明日帰ってくるまでに私のサインの必要なもの以外全て終わらせておけ! いいな!」

「……はい、申し訳ありませんでした」

「食堂から出ていけ!」


せっかく雰囲気を良くしようと思い発言して、実際に雰囲気が良くなっていたのに水を差されたドニールは激昂する。

ドニールは使用人を食堂から出て行かせる。

また暗い雰囲気になるかと思ったが、ローラは少し元気が出て来たのかその背中を見て笑った。


「ふん、お父様に反抗しようだなんて本当にバカね」

「ええ、使用人の分際で分を弁えないからそうなるのです」


カトリーヌもドニールの言った言葉を肯定してくれた。

二人の表情を見るに、調子を取り戻したようだ。

ドニールは上機嫌になり、食事を続ける。


「それにしても、最近はリナリアがいないから何だかストレスが解消できなくて大変だわ」


ローラがそんな不満を漏らした。


「確かにね。前までならこの食事の時間にでもリナリアを叱っていたのに、最近は何だか張り合いがないわ」


ローラとカトリーヌはリナリアがいないせいでストレスを解消できていないようだ。


「確かに、リナリアほどストレスを解消するのにちょうどいい奴は居なかったな。その点で考えれば公爵にやってしまったのも惜しかったかもしれない」


そしてローラが食堂を見渡すとドニールに質問してきた。


「お父様、使用人が少なくなったわよね?」

「ええ、私もそう思うわ。あなた、何かあったの?」


今、食堂の中には使用人が一人しか居なかった。

数ヶ月前までは食事を給仕する使用人なんて何人もいたのにも関わらず、だ。

普段から使用人のことなんて考えていないローラもこの事態には気付き、ドニールに質問した。

ローラに加えてカトリーヌまで質問してきた。


「あ、ああ。皆無能しかいなかったからな、解雇したんだ」


ドニールは嘘を言って誤魔化した。

流石に妻や娘に使用人を雇う金すら無くなった、とは言えない。

そんなことを言ってしまってはドニールの誓いである『カトリーヌとローラに我慢をさせない』という誓いを破ることになる。


「でも、明らかに使用人が少ないわ。それに食事も最近は少なくなって来てるし」

「……ねぇ、あなた。もしかして何だけど……お金がないんじゃいの?」

「えっ?」


カトリーヌの言葉に対して真っ先にローラがショックを受けたような顔になった。


「最近は家で夜会を開くのも自重しているし、それに食事も前と違ってなんだか貧乏くさくなってしまったわ」


カトリーヌのいう通りだった。

以前までは金を贅沢に使っていたため、食事が豪勢だったが今の食事は質素になってしまった。

と言っても、平民の食事に比べれば豪勢なことには変わりないが。

しかし生活の質は急に下げられるものではない。

カトリーヌもローラもマリヤック家の財産が少なくなっていることには気がついていたらしい。

ドニールは白状することにした。


「実は……そうだ。マリヤック家の金が無くなってきているんだ。すまないカトリーヌ、ローラ。以前のような贅沢はしばらくさせてやれない……!」


それはドニールにとって断腸の思いで言った言葉だった。

ドニールは二人から責められることを覚悟していたが──。


「大丈夫よ。お父様!」

「そうよ。私が今まで気がつかなかったのが悪いんだわ。今まで気を遣わせてごめんなさいね」


カトリーヌがドニールの肩に優しく手を置く。


「カトリーヌ……ローラ……」


ドニールは自分の浅ましい考えを恥じた。

自分の家族はこんなにも優しく、そして自分のことを愛してくれているのだ。


(もうすぐ領地からの税収が入ってくる。その金でこの二人にとびっきりの贅沢をさせてやろう……!)


ドニールはそう誓うのだった。






そして翌日、本当にカルシール男爵がマリヤック家へとやってきた。

カルシール男爵との話し合いではカトリーヌとローラも同席していた。

ドニールはローラが借金の形として求められていることを知られたくなかったので同席させたくなかったのだが、ローラとカトリーヌに説得され同席していた。


「それで、伯爵殿。儂が借した金はいつになったら戻って来るのだね?」


カルシール男爵はソファに偉そうに座って、ドニールに質問した。

その態度は爵位が上のドニールに対してあまりにも不躾だったが、借金をしているドニールはそのことを指摘できず、悔しげに歯軋りするだけだった。


「だから、借金についてはもう少し待って欲しいと……」

「知らん。儂は十分に待った。これ以上待つことなんてできるわけがない」

「し、しかしもう少しで税収が入ってくるのだ。それさえ入って来たら借金はすぐに返済すると約束する!」

「知らん。期日の意味が分からないのか? 儂はもう待たんし、これ以上期日を引き延ばすつもりもない」

「ぐっ……!」


ドニールはカルシール男爵を睨みつける。

そのドニールの表情を見てカルシール男爵は優越感を露わにして笑うと、顎をさすった。


「そもそも、すでに私は妥協しているだろう。借金を返すか、それとも娘を代わりに差し出すのか」


カルシール男爵はドニールの隣に座っているローラを下卑た目で舐め回すように見た。


「そ、それは……っ!」


その視線に嫌悪の反応を示すより前に、ローラはたった今カルシール男爵から聞いた言葉に驚愕していた。


「え、なにそれ……?」


ローラが信じられないもの見たような目でドニールを見た。


「あなた、実の娘を売りに出すつもりなのですか!」

「わ、私ではない! あちらが勝手に提案をして来たんだ!」


ドニールは慌てて言い訳を始める。

その様子を見てカルシール男爵は愉快そうに笑った。


「はっはっは。まだ言っておらんかったのか。それではまた後日来るとするかな。それまでにどうするか決めておいてもらおう。期日通りに借金を返すか。それとも娘を差し出すのか」

「ま、待っ……!」


そう言ってカルシール男爵はソファから立ち上がると、ドニールの声に振り向かず部屋から出ていった。

部屋からカルシール男爵が出ていったことでローラとカトリーヌは激しくドニールに追求を始める。


「どういうことよお父様! 私を代わりに差し出すつもりなの!?」

「あなた、ちゃんと説明して!」

「違う! 私は決してローラをカルシールの元へ差しだすつもりはない! あちらが勝手に言ってるだけだ!」

「でもこのままだと結婚させられてしまうわ! お父様も見たでしょう! あれは私の体目当てよ!」

「どうするつもりなのですか! ローラを本当に売るつもりですか!」


ローラとカトリーヌはドニールを責め立てる。

そしてドニールは苦し紛れにある提案をした。


「分かった! 代わりにリナリアを差し出そう! ローラはネイジュ公爵と再び婚約する! これでどうだ!」


それはドニールが苦し紛れに言った案だったが、今考えた案としては優れているように思えた。

ローラもドニールの案を考えて、頷く。


「そうね……それが良いわ! だって私はリナリアより美しいし、リナリアよりも婚約者に相応しいわ! あんなのと結婚するなら、生贄として婚約破棄された方がましだしね!」

「ええ! 私も賛成よ! 同じ婚約なら男爵家より公爵家の方がよっぽどマシだわ!」

「よし、早速リナリアに手紙を出して、本人が希望しているように見せよう」


そしてドニールはリナリアの元へと手紙を出した。

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