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婚約準備

以前、ローラのために家庭教師が屋敷に来ていたことがあった。


この屋敷に来る前のローラは父から多額の資金を援助されていたりしたが、母や母の家に存在を知られる訳には行かなかったので表立った行動はできなかった。

そのためローラは私と違い十歳まで貴族の教育を受けることは出来なかった。


父はそんなローラを哀れに思い、将来私に代わってこの伯爵家の一人娘となるのだからと、ローラのために貴族のマナーや心構え、立ち振る舞いを教えることが出来る家庭教師を呼ぶことになった。


家庭教師は四十歳ほどの女性だった。

彼女は屋敷に住み込んで毎日ローラに貴族のマナーや所作、この国の歴史など座学まで教えていた。


しばらく経った頃、平民みたいな格好をして屋敷で雑用をこなしている明らかに異質な存在である私のことが気になったらしい。

その先生は私のことを父に尋ねた。


「この子は一体誰でしょうか。なぜこの屋敷でこんな格好をして働いているのです?」

「ん? ああ、コイツか。コイツは以前の妻の子供だ。私とカトリーヌとローラはコイツとこの母親のせいでずっと不幸な目に遭わされてきたんだ。だから私たちの気持ちが分かるように此奴にもこうして働かせているのだ」


父はヘラヘラと笑いながら先生にそう言った。

先生が返ってきた返答に絶句していたのを当時見ていた私は覚えている。


それから先生は私をよく気にかけてくれるようになった。

一日一食しか食事がなかった私に隠れて食べ物を与え、ローラや父やカトリーヌの嫌がらせからそれとなく守ってくれた。

そして私の境遇を憐れみ、勉強や貴族のマナーまで教えてくれた。

私が父に娘として扱われなくなったのは十歳の頃なのでテーブルマナーなど基本的な貴族教育はされていたが、肝心の社交界の振る舞いやダンスなんかは全く知らなかった。


しかし、先生の行動はすぐにバレてしまった。

元々勉強や習い事が好きではなかったローラはその先生のことが嫌いだったらしく、ずっとこの家から追い出してやろうと考えていた。

そしてローラはずっと先生の行動を見張り続けて、ついに尻尾を掴んだ。


ローラは父に先生の行動を報告した。

当然父は烈火の如く怒り、先生をこの家から追放した。

幸いその前に追放された使用人とは違って先生は貴族だったから突然解雇されても何の問題もなかったらしい。


『勉強なさい。そしてこの家を出るのです』


先生は私にそう言って追い出された。

私はその言葉を信じてずっと勉強してきた。

いつしか私は屋敷の外の世界に憧れるようになった。


この屋敷の中はずっと陰湿な悪意と恨みで満ちていて、首を絞められるみたいに苦しい。

だけど外の世界はきっと自由に満ちていて、もし外に出られるなら素敵な世界が広がっているに違いない。

そう信じて私は過ごしてきた。


そしてついに、今、私はこの家を出れるかもしれなかった。


(やった! 私、ついにこの家を出ることができるかも!)


私は興奮して今にも飛び上がりそうなるのを堪える。


「で、リナリア、どうなの! 嬉しいでしょ! 公爵様と婚約できるなんて」


先程まで俯いて黙っていた私にローラがニヤニヤと笑いながら質問してくる。

きっとローラと父とカトリーヌは私に対して最大の不幸を与えることができたと思って喜んでいることだろう。

しかし私には幸福の報せだった。


「はいっ! 嬉しいです!」

「は?」


おっと、いけない。少し喜びすぎた。

ここで喜んでいたら逆に婚約させるのを辞めさせられるかもしれないのでもっと控えめにしないと。


「あ、いえ……その、嬉しい、です」


少し目を伏せて。悲しそうな表情を作る。

演技なんてあんまりしたことはないけれど、この時の表情は上手く作れたと思う。

その証拠にローラも父もカトリーヌも引っかかった。


「あはは! そうよね! 嬉しいわよね!」

「私たちの役に立てるのがそんなに嬉しいか!」

「ほら! あなたお礼はどうしたの。嬉しいんでしょう?」


カトリーヌがお礼を強要してくる。


「はい……ありがとうございます」


私は泣くフリをしながら深くお辞儀をする。

そうすると三人はますます嬉しそうな声を上げた。


「よし、そうと決まれば明日までにお前の見た目を整えなければなるまい! このままの格好で公爵様の前に出るのは無礼だからな」

「はぁ」


もしかするとこのまま公爵様の前に放り出されるのではないかと思っていたが、父の体面に関わるので一応身なりを整えてくれるらしい。

その日はいつものように雑用をして、小屋に返された。


「今日はいろんなことがあったな……」


私は藁のベッドの上で寝ながら天井を見上げる。

婚約を私がすることが決まった後、これで最後のリナリア虐めだからといつもの二倍ローラとカトリーヌに嫌がらせをされたのだ。

そのせいで雑用が大変だった。


「あ、そうだ。これだけは持っていかないと」


私は藁の中からペンダントを取り出した。

明日からこの屋敷から出て行くことになるのでこの母の形見は持っていかなければならない。


「お母様、私、ついにこの屋敷を出ることができます」


私はペンダントに話しかけるとぎゅっと握り、そのまま眠った。




そして次の日、私は朝から風呂に入れられた。


今まで過ごしてきた小屋では風呂なんてものは無かったので、体を濡らした布で拭き取るだけだった。一応毎日していたので体と髪は清潔だったけど。


つまりこのお風呂は七年ぶりのお風呂だ。

使用人にゴシゴシと体を洗われながら私はお風呂を満喫した。

お風呂から出てくると、七年間ろくに手入れされていなかった髪を櫛で入念に梳かされる。それが終わるとヘアオイルやら、髪にいいものをつけて手入れされた。


そうすると私の白金色の髪はかつての輝きを取り戻し、サラサラになった。

次は服を選ぶ番だ。

もちろん私は貴族用の服なんか持っていない。あるのは平民のよりもボロボロの服だけだ。

そのため私の服はローラの物から選ばれることとなった。

当然ローラは嫌がった。

いつも見下していた私にドレスをあげるなんて最悪だっただろう。


「嫌よ! なんでリナリアなんかに私の服をあげなきゃならないの!」

「ローラ、我慢してくれ。たった一着だけだ。それに後で好きなだけ買ってあげるから」


父はローラを慰める。

ローラは好きなだけ買ってあげる、という言葉ですぐに機嫌を直した。


ローラの持っている服は全て情熱的な色の服装ばかりだった。


そのため私に選ばれた服は赤色のドレスだった。

正直、ローラならともかく、ろくに食事をとっていないため肌色が悪く、病人みたいに細い私には燃え盛るようなレッドのドレスは似合っていないと思う。


それに加えて服のサイズが合っていなかった。

私が太っていたわけではなく、私が細すぎたのだ。

まあ一日一食しか食べていないので当然私は他の十七歳の女性と比べて明らかに細い。

ローラは標準的な体型なので、私がローラの服を着ると随分と布が余っていた。


ドレスを選び終わると今度はメイクが始まった。

血行の悪い顔を少しでも健康的に見せるためのメイクだ。

そしてメイクまで終わると、完全に私の身支度は完了した。

ちょうどその時、家に公爵がやってきたと使用人が父に報告した。


「分かった。今すぐに客間へと通せ」


父がそう命令すると使用人は急いで出ていった。


「リナリア、分かっていると思うが、間違っても公爵様に余計な事を言うなよ」

「分かりました」


つまりは私のこの家での扱いを公爵様に告げ口するな、ということだろう。

私も別に公爵様に何も言うつもりはない。

公爵様に私がローラの代わりに出された、とバレたら公爵様が怒ってこの婚約自体がなくなってしまうかもしれないからだ。

やっと掴んだ自由を手放すつもりは無い。


「ふん、分かればいい」


父は鼻を鳴らすと私を公爵様の待っている客間へと連れて行った。


客間の前に来ると父が扉をノックした。

中から「どうぞ」と声が聞こえてくる。

ガチャリ、と音を立てて扉が開かれた。


「初めまして、マリヤック伯爵」


部屋の中には、今まで見たことが無いほどの顔立ちの整った青年が座っていた。

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