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「ノエル様に会いたい」

私はノエル様のことを信じることにした。


「でも、一ヶ月。一ヶ月もかかるんですよ? アンナさん」

「そうね……」


今日何度目かも分からない私の愚痴をアンナはうんざりした表情で聞いていた。

確かにアンナの気持ちは分かる。同じ話を何度もされて飽きているのだろう。だけど私だってこの何とも言えないモヤモヤした気持ちを吐き出したいのだ。


「一ヶ月ってちょっと長すぎると思いませんか」

「そうね。今日は昼食も一緒じゃなかったし」


ノエル様は忙しいと言うことで今日は朝食だけじゃなく昼食まで一緒に食べることができなかった。

花園でのティータイムでは会うことが出来たのだけれど、食事の時間はノエル様に会えてない。

これではノエル様と友人になる前に戻ったみたいだ。

私はため息をつく。


「そうですよ。ノエル様は本当にもう……」

「ノエル様に会えなくて寂しいのよね」

「ア、アンナさん!? それは…………そうなんですけど」

「それなら会いに行けば良いじゃない。どうせノエル様は書斎にいるんだし」

「でもノエル様の邪魔にはなりたくなくて……」

「……面倒臭いわね。これだから全く進まないのよ」

「え?」

「何でもないわ。本当にノエル様に会いに行かなくてもいいの?」

「…………大丈夫です。今日はクッキーを作るので、その時にお会いできれば良いんです」

「はいはい。じゃあ今から作りに行く?」

「はい!」


私はノエル様に希望されていたクッキーを作りに行った。

いつものように料理長に厨房を貸して欲しいとお願いすると、料理長は快く厨房のスペースを貸してくれたので、仕事の邪魔にならないように注意しながらクッキーを作っていく。

ノエル様がわざわざ元気が出るから食べたいと言ってくれたクッキーだ。

昨日のノエル様の言葉を思い出しながらクッキーを作っているとちょっと上機嫌になってきた。


そしてクッキーを作り終えた。

いつも同じプレーンの味では面白くないので今回はチョコだとか紅茶だとか、いろんな味のものに挑戦してみた。

我ながら会心の出来だ。


早速ノエル様の書斎へと持っていった。

しかし。

書斎に入るとノエル様は机で忙しなく仕事をしていた。


「申し訳ありません。今は立て込んでいて、後でゆっくりいただきますね」


ノエル様は机から顔を上げると、今日初めて息をつける暇が出来たかのような微笑みを私に浮かべてまた仕事に戻った。

ノエル様は明らかに立て込んでいる状況で、私はそれ以上何も言うことができなかった。


「そう、ですか……」


私はぎゅっと服を握る。

大丈夫。このクッキーはノエル様に元気をつけてもらうためのもので、今食べてもらわなくても良いのだ。

ノエル様が元気になってくれたら私はそれで良いのだ。

──だから寂しいなんて言っちゃいけない。




それから一週間が経過した。


「今日も来てませんね……」


いつもの花園で私はノエル様を待っていた。

冷めた紅茶を飲みながら私はポツリと呟く。

もうずっとノエル様は花園には来ていなかった。

それどころか最近はとても忙しいらしく、食堂で食事を取らずに朝食も昼食も夕食も書斎で取っているそうなので、もう何日も顔を合わせていなかった。

アンナが質問してくる。


「寂しくないの?」

「本音を言えば、寂しいです」


ノエル様がいないと私の心が渇き切った大地のように冷たい風が吹いたみたいに、荒れて、悲しくなる。


「でも、それ以上にノエル様の体調が心配です。こんなに根を詰めていると体を壊してしまいます」

「無理矢理にでもノエル様に会いに行ったら良いのに……」

「それは駄目です。私はノエル様のことを信じると心に決めたましたから」


一週間前のあの日、私はノエル様の言葉を信じると決めたのだ。

だから寂しいだけで無理矢理会いに行ってノエル様の仕事を邪魔するわけにはいかない。


「それにノエル様もこの仕事が終わったら元通りだって言ってましたから。それまでの辛抱なんです」

「……」


私はそう言ってアンナに笑いかける。

でも上手く笑顔が作れていなかったようだ。アンナが眉を寄せて困ったような表情になっていた。


「…………自分が情けないです」


私は自分が情けなかった。

『もっと私が強かったらノエル様の仕事を手伝うのを反対されなかったかもしれない』

未だにそう考えている自分が情けなかった。

ノエル様が私に仕事を手伝わせなかったのは

私のことを考えていてくれているのに、それなのに私はずっとノエル様に会いたいなんて自分の事ばかりを考えている。

その浅ましさに自己嫌悪の自嘲を漏らす。


「ごめんなさい、アンナさん。変な話を聞かせてしまって」

「私は別にいいけど……」

「今日はもう部屋に帰ろうと思います」


私は冷たくなった紅茶を一気に飲み干し、椅子から立ち上がった。




私は自分の部屋に帰ると、そのままベッドに倒れ込むように飛び込んだ。

そして枕を手元には引き寄せ、抱きしめる。


「……ノエル様に会いたい」


口からその言葉は自然と零れ落ちた。

私はそんな言葉が口から出たことに自分でも驚いた。

だってこの言葉はノエル様に初めて勧められた恋愛小説で、伯爵令嬢が恋い焦がれた公爵令息に身分の差で会えなくて、寂しさに耐えかねて呟いた言葉だったからだ。


そんなの、まるで私がノエル様に恋い焦がれてるみたいじゃないか。


「そんなの、違うよ……」


だって、ノエル様は私にとって友人の筈なのに。

でもそれなら、このノエル様に会えないだけでこんなに寂しくて、顔を思い出すだけで胸が温かくなるような気持ちは、何て名前なのだろう。

色んな感情や言葉が頭の中でグルグルと回って、でも考えは一向に纏まらない。


「はぁ……」


私は考えることを止めて、枕に顔を埋めた。

ノエル様に会いたい。

その温かい笑顔を向けられたいし、頭だって撫でられたい。

思考はその言葉で一杯になって、この感情を必死に抑えていないと、今にもノエル様の部屋に突撃してしまいそうだった。

その時。


「リナリア!」


血相を変えたアンナが部屋に入ってきた。

私はベッドから起き上がって何事かとアンナを見る。


「アンナさん? 一体何が……」

「落ち着いて聞いてね。絶対に取り乱しちゃ駄目よ」


アンナのその言葉から恐ろしい報告なのだということはわかった。

私はどんな事を言われても大丈夫なように覚悟をした。

でも、そのそんな心構えは無駄に終わった。

告げられたその事実はそんな覚悟をあっさり上回る衝撃を与えた。

そしてアンナは深呼吸をして、衝撃の事実を告げた。


「──ノエル様が倒れたの」

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