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一方マリヤック家では

「何故だ! 何故なのだ!」


マリヤック家の当主である私、ドニールは不機嫌だった。

何故かというと、最近仕事に忙殺されているからだ。

愚かな娘であるリナリアをネイジュ公爵家へと婚約者として出してから、私の仕事が異常なまでに増えているのだ。

今まではリナリアに大抵のことを任せていたので、使用人の中で代わりに仕事を行える者がいないのも理由の一つだ。

あまりに急にリナリアがいなくなってしまったせいで仕事を引き継がせる暇もなかった。


「ぐう……ネイジュ公爵め。あいつは元々気に食わないのだ!」


私はこの状況の元凶であるネイジュ公爵を恨んだ。

しかしどんなに愚痴を垂れたとしても目の前の机に山積みになった書類は消えない。

この量を一人でこなしていたということは、鈍重で頭も悪い娘だと思っていたがやはりそれなりには役に立っていたということだろう。


「これほど大変ならリナリアを連れ戻して…………いや、あいつの顔はもう見たくない」


ネイジュ家からリナリアを連れ戻そうか、という考えが一瞬よぎったが私はすぐにそれを否定した。

リナリアの顔を見ていると私とカトリーヌを引き離す原因となった憎き前妻を思い出す。

それにリナリアがこの屋敷にいるとカトリーヌやローラの機嫌が悪くなる。


「ええい! 誰か私の仕事を手伝わんか!」


怒りに身を任せて私はドン!と机を叩きつける。

その音を聞いて使用人が慌てて部屋の中に入ってきた。


「いかがなさいましたか!」

「どうもこうも、貴様らに任せていた人材を見つけろという仕事はどうなっているのだ! このままでは私が仕事に忙殺されてしまうではないか!」


使用人たちにはこの私の仕事の量を解消できるように、貴族の書類仕事ができる人材を探してこい、と命令を与えていた。

しかし一週間経っても一向に現れる気配がない。

私はもう我慢の限界だった。


「申し訳ありません! ですが使用人が大量にやめていった結果人手が足りないどころか、資金的に人を新たに雇うことは難しく……」

「ぐ……」


人手不足。資金不足。

それが今このマリヤック家の問題だった。

ネイジュ公爵家への借金が無くなったのはいいものの、それを記念してパーティーを開いたりカトリーヌやローラに色々買い与えた結果、予想外の出費を出してしまい資金が無くなってしまったのだ。

その結果使用人を雇えなくなってしまい、約半分ほど使用人を解雇することとなった。

そのためこの屋敷は人手が足りておらず、今も使用人たちがなんとか屋敷を回すために走り回っている状況だった。


「それを何とかするのもお前たちに任せた仕事だろう!」


だがしかしそんなことは私には関係ない!

むしろこちらは賃金を与えてやっている側なので、使用人が必死に働くのは当然なのだ。

つまり私がやれと言ったことは絶対にしなければいけない。

しかし使用人は言い訳をしようとした。


「で、ですがそれは私たちには……」

「黙れ! 口答えするな! 早く取り掛かれ!」

「……承知いたしました」


主人に反抗したので私が叱りつけてやると使用人は従順になって部屋から出ていった。


「ふん、最初からそう言っておけばいいのだ」


私は息を吐いて椅子に座り直す。

使用人を怒鳴りつけてやったことで少し気分がスッキリしていたのだが、目に書類が入ってきたのでまた私の気分は悪くなった。


「ああ、面倒臭い! 一旦休憩だ!」


私は机の引き出しを開けて葉巻を取り出すと火をつけて一服する。


「どうする、このままでは資金は完全に底をついてしまう。だが収入源の作り方など私は知らないし……」


貴族は特産品を作ったり、領地から税を取ったりして収入源を作っていく。

その収入源を子孫へと受け継ぐのだが、私は今まで受け継いだ収入源で暮らしていたので新たに金を稼ぐ方法など知らないのだ。

それにいくつかの収入源は借金返済のために売り払ってしまったので、今手元に残っているのはほとんど領地からの税収のみだ。


「すでに領地の税率は法律の定める限界まで上げてしまったし……」


私はとある手紙を取り出してため息をついた。

それは借金をしている貴族からの催促の手紙だった。


「そうすると今度はカルシール男爵への返済も滞ってしまう……」


現在いくつかある借金の中でも一番うるさく返済を求めているのがこのカルシール男爵だ。

年齢は六十ほどの老人で、若い娘を好んで手籠にしようとする変態貴族だ。

本来なら爵位が下の相手に金を借りるなど屈辱の極みなのだが、カルシール男爵は金を豊富に持っており、それでいて私に低い利子で貸し付けてくれると言ったので金に困っていた私は喜んで頷いてしまったのだ。


「このまま返すことができなければ……」


私は手紙に書かれている内容を確認するが、やはり書かれていることは変わらない。

その時、部屋の扉がノックされた。


「誰だ」

「私です。ローラです」

「おお、ローラか。入ってくれ」


私は愛しの娘であるローラがやってきたことに喜びながら返事をする。慌てて今見ていた手紙を引き出しの中に隠した。

扉を開けてローラが入ってきた。

母親譲りの赤い髪と、宝石や金で飾りつけたドレスはいつ見ても美しい。


「ローラ、どうしたのだ」

「お父様、私、欲しいペンダントがあるんです」

「分かったすぐに買おう」


私はローラのおねだりに対して即答して頷いた。

可愛い娘に我慢などさせることができるわけがない。


「ありがとう! お父様!」

「ははは、いいんだローラ。お前にはずっと我慢させてきたのだからな。もうお前に我慢はさせられない」

「そうよ! 私はリナリアのせいで狭い家で暮らすはめになったの! ちょっとくらい贅沢しても構わないわよね!」


ローラが私に抱きついてきた。

私はその頭を優しく撫でる。

前妻が生きていた頃、私はローラの頭をこうして撫でたかったのに、前妻とその実家のせいでずっと出来なかった。

妻や娘を愛しているように演技をして、理想の父親を演じていた期間は私の人生において五本の指に入るほど苦痛な期間だった。

だというのにリナリアも前妻も幸せそうな笑顔を浮かべている姿を見て反吐が出るかと思った。

偽りの笑顔を浮かべてリナリアの頭を撫でていた時には蕁麻疹が出るかと思ったくらいだ。

だからこそ、こうしてローラに愛情を注ぐことが出来る今は幸せだった。


「そういえばお父様、最近屋敷の中の使用人が少ない気がするんだけど、何かあったの?」

「い、いや。何もないよ。お前には何も関係のないことだ」


屋敷の中に使用人が少ないと言われた私はギクリとした。

ローラにはマリヤック家の財政状況を伝えるわけにはいかない。

そうすればきっと心優しいローラは買って欲しいものを諦めてしまうだろう。

それだけはできない。もうカトリーヌとローラに我慢はさせないと誓ったからだ。


(よし、税率をあげよう)


その時、私はそう決心した。

もう法律の限界まで上げているが、こっそり少しだけ上げれば気づかれることもないだろう。

領民には今よりも負担がかかるだろうが、ローラを我慢させることに比べればまだマシだ。

むしろこの愛しのローラに金を使われて本望だろう。


(それにこの手紙もあるしな……)


私は机の中にある手紙を思い出す。

そんなふうに考え事をしていると難しい顔になっていたらしく、ローラが心配そうな顔で聞いてきた。


「お父様、何か難しい顔をしてらっしゃいましたが、大丈夫ですか?」

「あ、ああ……問題ない」


ローラに心配されたので私は慌てて誤魔化した。

私はそうするしかなかった。


「そう?」

「それより、今使用人に美味しいお菓子を用意させるからお茶でも飲んできたらどうだ?」

「ありがとうお父様!」


ローラは笑顔になって部屋から出ていく。

ローラが部屋から出ていった後、私はため息を吐いて手紙をまた引き出しから取り出した。


『借金が返せないならばあなたの家の娘を貰い受ける』


私が借金を抱えるカルシール男爵のその催促の手紙の文面にはそう書かれていた。

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