書庫で公爵様と出会いました。
そう言えば、最近勉強ができてない。
私の日課として本を読むというのがあるのだが、この屋敷にきて数日、色々なことがあったので落ち着いて本を読むことができていなかった。
別に私は本を読むことが特別好きだとかそういう訳では無いのだが日課として染み付いていた読書をしないのは何だかむずむずしてくる。
ということで私は今日はゆっくり読書をする日に決めた。
しかし私は公爵家の屋敷のどこに書庫があるのかを未だ知らなかった。
「という訳でアンナさん、今日は書庫に案内していただけませんか?」
「はあ……いいけど」
朝食後の紅茶を淹れてくれていたアンナが面倒臭そうにしながらも頷く。
「あんた、本とか読むの?」
「ええ、実家を抜け出した時のために勉学に励みなさいと先生から教わって」
「……本当にやばいわね。あんたの実家」
アンナが私の家の状況を聞いてゲンナリした表情になっていた。
「あんたの境遇を聞いてたら私でも恵まれた方なんだなって思ってきちゃうわ」
「そんなことはありませんよ。アンナさんも辛いのに頑張っていると思いますよ」
「それ、嫌味にしか聞こえないから」
そんな会話を交わしているうちに微笑みが漏れてきた。
「ふふ」
「何笑ってるのよ」
「アンナさんが普段通りに接してくれるのが嬉しくて。でも、なんだかちょっと落ち着かないですね」
「なっ! あんたがそうしろって言ったんじゃない! 大体、私だって主人にこんな口調で話してるの落ち着かないんだから」
「私のわがままを聞いてくださってありがとうございます」
「別にいいんだけど……」
「そう言えば、お母様の体調はいかがですか?」
「もう薬も飲んでちゃんと治療が始まったわ。あと半年もすれば完全に回復するみたい」
「それは良かったです」
「……ありがとね。本当に」
「はい!」
そして紅茶も飲み終わり、私たちは書庫へと移動した。
アンナが書庫の扉を開く。
「ここが書庫よ」
「大きいですね……」
私は書庫の中を見渡して感想を述べる。
書庫はさすが公爵家の屋敷の書庫と言うだけあって、実家の書庫の数倍は広かった。
恐らく実家の屋敷で一番広い部屋である広間と同じくらいの広さがあるのでは無いだろうか。
「私は適当に仕事してるから。部屋の戻りかたは分かるわよね?」
「あ、はい。ありがとうございます」
私を案内し終えたアンナが仕事へと戻っていく。
私の側付きとはいえ屋敷のメイドとしての仕事はある。
書庫の扉が開かれ一人になると、私はゆっくり書庫の中を見渡しながら歩いていく。
本は種類ごとに分類され、どこにどんな本があるのかが分かりやすくなっている。
実家で読んだ本よりも見たことの無い本の方が明らかに多い。
「こんなにあるとどれから読もうか迷ってしまいますね」
とりあえず興味が湧いたタイトルの本を何冊か手に取り、書庫の奥にある座って本を読むためのテーブルまで歩いていく。
「ん?」
その時にとある本が目に入った。
「小説……」
目に入ったのは小説だった。
なぜ小説が目に入ったのかというと棚一つを使い切るくらいに多様な小説が置かれていたからだ。
今まで本を読んできたのは将来のためだったので、将来の役に立たなさそうな小説というジャンルを私は今まで一度も読んだことがなかった。
「でも、この機会ですし読んでみましょうか……」
私は本棚を見て、恋愛ものの小説を手に取った。
なぜこの本を手に取ったかと言うとこの本がたまたま目に入ったからだ。
小説を選び終わると私はテーブルまで運んで行って、小説ではなく最初に選んだ服についての本を読んでいく。
服については最近痛い目を見たばかりなので早急に知識を仕入れなければならない。
せめて最近の流行りを学ばなければ。
「…………」
書庫の中は静かで、本を読むのに最適だった。
そして服についての本を読んでいると書庫の扉を開けて中に誰かが入ってきた。
「っ!」
思わず私は肩を振るわせるが、ここは実家とは違って書庫で本を読んでいても叱られないのだということを思い出して私は安堵の息を吐く。
「……ん?」
「公爵様?」
やってきたのは公爵様だった。
公爵様も手に本を持っており、ここへ読書をしにきたようだった。
「……」
公爵様は少し沈黙した後机に座った。
「意外ですね。あなたも読書をするんですか?」
公爵様が話しかけてきた。
私は珍しく公爵様から話しかけてきたことに驚きつつも返答を返す。
「はい、読書は日課だったので。公爵様は読書はお好きですか?」
「読書は好きですよ。当主になってからは息抜き程度ですが。リナリア嬢は何を読んでいるんです?」
「私は今は……服についての本を。公爵様はどんな本を?」
本の話題から早く逸らしたかったので私は公爵様にどんな本を読むのかを質問した。
すると公爵様は固まった。
「公爵様?」
「……ああ、いえ。その……小説です。私が読んでいるのは」
「素敵ですね。私ももうすぐ読み終わるので、この小説を読もうと──」と言って私は横に積んだ恋愛小説を持ち上げた。
「それは」
その途端、公爵様の目が光った気がした。
「この本がお好きなのですか?」
「はい」
公爵様は即答した。
「この書庫にある小説の中でもかなりおすすめです」
「ちなみに、どういったところがお勧めですか?」
「いい質問ですね」
公爵様がそこにあるはずの無い眼鏡を持ち上げた気がした。
「その恋愛小説は貴族に生まれた二人の男女が身分差に悩まされながら時に愛を語り合い、時に引きさかれを繰り返すところのじれったさが非常に良いです。そして結末が──失礼」
「どうなさいましたか?」
話している最中に急に態度が変わったので私は質問する。
「……申し訳ありません。熱くなりすぎてしまいました」
「私は興味深く聞いています」
「いえ、そうではなく……」
「……もしかして公爵様はご自分が小説をお読みになっているのを恥ずかしいことだと思ってらっしゃるのですか?」
「………………おかしいでしょう。こんな私が恋愛小説が好きだなんて」
「そんなことはありませんっ!」
思ったよりも大声が出てしまい、公爵様はびっくりした目で私を見た。
「お、大声を出してしまい申し訳ありません……ですが、恋愛小説が好きだからと言って恥ずかしいなんてことは絶対にありません」
「……そうですね。その通りです」
その時、初めて公爵様は表情を緩めて微笑んだ。
絶世の美青年と言っても差し支えない公爵様の微笑みはいつも浮かべている貴族としての笑みとは違って、とても温かく、素敵な笑顔だった。
私がその笑顔に見惚れていると公爵様は私の視線に気がついたのか、バツが悪そうな表情になって顔を逸らした。
「気に入らないようなら別に見なくても……」
「そんなことはありません! 絶対に読ませていただきます!」
「……そうですか」
公爵様は私の強い肯定を見てどこか安心したような表情になると、すぐにいつもの真面目な表情に戻った。
「それでは私はもう戻ります」
「え、でもまだここに来て少ししか……」
まだこの書庫にきて少ししか経っていなかったので私は引き止めようと思ったのだが、公爵様は椅子から立ち上がり書庫を抜けていった。
「行っちゃいました……」
私はその背中を見送ると手元の小説に目を落とした。
「公爵様のおすすめ……」
ページを一枚捲った。
そして数時間後。
「お、面白かった……」
私は感動のため息と共に本を閉じた。
公爵様が勧めてくれた小説に没頭してしまい、時間を忘れてしまった。
「初めて読みましたが、こんなに面白いものだったとは……」
私は感嘆のため息を漏らす。
恋愛小説なんて見たことがないし、今まで恋愛を経験したことがなかったので共感できるのか不安だったが、そんな心配を吹き飛ばすぐらいドキドキした。
こんなにも小説が面白いなら、他のものも読んで見たいと思った。
「他の小説も読んでみましょう……!」
他の小説を取りに行こうと椅子から立ち上がった時、また書庫の扉が開いて誰かがやって来た。
「あ、こんなところにいた!」
「アンナさん、焦っているようですがどうしたんですか?」
「どうしたも何も無いわよ! あんたを探してたの! どこにもいないから屋敷中探し回ったのに……もう昼食の時間よ!?」
「え?」
窓を見るともう陽が空高く昇っていた。
確かにそう言われてみたらお腹が空いている気がする。
どうやら想像以上に夢中になっていたらしい。
「早く片付けて。もう昼食の準備はできてるんだから」
「はっ、はい!」
アンナが腰に手を当てて怒っていたので私は素早く本を元の位置に戻し、部屋へと戻った。




