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リナリアの本音

「ふふ、初めて贈り物をもらいました……」


自室へと戻った後、私は公爵様から貰った宝石のペンダントを眺めていた。

久しぶりに人から贈り物を貰ったので私は上機嫌だった。

ペンダントを箱から取り出すとペンダントを首からかける。

私の首元で赤い宝石がキラキラと輝いている。

それを見ていると何となく私は散歩がしたくなって、ペンダントをつけたまま部屋を出た。

そして歩いていると公爵様と出会った。


「公爵様」

「そのペンダントは……」


公爵様は私の首元にかけられたペンダントを見ていた。

私は悪いことをしたような気分になって言い訳をする。


「えっと……嬉しくてペンダントをつけたまま散歩をしようと」

「……そんなに嬉しかったんですか?」

「は、はい。嬉しかったです」


私はどんな表情をすればいいのか分からなくて、公爵様を真顔で見つめたままそう返事する。

気まずい沈黙が私たちの間に流れた。

先に動いたのは公爵様だった。

公爵様は呆れたようにため息をつく。


「何もこの屋敷の中でつけなくても……」

「どうしても今つけたくて……駄目でしたか?」

「駄目ではありませんが……失くさないように」

「はい!」


私は勢いよく頷く。


「それでは私は失礼します」


公爵様は足早に去っていった。

私も自室へと戻った。




そして夕食も終わり入浴の時間になった。

今日の夕食は何故か昨日よりも豪華で、尚且つ温かかった。

そう言えば昨日アンナが準備に手間取ってしまったと言っていたので、今日は準備に手間取らなかった分温かい食事だったのだろう。


「アンナさんはいつ来るんでしょう」


アンナはお湯を取りに行ってくると言ったきり戻ってこない。

この屋敷では沸かしたお湯をバスタブをまで持ってこないといけないのだが、メイドであるアンナが入浴の準備のためにお湯を取りに行ったのだ。

その時扉がノックされた。


「はい」

「お湯をお持ちしました」


アンナだ。私は急いで扉を開けに行く。

しかしその前にアンナが扉を開けて入ってきた。

桶は横に置いて扉を開けたらしい。

お湯が入った桶は湯気が立っており、とても熱そうだった。


「大丈夫ですか」

「大丈夫です」


お湯を運ぶのは大変そうだったので私は手伝おうかと思って聞いたが、アンナから返ってきた返事は素っ気ないものだった。

アンナは桶を持って立ちあがろうとするが、やはりその桶は重いのかアンナはよろめいた。

そして部屋の中に入り桶を運ぶ。

しかし次の瞬間、アンナがよろめて私の方に倒れてきた。


「あっ」

「危ない!」


私は咄嗟にアンナを支える。

しかし桶の中のお湯がアンナを支えている私の手にかかった。

お湯は運ぶ最中に冷めてもいいようにかとても熱されており、それがかかった私の手には熱と共に激痛が伝わった。


「大丈夫ですか! 怪我はありませんか、アンナさん! どこか打ったりお湯がかかったりしませんでしたか!?」


もしかして怪我をしたんじゃないかとアンナを見るが、特に負傷したような様子は見当たらない。


「良かったぁ……!」


私は安心してホッと息を吐く。


「何なのよ……何なのよあんた!」


しかしアンナが急に怒り始めた。


「ア、アンナさん……? どうしたんですか? 私、また何かしてしまいましたか?」

「何なのよずっと! そうやって嫌がらせしてる私を助けて何になるの! それとも私みたいなのを助けて優越感に浸ってるの!?」

「……えっと、あの」

「もしかしてそうやって良い子ぶってれば公爵様に気に入られるとでも思ってるの? 愛してもらえるなんて思ってる!?」

「……」

「残念! あんたは知らないかもしれないけど、この婚約はそもそも解消前提なの! あんたなんか誰にも愛されるわけないのよ!」

「──じゃあ、どうすれば良かったんですかっ!」


バチッ!

私はアンナの頬を叩いた。


「え?」


急に豹変して私に頬を叩かれたアンナは一瞬呆けた表情になった。


「私だって! 私だって愛されたかった!」


初めは、別に期待して無かった。

婚約期間中は誰とも深く関らず、婚約を破棄された後は慰謝料を貰って、平民として暮らすつもりだった。


でも、最初にメイド服を着てここの使用人と会話をした時。厨房で料理をした時。

かけられた言葉があまりにも温かくて。

私に優しく接してくれた彼らを見て思ってしまった。


期待してしまった。


『この屋敷でなら、私は愛してもらえるかもしれない』と。


「そうです! 打算です! あなたを助けたのも! 今あなたを心配するフリをしたのも全部私のためです! でもここなら! もしかしたら愛してもらえるかもしれなかった! あの家と違って!」


だから私はこの屋敷の人たちに気に入られるように演技を始めた。

メイドとして忙しなく働き、アンナを庇ってまるで能天気な人間のようにアピールした。

相手を騙すことは心苦しかったけれど、実家のことを思えばマシだった。


「食事はまともに与えられなくて! 私はみんなと同じ屋敷に住めなくて! ボロボロの小屋で寝泊まりして! 朝から晩まで召使として働かされて! あなたは知らないでしょう!? 父親に面と向かって「お前なんか生まれなければ良かった」って言われた私の気持ちを! 私はそういう所で育ってきたんです!」

「そ、それは……」


アンナは気圧されていた。

私の目から涙が溢れてきた。


「で、でもっ、私だって泥を啜って生きてきて……」

「本当に啜ったことなんてないくせに! 父の機嫌が悪くて何日も食事が与えられなかった時、私がどうやって生き延びたか知ってますか? 本当に泥水を啜ったんですよ!」


あの家で私の命はどんなものよりも軽かった。

自分は二度と愛されることはないんだ、ということを延々と目の前で見せつけられる地獄。

私が生きてきたのはそういう地獄だ。


「打算でも媚を売ってでも愛されたいと思って何が悪いんですか! 親に愛されて育ったあなたに私の気持ちなんかが分かるはずがないっ!」


部屋の中に沈黙が流れる。

アンナは何も言い返せず私を見ているだけだった。


「何事だ!」


その時偶然通りかかったのだろう公爵様が私が叫ぶ声を聞いて部屋へと入ってきた。

そして泣いている私と、向かいに立っているアンナを見て何があったかを察したようだ。

公爵様はアンナを睨んだ。

アンナは公爵様の視線に射すくめられビクリと肩を振るわせた。


「アンナ、何があったのか説明しなさい」

「……」


アンナは口を閉ざした。


「これで二度目です。あなたはまた仕えるべき主人に対して危害を加えた。何か釈明がありますか」

「……」


アンナは拳を握りしめたまま俯いて答えない。


「この際だから言っておきましょう。あなたの事情も、私の妾になろうとしていることも知っています。その上で質問しますが釈明しなくてもいいんですか?」


アンナは何も答えない。

その様子を見て公爵様は静かに目を伏せる。


「では、あなたを解雇します──」


その時。


「──ママ」


近くにいた私だけが聞こえる声でアンナは小さく呟いた。

私は顔が跳ね上がるようにアンナの表情を見るとアンナは何もかもを絶望したような、そんな顔になっていた。

私は反射的に声が出た。


「待ってください」

「……リナリア嬢?」


この状況で待ったをかけた私に公爵様は困惑していた。

私もなぜこんなことを言ってしまったのかと困惑していた。

ただ、ここでアンナを解雇させてはならないと思ったのだ。


「私は大丈夫です。ですからアンナさんを解雇しないでください」

「何を言っているんですか、その顔で大丈夫なわけが──」

「大丈夫です。お願いします」


私は深く頭を下げて公爵様にお願いする。


「何であなたはそこまで…………」


公爵様は沈黙する。

公爵様は長い沈黙の後深く息を吐いた。


「…………わかりました。今回の件は見なかったことにします」

「ありがとうございます」


そして公爵様は意外とあっさりと引き下がり、部屋から出ていった。

再び部屋は私とアンナだけになった。

アンナが私を見上げて呆然と呟く。


「な、何で……」

「……分かりません。反射的に」


私でも何でアンナを助けたのか理解できなかった。

アンナの呟きを聞いた途端口が勝手に動いたからだ。


「助けてもらったけど、もう無理よ。ノエル様に妾狙いだってバレちゃったし。…………どうしよう。ママの命がかかってるのに……」

「もしかしてそのために妾に……」

「どうしよう! ママの病気を治すにはこれしか無いのにっ! 私のせいでママが死んじゃう……っ!」


アンナは悲痛に叫ぶ。

母を亡くした身としてはアンナの気持ちは痛いほどに伝わってきた。

私は辺りを見渡してとある物を見つけると立ち上がってそれを取りに行った。


「これを差し上げます」

「え?」


アンナは顔を上げた。

そして私に差し出された物を見て驚愕に目を開いた。


「これって……」


私が差し出したのは実家から持ってきた赤いドレスだった。


「でも……」

「言っておきますが、これも打算によるもので単なる人助けじゃありません。ちゃんと条件があります」

「条件……?」

「はい、…………私と、お友達になってください」

「は、はぁ?」


アンナは「何を言っているんだコイツ」と言いたげな表情で首を傾げた。


「私、今までお友達がいませんでしたし、それに私の本音を知っている協力者も欲しかったところなので」


(ああ、そうか)


私は理解した。

ここまでアンナを庇ったのは。

多分、友達が欲しかったからだ。


「私から出す条件は二つです。私とお友達になること。そして公爵様に私の過去がバレないように協力することです──私と友達に、なってくれますか?」


アンナの前にドレスを差し出す。

これは取引だ。

私に協力する代わりにアンナの母を助ける。そういう取引だ。


「……はいっ」


アンナは何度も頷いて頷いて私のドレスを受け取った。

母が助かると分かってアンナは気が抜けたのか瞳から涙が出てきた。


「良かった……。良かったよぉ……っ!」


アンナは震える手でドレスを抱きしめた。


「ごめんなさい……! ごめんなさい……っ!」


それからしばらくアンナは泣き続けた。


そしてアンナは泣き止むと涙を拭い、真剣な表情で私に向き直った。


「……リナリア様」

「はい、何でしょう」

「私、これからは誠心誠意お仕えさせていただきます。私の言葉は信用できないでしょうが、これから行動で示させていただきます」

「……私としてはもう少し言葉を崩してくれた方が嬉しいです」


せっかく友達ができたのにそんなにかしこまった口調になられたら寂しい。


「それはできません。主人なんですから」

「嫌です。元のアンナさんのままがいいです」


私はアンナの手を握りしめてお願いする。

するとアンナは折れてくれた。


「……分かった。でも、ちゃんとした場所では召使として振る舞うからね」

「ハイっ!」

「……ほんと、バカみたいなお人好しね」

「え? 何か言いましたか?」


私はアンナの呟いた言葉が聞こえなかったので質問する。


「何でもない」


すると誤魔化されてしまったので、結局アンナが何を言ったのかは分からなかった。

そうして私たちは協力関係を築いたのだった。

次回からは明るいお話しが続きます。

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アンナは解雇でいいだろうが。俺ならぶっ殺すけどな。
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