アンナの嫌がらせ(アンナ視点)
私には、どうしても今すぐにお金を稼がなければならない理由があった。
平民の生活をしている私にとってはどう足掻いても稼げないような金額だ。
だからそのために私はノエル様の妾にならなければならなかった。
しかし、リナリアが来て私が側付きへと命じられたことによりその計画が遠回りすることを余儀なくされた。
どうしてもすぐに大金が必要だった私にとってそれは致命的だった。
私はリナリアを恨んだ。
だから、つい頭に血が昇ってリナリアに嫌がらせをした。
わざと間違ったフリをしてリナリアを本来とは違う部屋へと案内した。
だがリナリアは気にしていない風を装って私に「部屋を掃除したい」と言いにきた。
普通、汚い部屋に案内されて怒らない貴族なんていない。
ましてや自分で掃除するなんていうはずが無い。
私はすぐにリナリアが私に対して皮肉を言っていることに気がついた。
私はここで完全に頭に血が昇り、リナリアの言葉を逆手に取り逆にリナリアに掃除をさせることに成功した。
貴族とはプライドが高いものだ。自分で言った言葉を撤回できるはずがない。
恐らくリナリアは今頃使用人の服を着て掃除させられていることに内心で激怒していることだろう。
そう思って使用人の部屋でしばらく休んでいたところ、ふと窓の外を見るとリナリアが楽しそうに同僚のメイドとおしゃべりをしていた。
「っ!」
リナリアがこちらを見たので私は慌てて隠れた。
何でかは自分でも分からない。
恐らく使用人と話しているリナリアが予想外だったからだろう。
「アンナ! ここで何をしているんです!」
その時メイド長であるクラリスが使用人の部屋へとやって来た。
私は慌てて言い訳をする。
「い、今は休憩時間で」
「もう休憩時間は終わりです! こっちに来てください! 今は猫の手も借りたい状況なんですから!」
メイド長は私の手を強引に引っ張って空き部屋へと連れて行き、私に掃除を命じるとすぐに部屋から出ていった。
「何で私がこんなこと……」
今日の朝までは私はノエル様の側付きで、こんな雑用まがいのことなんかする必要はなかったのに。
そう考えると掃除に身は入らず、乱雑な仕草で床を掃いていた時。
「それではよろしくお願いしますよ!」
「わっ!」
またこの部屋にもメイドが放り込まれてきた。
どうやらクラリスに捕まったメイドがまた仕事を割り振られたらしい。
私はそのメイドが誰か確認しようと顔を見て──固まった。
「え?」
そこにはリナリアがいたからだ。
「あれ、アンナさん……?」
「な、なんでここに……」
「私、この服を着て廊下を歩いてたんですけどあの方に誤解されてしまったみたいで……。あ、もちろん頑張って誤解を解いてみようとはしたんですけど、聞く耳を持ってもらえなくて……」
「……」
不味い、と思った。
どうやらリナリアは私がメイド服を着せたせいでクラリスにメイドだと勘違いされてしまったらしい。
このことがバレてしまえば私は確実に責任を問われることになるだろう。
しかしリナリアだってメイドとして扱われてそれを報告しないはずがない。
私は必死に言い訳を考え始めた。
「掃除終わりました」
「は?」
その瞬間リナリアが掃除を終わったと報告してきた。
確認してみると本当に掃除が完了していた。
部屋は埃一つ落ちておらず、確認にきたメイド長でさえ驚いていたぐらいだ。
その後もリナリアは類まれなる有能さを発揮して仕事を終わらせていった。
しかし最後に送り込まれた厨房で事件が起こった。
ノエル様が厨房にやってきたのだ。
当然リナリアにすぐに気づき、私はノエル様に問い詰められた。
「職務を放棄するならクビに──」
ノエル様がクビと言った瞬間私の肝は冷えた。
クビにされるわけにはいかなかったからだ。
「まま、待ってください!」
その時リナリアが割って入ってきた。
「メイドの仕事をしたことは全く気にしていません! それどころか逆に楽しかったくらいですから!」
「主人から目を離すことも十分おかしなことですが……まあいいでしょう。ここはリナリア嬢の言葉に面じんて許します。ですが二度はありません。分かりましたね、アンナ」
「はいっ! 肝に銘じます!」
リナリアがそう言って私を庇ったことにより、私は九死に一生を得た。
しかしその後、広間に集められた後も事件は起こった。
ノエル様が私をリナリアの側付きから下ろす、と言ってきたのだ
それ自体には問題ない。リナリアの側付きを離れて今すぐにでもノエル様の側付きに戻りたいのだから。
しかしノエル様は「この先当分昇進は無しですね」と言った。
お金を稼がなくてはならない私にとって、普通のメイドと同じ給金ではそれは非常に不味かった。
そして、リナリアはそれも助けてくれた。
私を側付きとしてそのままで、昇進無しという罰まで無くしてくれた。
この時点では私はリナリアに感謝していた。
多少リナリアに対して思うところはあるが、表面だけでも取り繕って側付きとして働こうとそう思っていた。
リナリアは急変した私の態度に困惑していたが、リナリアに忠誠を誓っているように見えるように必死に演技をした。
しかし次のリナリアの言葉は受け入れることができなかった。
「あ! いえ、ええと……そうだ! でもお気持ちは分かりますし、私は応援してますよ」
(っ!!)
ギリ、と歯を噛み締める。
私の中でドス黒い感情が湧き出てきた。
私の気持ちが、分かる?
そんなはずがない。
マリヤック家は貴族の世界では放蕩一家として有名だ。
きっとリナリアは今まで欲しいものは全て与えられ、何不自由ない環境で育ってきたに違いない。
『何もかも恵まれて生きてきたあなたに私の気持ちなんか分かるわけがない!』
そう叫び出したかった。
しかしここでそんなことをすれば今度こそクビになってしまう。
「ア、アンナさん……?」
俯いた私を不思議に思ったのかリナリアが私の肩に手を置いてきた。
私は自分の言葉を押し殺して、笑顔を作った。
「寛大なご処置、感謝いたしますリナリア様。これから誠心誠意お仕えさせて頂きます」
お金を稼ぐために私は嘘の笑顔を浮かべ、耐えるのだった。
私はリナリアに対してささやかな復讐を行うことにした。
勿論バレたら今度こそおしまいだということは分かっていたが、それでもそうでもしないとこの胸の中で渦巻く怒りを抑えることができなかった。
それほどまでに満たされた環境で育ってきた相手に助けられ、同情までされるのは私のプライドを酷く傷つけた。
まずはリナリアの夕食を意図的に冷えたものにした。
「お、美味しそう……っ!」
「は?」
しかしリナリアはそれすらも美味しそうに完食した。
演技で無理やり食べている様子はなく、本当に美味しそうに食べていた。
それからさまざまな嫌がらせを行ったが、全て不発に終わった。
普通の貴族とは全く違う反応を見せるリナリアに対して私はひどく困惑した。
リナリアが服を買っている最中、私はリナリアの後ろに控えながらリナリアの不可解な行動について考えていた。
メイドの仕事を率先して行うし、味覚もおかしいし、着替えは一人でするし、おかしな行動ばかりだ。
私の中でとある考えが浮かんだ。
もしかして、リナリアは私と同じような環境で育ってきたのではないか……。
(いやいや、あり得ないわ! だってあのリナリアの能天気な笑顔を見れば分かる! あれは温室育ちの貴族に違いないわ!)
私は頭を振って自分の考えを否定する。
その時。
「ありがとうございます」
リナリアの幸せそうな笑顔が目に入った。
ノエル様にお礼を言うリナリアを見て、私の胸の中に黒い泥のようなものが満たされていくのを感じた。
なんで、あなただけ。
私は、泥を啜って生きてるのに。
なんでそんなに、幸せそうな顔をしてるの。
「許せない……!」
もう、この感情を止めることはできなかった。




