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バレました。

ちょっと長め。

老齢のメイドが私の手を掴んだ。

その老齢のメイドはいかにも厳しそうな印象を受ける女性で、他のメイドとは意匠が違った給仕服を着ていた。


「来てちょうだい!」

「え? あの……」


一瞬びっくりして声が出ず、私は固まってしまった。

その隙にメイドが私を引っ張ってどこかへと連れて行こうとした。

アンナにこのメイド服を返さないといけないためもちろん私は抵抗しようとしたのだが、一日一食しか食べず痩せ細っている私の体では彼女の力には敵わず、なされるがままに連れて行かれてしまった。

そして連れて来られたのはとある部屋だった。


「あ、あの私は……!」

「あなたも知ってると思うけど、今日公爵様の婚約者様が来たのよ。何しろ知らされたのが昨日のことだからね。何とかお部屋は整えることが出来たけど、急に来たから前もって準備が出来なくて今屋敷の中は大忙しなのよ」


(あ、やっぱりあの部屋は本来の私の部屋じゃ無かったんですね……)


どうやらやはりアンナに案内された部屋は間違った部屋で、私の部屋は別のところにあるらしい。

あの部屋が私の部屋じゃないことは薄々分かってはいたことだけどあの部屋はもう自分で掃除もして愛着が湧いてきてしまったので、離れるのは少し寂しい気もする。


(ってそうじゃありません! 何とか誤解を解かないと!)


きっとこの人は私がメイドであると勘違いしているのですぐにその誤解を解かないといけない。


「あ、あのですね……私はリナリアと言いまして」

「いいから! 黙ってついてきてちょうだい! 今は猫の手も借りたい状況なの!」

「は、はいぃ……」


ものすごい剣幕でそう怒鳴られた私は反論することもできなかった。

そして私はとある部屋にポイ、と放り込まれる。


「あなたはここの掃除をしてちょうだい」

「あ、あのせめてお名前を……」


もう誤解を解くのは無理そうだと思ったので、せめて名前だけでも教えてもらえないかと私は彼女に質問した。

すると彼女は不思議そうに首を捻って自分の名前を名乗った。


「私の名前はクラリスです。それではよろしく頼みましたよ」


そう言ってメイドは足早に歩いて行ってしまった。

私は彼女が去った後、取り残されてしまった私は呆然と扉の方向を見つめる。


「どうしましょう……このメイド服を返す約束をしてるのに」


このまま掃除をしていてはアンナにメイド服を洗って返すのが相当遅くなってしまう。

どうしたものかと考えていると。


「え?」


背後から声がして、私は振り返る。

そして見知った顔を見た私はその名を呼んだ。


「あれ、アンナさん……?」


するとそこにはアンナが驚いた表情で立っていたのだった。


「な、なんでここに……」

「私、この服を着て廊下を歩いてたんですけどあの方に誤解されてしまったみたいで……。あ、もちろん頑張って誤解を解いてみようとはしたんですけど、聞く耳を持ってもらえなくて……」

「……」

「あの、アンナさん?」


アンナは目を逸らして冷や汗をかいていた。


「……私、掃除するので」

「あ、私も手伝います!」


アンナが掃除を始めたので私はそれを手伝うことにした。

そして二人で部屋を掃除することになった。

部屋の広さは私が先程掃除した部屋の広さと同じくらいで、それほど広くはないのですぐに終わるだろう。

掃除し始めて少し経ったが、私とアンナの間には沈黙が流れていた。

少々その沈黙が気まずかったので私は何とか話題を探す。

そこで私はとあることを思い出した。


「あ、そうだ! メイド服を貸していただいてありがとうございました! サイズもピッタリでとても快適で……それにしても凄いですね! あの瞬間でサイズを見抜くなんて」


私がそうアンナに話しかけるとアンナはこちらをチラリと一瞥して真顔で答えた。


「……別に私の貸しただけなんで」

「え?」

「それより掃除するなら無駄口を叩かずに手を動かしていただけませんか。あなたが自分で言い出したことでしょ」

「あ、はい。分かりました」


怒られたので私は素直に掃除に戻った。

そして十分後。


「アンナさん、掃除終わりました!」

「……は?」


私がアンナに掃除が終わったことを伝えるとアンナは何を言っているんだ? という表情になった。


「何言ってるんですか。この短時間でこの広さが終わるわけないでしょ? 面倒臭くなったからって──」


アンナは立ち上がり、私の掃除していたところを調べにきた。

そして私がしっかりと埃を掃除できているのかを見て目を見開いた。


「……掃除できてる」

「私、掃除だけはすごく得意なんです!」

「え? 何で……」


アンナは私の言葉に疑問を抱いていた。

私は不味いことを言ってしまったことを悟り、目を泳がせる。


「あ、えっとそれは……」


私が口ごもっているとアンナは興味を無くしたのか追求するのは止めた。


「じゃあこっちもやって下さい」

「はい! 分かりました!」


アンナが今まで自分のやっていた所を指差してそう言ったので私は勢いよく頷いて掃除した。

もうすでにアンナが半分以上掃除していたのですぐに終わった。


「終わりましたよ!」

「……本当に早い」


私が掃除していた様子を見ていたアンナは信じられないものでも見たかのように半歩後ずさっていた。

その時、部屋の扉が開かれ誰かが入ってきた。


「ちゃんと掃除は──」


入ってきたのは先程の老齢のメイド、クラリスだった。

クラリスは立っている私とアンナを見るとすうっと目を細めた。


「何をしているのです。あなた達にはこの部屋の掃除を任せたはずですが」


クラリスは少し怒気を孕んだ声で私とアンナを見つめる。


「あっ、いえ、掃除はもう終わりましたので……」

「は? この短時間でこの広さの掃除が終わるわけないでしょう」

クラリスは私の言葉に眉を顰め、部屋を見渡した。

「こんな短時間で掃除をしたところで、必ずどこかおざなりになって……」


クラリスは部屋がきちんと掃除できているかどうか見て、言葉を止めた。


「出来ている……?」

「はい! 私、きちんと掃除しました!」

「この部屋をこの短時間で掃除できるなんて……いえ、それなら次の仕事があります。あなた達、ついてきて下さい」


クラリスは少し取り乱したもののすぐに冷静になり私とアンナの手を掴んだ。


「え?」

「わ、私も……?」

「いいから付いてきなさい。今は人手が足りていないのです!」

クラリスは私たちを引っ張って今度は別の仕事場所へと連れて行った。

「ちょ、ちょっと待って下さい! 私は──」


頑張って誤解を解こうとするがやはり忙しいクラリスには私の声は届かない。


「今度はここで掃除をしてください」


今度は別の部屋へと連れてこられた。

またもやポーンと放り込まれ、私とアンナはこの部屋の掃除を任されることとなった。


「また誤解を解けませんでした……」

「な、何で私まで……」


そしてまた十数分後。


「二人とも、掃除はきちんとできていますか」

「あ、終わりました……」


またもや部屋にやってきたクラリスに対して私は掃除が終わったことを告げた。


「何ですって……本当に終わっていますね」


クラリスはまた驚いて掃除がきちんとされているか調べたが、またもや掃除がきちんとできていることが分かって戦慄していた。


「もしや何らかの方法で掃除をサボっているのではないかと思っていましたが、本当にできていたようですね。疑ってしまったことを謝罪します」

「い、いえそんな……! 顔を上げて下さい」

「ふん……」


クラリスが頭を下げてきたので、私は手を振って否定し、アンナは腕を組んでふんぞり返っていた。


「それはそれとして、この屋敷が忙しいのは事実。まだまだ働いて頂きますよ」

「え?」


アンナが素っ頓狂な声を上げた。


「あなた、料理の経験は?」

「あ、ありますけど……」

「そうですか!」


クラリスに料理をしたことがあるかどうか質問されたのでは素直に答える。

するとクラリスの表情がパッと明るくなった。


「じゃあ厨房に入って下さいますか。ああ、アンナさんも」

「えっ!? 何で私も!?」

「あなたも厨房の経験があると言っていたじゃないですか」

「そ、それは皿洗いの経験があるだけで……」

「それでも結構です。とにかく厨房は人手が足りていません。皿洗いでもいいので今から入ってください。さあ、行きますよ!」

「わっ!」

「ちょっと!」


クラリスはまた私の腕を掴んで今度は厨房へと引っ張っていった。


「あ、あのですねクラリスさん。私は……」


引っ張られながら何とか自分のことをクラリスに伝えようとするのだが、やはり焦っているクラリスに私の言葉は届かない。

あれよと言っているうちに私たちは厨房へと連れてこられた。

私とアンナは皿洗い場に立たされ、並んで溜まっているお皿を洗わされることとなった。

ジャラジャラとお皿を洗っては拭き、を繰り返していく。


「何で私がこんな目に……」


皿洗いをこなしているとアンナが不満の声を漏らした。

アンナが皿洗いをすることになったのも私が原因なので私はアンナに謝る。


「ご、ごめんなさい……私のせいで」

「本当ですよ。あなたが余計なことをしなければ──」

「あ、お皿洗い終わりました。今度は何をすればいいですか?」


私は皿洗いが終わったので料理長に何をすればいいのかを聞きに行った。

料理長は皿洗いが終わったと聞いて驚く。


「何? もう皿洗いが終わったのか!?」

「はい、今度は何をすればいいでしょうか」

「じゃ、じゃあ今度は……そういえばお前料理はできるのか?」

「はい、できますけど……」

「ちなみにどれくらいだ?」

「えっと……貴族用の料理は五年ほど作っていました」


お屋敷ではよく厨房で料理人の補佐として料理することがあったので料理の経験自体はある。

私がそう説明すると料理長は驚くと同時に喜んだ。


「何だと!? 即戦力じゃないか! よし、それなら今からレシピを渡すからその通りに調理してくれ!」

「はい! 分かりました!」


期待の目を向けられた私は嬉しくなり料理長の指示に頷いた。

私は料理長からレシピを受け取りるとすぐに調理を開始する。

すると私を見ていた周囲の料理人が一斉に騒ぎ始めた。


「何だあのメイド!?」

「異常に手際がいいぞ!?」

「まるで毎日命がかかった場所で料理してたみたいだ!」


口々に私を褒めそやすので、今まであまり褒められることがなかった私はつい調子に乗ってお酒をフライパンの中に落としてフランベをしてしまう。

ボオッ!と炎が燃え上がらせ料理を完成させた私は、その時フランベは手順書に乗っていなかったことを思い出した。


「あっ! すすす、すみません! 手順書に無い方法で調理してしまいました! 作り直します!」

「ちょっと待ってくれ」


私は料理長に勢いよく頭を下げる。

すると料理長がやってきて私が今さっき作った料理を一口味見した。


「……いや、味は大丈夫だ。それどころか美味くなってる。このまま出そう」

「本当ですか!」

「ああ、いい腕してるな、嬢ちゃん」


料理長がサムズアップする。


「何これ……」


今までの一連の流れを見ていたアンナがどこか呆れたようにため息をついていた。

その時。


「失礼、ここに──」


公爵様が厨房へと入ってきた。

そして入ってきた瞬間、私と目が合う。

私はピシリ、と固まり、公爵様も私を見て固まった。


「こ、公爵様!? 一体どうなされたのですか?」


いきなり厨房にやってきた公爵様に料理長は質問する。


「いえ、人を探していたのですがたった今見つかりました」

「そ、それはどこに……」

「目の前にいます。──何をしているのですかリナリアさん」

「え?」

「そ、その……」


料理長は公爵様の言葉に固まり、そして公爵様の目をたどって私を見た。

私は笑顔で冷や汗をかきながら目を泳がせる。


「リナリアってまさか……」

「今日いらっしゃった公爵様の……」

「そうです。婚約者です。だというのになぜメイドの格好なんかしているのです? あなたは」

「「「えええええっ!?」」」


厨房が揺れた。

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