バジル:空野の警告
バジルの力……能力は、未だ完全には覚醒していない。主は何か気付いているようだが、本人も主以外の人間も、一体何か分からないままだ。
しかし、能力の一端なのか、バジルには幽霊が視える。
「女性……晶子殿は、うっすらと、透明で、向こうが透けて見えました」
「それはおかしい」
そう言って眉を潜める空野。彼は一度生死の境をさ迷ってから、幽霊が視えるようになったのだという。
「幽霊は透明などではありませんよ」
「はい。様々な世界を見て、私も気付きました」
そう。普通の幽霊は、はっきりと姿が視える。幽霊が視える者にすれば、人間と幽霊の区別は難しい。
そのなか、女性は「幽霊らしく」半透明だった。
そこで、空野が意味に気付く。
「その理由が、魂が半分しか無いから、ですか」
そうなのだ。
「では、残りの半分は、無事に三途の川を渡って?」
「そこです、私がレキから聞いたのは」
レキに問うと、彼は首を振って答えた。
「別のところ、恐らく寺にでも居るだろう、と、主が言っていました。そう、レキは」
「寺?」
空野が眉を潜め、考え込む。
バジルは彼をよそに、記憶を再生させる。
『寺に、知り合いが居んだってー』
『女性……晶子さんと、主の知り合いで、とくに晶子様の親友の一人でー』
『主は一度も彼らの元には行っていないって、神無さんが言ってたー』
『もし会いに行ったら、晶子の死体を奪われるかもしれないって主が言ってたよー』
女性の死体を奪うには、異界の主と戦う必要がある。なのに奪われるかもしれないとは、よほどその親友は強いのかと思った。
そして、この言葉に。
『親友の一人に、未来の大将候補が居るんだってー。彼とは何度打ち合っても、勝ったり負けたりするってー。凄いね!?』
有り得ない。そう断言できた。
将官の人事異動の方法は、至って単純明快だ。准将、少将、中将、大将と勝ち抜きで戦う。もし准将には勝って少将には負けた場合、准将に昇格できる。中将に勝てば、中将に。大将に勝てば、大将に。
下克上の異動方法だ。
そして、現大将は楓享夜。負けることなど見たことがない、誰もが恐れる最強の大将。彼に勝てるのは、唯一アンヌのみ。
この事も空野に話すと、彼も有り得ないと断言した。
「あの人の強さは化け物ですよ。勝てる人間が居るわけがない」
「ですよね。……ですが、そのような人物が居るのであれば、是非組織に来てほしい」
「ええ。だが、寺、ではまだ情報が少ない」
空野の呟きに、バジルは自分が何をするべきか悟る。しかしそれにはまたレキや神無を利用しなければいけなくて――――――神無を思い浮かべて胸がくうっと縮んだ。
「バジル?」
いつの間にか、空野がこちらを見ている。表情を変えていなかったかと内心焦るが、そもそも何故焦るのかとまた一層焦る。
まるで、まるで私が神無を好きでいるような反応だろうが!?
「バジル?」
「はいなんでしょうかっ!! 私は自分が神無を好きなのかなど悩んでおりませんがっ!!」
墓穴を掘った。が、空野は突っ込むこともなく溜め息をついて背を向けた。
「俺も伝がありますから、今回はそちらを使います」
ただし、今回のみ、なのだろう。そして今回は見逃してくれたのだろう。
声は凍てつくように冷たく、低かった。
「君もさっさと割り切った方がいい。いつか足をすくわれますよ」
絶句して、何か言い返そうと口を開いたときには、空野は消えていた。
バジルは何を言い返そうとしていたのか、忘れてしまった。