空野:試す
空野は帰り際に、バジルと出会した。
アルと呼ばれているあの青年が考えていることは、大方想像がつく。
妬いているのだろう。バジルの恋の相手が自分だと思って。
「空野殿」
このように慕うから。
迷惑極まりない。
しかし頼ってくる者を邪険に扱えないのは、教師の悲しい性だ。
「……何でしょう」
「あの、このあいだはありがとうございました」
「このあいだ、とはどれの事でしょうか?」
本当に思い当たることが多くて、首を傾げて聞き返す。
「……稽古をつけて下さったり、糸について話したり、色々。結局、地図も手伝ってもらいましたし」
「ああ」
納得と同時に、笑みが漏れた。
「そんなに負担でもありませんでしたし」
何かを志し己を鍛える人間は、嫌いではない。さらに真剣にやっているのだから、手を貸してやるのが道理というものだろう。
それより、と普段は見せない悪戯心が尻尾を出す。
「バジル、レキと会っていましたね? あの森のなか、俺と会う、数時間前に」
バジルの表情が強張った。
「俺は、アンヌさんに振りかかるかもしれない火の粉、それら全てからあの人を護る為に、存在しています。だからこそ、不確定要素は全て省きたいんです。改めて聞きます。一体、何を話していたんですか?」
空野は、草葉の陰から見ていた。大体の会話は聞こえていたが、敢えて、尋ねた。
彼女が本当に、組織に与しているのか。それを確認するために。
全て話したら、組織側。
嘘をついたら、異界側。
、バジルはしばらく迷っていたが、やがて、口を開く。
「強引に、腕を引かれました。そして、早く戻らないと隊長は主に殺される、と」
眉を潜める。
「何故? バジルの存在は異界の主の計画に入っている筈です」
「別に、私でなくても良い。私の死体に吹き込まれた誰かであっても良いのです。死体に魂を吹き込んで、力を使えば良いことだから」
納得し、同時に気付く。
どうやらバジルの周りには、彼女に片思いしている男が大勢居るようだ。
アル然り、神無然り。
神無がレキに急かしたのだろう。
会ったことも無い異界の主は、人間の女性に恋しているようだが。
「……と、そうだ」
バジルが口を開いた。
「あの女性……異界の主が想っていて、蘇らせようとしている女性について、少しだけ、レキが漏らしていました。神無の受け売りだそうですけど」
確か、と彼女はおもいだしたように呟く。
「主が、遺体と一緒についてきた魂は、半分だけだった、と。そのついてきた魂も、あの世とこの世を往き来しているのだと」
「半分?」
訳が分からない。改めて聞き返すと、バジルは初めから説明を始めた。